勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

移住者に住み良い町

松阪市では今年やたらと「移住促進」の言葉を使っている気がします。小さな流れが大きくなって当たり前になっていく前段階らしく、移住促進を市の大切な取り組みとして進めてもらうようになったのは、小規模な学校を残したい一心の身にはとてもありがたいことです。


先日も市議会報告会で「移住促進」について市民と意見交換をする、という機会がありました。小さな地域で語り合っているだけでは残りにくいけれど、公の場で出る前向きな意見は記録に残るし、市の政策に刺激を与える力にもなりそうなので、遠慮なく見解を述べてきたのです。聞いて頂きありがとうございました。


地元の人々はこの地域が当たり前で、若者が出で行くのも当たり前で、何故移住者が来るのかわからないと言います。こんなに清流と身近に暮らせる豊かなところも珍しいだろうに、こんなに教育者が多く児童・生徒に関心のある地域は当たり前じゃないだろうに、地元の魅力を外から見ることは難しいです。もっと便利なとこに住めばいいのに、子供が大勢の方がいいだろう、と田舎の魅力発信には懐疑的です。地域の存続をあきらめているわけではないけれど、盛り上がって持ち直していくビジョンが描けず不安でいっぱいなのです。


それでも移住者を拒絶せず受け入れる懐の深さはいいなぁと、受け入れてもらった身としてはしみじみ思うのです。


数ある日本の田舎の中でも、飯高町に移住してきて本当によかったと思うのは、清流と生物多様性に加え、緩く温くつき合える人々のおかげです。


この飯高町を廃れさせず続かせていくためには、もっと仲間が欲しいです。


住みたい街に大事なのが「便利さ」でなく「豊かさ」なら、「行動範囲が狭いこと」でなく「伸び伸びとこの町で育つこと」が大事なら、松阪市飯高町は希望通りです。


下記のお題とは大いにズレるけれど、言いたいことは残しておく姿勢で。移住促進、続けていきます。一緒に育つ大切な仲間に届くことを希求して。

書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街

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by リクルート住まいカンパニー

香肌峡ふれあいフェスティバル2019

飯高町森を見下ろす蓮ダムとホテルわんわんパラダイス松阪、そして「森を考える会」という地域住民の会が連携して、秋の奥香肌峡を満喫するイベントが1110日(日)に行われました。とにかくイベントの多い秋で、松阪市内でも藍もめんフェスティバルが同日開催ということもあり、どれだけの人が集まるのか心配もありました。それでも犬も一緒にダムまでウォーキングできる趣旨に惹かれた参加者たちで、いつもはひっそりとした奥香肌峡が一挙に賑わいました。ふるさと市を目当てに訪れた方や近所の方もいらっしゃり、晴天の甲斐がありました。


ご近所のよしみもあり亀成園も出店させて頂きました。まだマルシェ経験もない亀成園はこれがほぼ初のイベント出店でした。卵だけでは品数が少ないので採れたての秋の野菜も準備して、計量して袋詰めして値付けして、ともかくも店舗を構えましたよ。プレートはイベントに合わせて用意してもらっていたのでわかりやすかったです。

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お天気もよかったので、訪れた子供たちが喜んでくれたらいいなと鶏たちも連れて行きましたよ。ボリスブラウンと烏骨鶏の雌鳥の中でおとなしい子を一羽ずつ。餌と草も用意しておいたらなかなかの人気でした。写真を撮る余裕がなかったのが惜しいです。


このイベントは受付とふるさと市、犬の25メートル走などの会場とは別に、ウォーキングするダムへの道、アマゴ釣りはダム下の公園、ウィンズコンサートもその近くで、わんちゃん似顔絵はホテルロビーにて、とイベント場所があっちこっちに分かれています。そのまるごとを移動してもらっていろんな角度からの奥香肌峡の紅葉を楽しんでもらい、最後は抽選会を目当てにふるさと市の会場に集まる、という流れでした。

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普段松阪市のこんな奥まで来ることは珍しい参加者たちや丸一日犬とゆっくり歩くことを目的としていたホテル宿泊の方々は広々楽しんでいただけたかなと思います。メイン会場が午後影になってわりと寒い中、なかなかどっとは集まらない人々相手に売り子をするのは根気のいる仕事でしたが、卵は完売したのでヨシとしましょうか。


頑張って準備した野菜はわりと残ってしまいました。試食してもらったハヤトウリはわりと出ましたが、里芋はわりと頑張ってむかねばならないし、生落花生も長時間茹でるのが美味しい。買った後の手間が敬遠されたのかもしれません。自慢の自家製小麦麺も放出したのですが、ほとんど見向きもされませんでした。売れなくて残念なような、残ってホッとしたような。売る気の問題も大きそうですね。全体にその場で食べられる商品(カレー、うどん、よもぎ餅など)は続々と完売していた中、亀成園の野菜と隣の飯高土産が残ったことから考えるに、野外イベントはやはり飲食が鉄板、ですね。烏骨鶏の卵や森林組合のキノコの菌床が売れたのは、「ここでしか買えない」感が強くあったからなのでしょう。行楽地を訪れる消費者傾向の一端を探る良い機会になりました。


バケツに入れておいたもぐ前の掘ったままの里芋は、何の表示もしていなかったけれど何人かの方が興味を持ってくださいました。私も自分で掘り上げなければわからなかった里芋の姿です。

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せめて「これなーんだ⁉︎」なりの表示をつけておけばもっと興味がひけて売りにつながったかもしれません。マコモもほんの少し持って行ったのですが、何の表示もしていなかったので目にも止まらなかったようでした。POPは大事ですね。


出店は目当てに来て下さったファンでもなければその場その場の印象が即買う側の決断につながります。今後もこのような機会はぜひ頂いていきたいので、出店スキルも磨かなきゃいけないです。卵の数は限りがあるので、いかに卵以外にも売れる物を持っておくか、それをどう通りすがりの方に伝わるような売り方ができるか、課題がくっきりです。亀成園の子供たちが喜んで手伝ってくれる間にきちんと売れる出店ができるようになって、赤字を出さず子供たちに還元できればいいなとの思いを強く残しました。


そうそう、蓮ダムはこのイベントに合わせて開かずのトンネルになっていた扉を開きました。

https://www.instagram.com/p/B4RHh6BndfM/?igshid=1dnibjyxrq80o

私は今回ふれあい市に張り付いていたのでトンネルの中を体験できませんでしたが、中は素掘りのめちゃくちゃ音の響く空間だそうです。また何かの折に解放してもらう機会があれば新体験をしてみたいものです。ご近所なのにまだ知らないことがいっぱいです。楽しい場所に居れる日々に感謝です。


にぎやかな麦の歌

木枯らしが吹く頃になりました。山暮らしは季節の移り変わりがトントンしていて、観察を怠るとすぐに置いてきぼりになりそうです。山なりだった柿が人がとったか猿がとったかでだんだん姿を消していき、現在は見事な紅葉の少し手前というところ。柿の代わりにみかんなど柑橘類が色を濃くしており、足元では野菊がそこかしこに見られ、まだまだ彩り豊かな秋景色です。ススキやセイタカアワダチソウがモワモワと穂を開いている姿はアレルギー性鼻炎の私には恐怖なのですが、それもまた風物詩ですね。 さてこんな季節の大事な仕事として、麦まきがあります。大好きな先輩移住家族に誘ってもらっての麦作りももう四年目です。麦栽培自体はもう十年程になるのでしょうか。我が家よりもう少し山寄りの休耕地をお借りして、農薬なし化学肥料なしで毎年作っています。そうして採れた小麦は全粒粉入りの黒うどん(乾麺)となり、お分けしたくないほどお気に入りの麺です。でもふるさと納税にも登録しておりますのでよろしければお試し下さい。 https://www.furusato-tax.jp/product/detail/24204/4646680 

麦まきはトラクターで土をおこしたところにまいていくやり方なので、雨の多かった今年はなかなか日和がなく、いつまけるかずっとハラハラしておりました。10月半ばから空いている日はいつでも麦まきができるように更なる予定を入れないようにしていたのに、時間ばかりが過ぎましたよ。そしてやっと晴れが続き、どちらの家族も空いていたのが11月初めの連休最終日で、子供たちも一緒に畑仕事ができました。労働力としても子育てとしても良い結果になったのは回り回ってお天道さまの思し召しだったのかもしれません。 

麦をまく深さもまだ試行錯誤中で、あまり深いとよくないらしいとも聞いたので、トラクターが通った溝と通ってない高いところのどちらもに筋まきしていきます。とにかく先にトラクターが入り、後で四本のすじをまく順序です。人手が足りないとまくのがとても追いつかないのに今回は大人四人に働ける子供が四人もいたので、常にトラクター待ちでした。広い畑なのでそうのんびりしていられないとはいえ、時間にも気持ちにも余裕があったので、子供たちが次々トラクターの運転体験をし、うらやましい光景でしたよ。 

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私も一往復だけ乗りましたが、真っ直ぐ進めるだけでも緊張するし、ゆっくりとは言え、クラッチの使い方も後ろの刃の上げ下げもよくわからず、役立たずのままでした。マニュアル免許を持っていることは畑ではたいした価値ではありません。
 お手伝いとしてトラクターに乗るということは、子供たちの今にとってはただの楽しい体験なのです。広々とした寒い畑で麦まきをすることも、休みの日の当たり前の一つであって、淡々と労働して疲れてよく眠るのが家族が一番協力する休日なのです。しかし母は思うのです。こうやって当たり前に体験した子供の頃のトラクターは身体のどこかに刻み付けられて、ずっとブルブルと力を与えてくれるといいなと。もし叶うなら、みんな運転上手になってくれたらいいなとも思います。

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 忘れてちゃいけない、麦まきの後は鶏糞まきもしました。我が家の鶏たちの鶏糞と土が混じったサラサラパウダーは、化学肥料なしの畑にとてもよく効きます。バケツで運んで花咲か爺さんのようにまいてまいて、麦畑のより多くの実りを願います。畑の中で、鶏糞を事前にまいておいた所と麦まきをしてから鶏糞を効かせる所と分け、いつ肥料を入れるのがいいか対称実験をします。畑仕事は毎年決まった仕事と実験の繰り返しですね。
 まだ麦まきの終わらない畑もあるし、踏んだり草取りしたり長期的な仕事ですね。でもとにかく半分は種を撒きました。それも仲良く楽しく。温かい期待を込めて、冬を乗り切りたいですね。

爽やかな稲刈り

10月の亀成園ハイライトはなんといっても初めての稲刈りだったのです。上の娘二人は小学校でもやったことがあったので初めてだったのは両親なのですが、鎌を持って田んぼに入り、ザクザク刈って束ねて干す、という昔ながらの田んぼ作業がアラフォーになってようやく体感できたのは私にとっては大きな大きなことだったです。そして家の前にはさ掛けした稲たちがあるのもいいもので、通りがかりにわざわざ車を止めて写真を撮る方もいることで、ますます上機嫌にもなろうものです。

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自分たちの米を毎年作る、作れるという営みと自信は、これからの時代、絶対取り戻さなくちゃいけないと思うのです。自然回帰思考の変わった人々が先陣を切り、そのうちもっとみんなができるようになり直したらいいのです。前時代と未来は混じればいい。口と手足があるのなら、食べるものを作ることは大事なことなのです。と鼻の穴に力の入りそうな気合に反して、うちのお米ができる前に飯南のお米屋さんで購入したお米(ミルキークイーン)が現在我が家で大人気です。飯高飯南地域の米作りを守ってくれている大事なお米屋さんのお米なので、美味しくてなによりなのですが、自分たちのお米よりも美味しそうな気がして複雑ですよ。ま、それでもいつか自分ちのお米が一番と言えたら幸せなだけの話で、最高でなくてもなんでも作っていくのです。


とここまで前置きで、本題は亀成園ではなく近くの町で田んぼを習ってきたところでの稲刈りの話です。前にうちの稲刈りを記事に書きましたが、私はおおいなる勘違いをしておりました。稲刈りは泥まみれで行うものではありません。秋の乾いた爽やかな田んぼで行うのが本来で、泥田んぼは非常事態だったのです。


やっと雨の降らなくなった秋の週末、すっかり実った田んぼを訪れました。ここの地域では四月に田植えをして八月末には刈り取る機械での農法を行なっている方が主流ですが、自然農法を実践する師匠さんと仲間たちは、遅く植えて遅く刈る昔ながらの米作りをしているので、近隣の何ヶ所かもまだ刈っていなかったり、刈ったばかりでハザ掛けしてあったりとノスタルジックなところなのです。泥まみれになる気満々で訪れた亀成っ子たちは、水はけのいい田んぼではちょいとおかしかったですよ。

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作業として、刈って束ねてくくって干す、は同じなのですが、田んぼがすっかり乾いているので、束ねた稲をその場に置けるのは大違いでした。刈ることに専念して、その後くくることに専念し、改めて干す場所を作ることができるのです。一日で行うのはたいした仕事量ですが、師匠さんご夫妻と弟子の二家族のうち大人四人と亀成っ子シニア二人が働き手となり、八名がかりで五畝の田んぼなので、無理なく作業できました。まだ小さな子たち四名はときおり手を貸してくれたり自由に遊んでいたり、それはそれで大事な役割でした。爽やかな田んぼの周りで遊ぶ小さな子って絵になるのです。この子たちがすくすく育つように頑張ろうって真っ直ぐ自分の心に響きます。

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あっという間に刈り終わり、ワラで束ねてお昼を挟んで、竹でのハザ作りも教えてもらいました。長持ちするには竹より台にむいた木材がありますが、量が必要な時に竹は便利です。なんでも八月から十月の新月に切った竹が保ちがいいとか。師匠さんは知恵の宝庫であります。ハザ作りの時、私はちびっ子たちのそばにいたので学びはお父ちゃんと姉たちに任せてしまいましたが、杭を打ち紐でくくりという昔なら基本的な作業も現代っ子(大人含む)にはなかなか難しい。だんだん取り戻していくのが楽しみです。



とまああれこれあって、爽やかな稲刈り終了です。二週間くらいでさっぱり乾いたら脱穀、籾摺りなどを経て、やっと玄米になります。きっとちゃんとできるのだろうけど、まだドキドキな今がなんだかとても楽しいです。

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実りの秋の苦手仕事

雨続きの秋ですね。田んぼも散歩も畑も晴れてなきゃなんだか気持ち良くありません。たまの晴れでの散歩がとても幸せでした。

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しかし雨でも風でも力入らなくてもぽっかり空いた時間でできることはあります。むしろそうやってぽっかり使える時間がなきゃ進まなかったのが、栗の皮剥きです。

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今年は栗が成り年だったのか、たまたまご縁があったのか、続々と三箇所から頂きました。我が家の栗はまだ小さくて実がとれそうになく、ありがたい限りではあります。とはいえ栗って美味しいけど手間かかりますね。焼き栗にしておやつにホクホク食べるくらいなら幸せだし各自がむくから手間は減るのですが、うんとあるとせっかくなら保存してなんかしたいなと思ってしまいます。とりあえずの栗ご飯なら10個くらい包丁でむけるけど、50個くらいあると私にはもうむける気はしません。それでも食べるなり保存するなりしてしまわなくてはいけません。すぐ腐るものではないにせよ、虫ばっかりになったら悲しいのでね。というわけで今年はニューアイテムを使うことにしました。多分もっと前からあっただろうけど知らなかっただけです。栗の皮剥き器ってのがあるのですね。

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この新しい相棒、クリクリ坊主を手に、浸水させてふやかしておいた栗むき開始です。おっ、確かに鬼皮はつるっとむけます。下のノコギリ歯で栗を固定して、上の鋭利な歯で剥がしていく仕組みなので、包丁の歯がツルッと滑って抑えていた手に怪我をするというワンパターンからは脱出です。刃物での怪我が絶えない私には嬉しい優しい道具。クリクリ坊主よりクリリンって感じです。

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クリリンの力を借りても一個一個、渋皮までむいていくのは楽な作業じゃありません。ベテラン栗むき職人なら日に何百(或いは千、万単位なのか)とむけるのでしょうが、腕や手に無駄な力が入る私はもう10個でやっぱりしんどいです。なんなのでしょうね、この地味な伝統的な台所作業の過酷さって。ちゃんと自分の手と時間を使う作業は嫌いじゃないです。むしろそれに費やしている時間は現代では長いほうだと思うけれど、当たり前のこととして行うにはまだハードルが高いというのが私の実感です。一所懸命むいていったけど、まあ仕上がりはこの程度です。売りに出せそうにはありません。

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百個以上の栗を何回かに分けて、無理せず剥く気になった時に頑張って、だいぶリズムも掴めてきたあたりで、なんとか全部むき終わり、鬼皮がたまりました。

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むける自信がついたところで栗がなくなり、ちと残念ですが、今度はこの鬼皮で草木染めをする友達のところを訪ねる用事につながりました。田舎ならどこにでもありそうな栗の皮だけど、たまたま沢山必要な人がいて、ちょっと役に立てそうなのは嬉しいつながりです。


さて沢山むけた私の栗たち。お正月の栗きんとん分以外は自由に使えます。もっと寒くなってきて、ストーブ必須になったらゆっくりケーキにしてみようかな。お菓子と相性抜群の栗は、これまた私にはハードルの高い素材。でもきっとまたぽっかり空く時間があるから、その時が挑戦のチャンスです。素材はある、時間もある。だったらもう、自分次第ですね。今はちょっと先延ばしにして想像力ふくらまし期です。これぐらいの呑気は許されてもいいかなと自問自答の、やっぱり雨の秋。

秋の大仕事、稲刈り

今週のお題「秋っぽい日々」


今年から田んぼを始めた亀成園では、周りの田んぼに遅れること一、二ヶ月、先週になってやっと待望の稲刈りを行い、すったもんだの末無事済ませることができました。


田植えをしたのも六月終わり頃なので四ヶ月程度でハイライトの稲刈りになって、正直なんだかあっという間でした。田んぼは自宅からは少し離れていることもあり、足繁く通いに通って生育を具に見たとは言い難く、バタバタしているうちに育ってくれていたという感触です。もちろん亀成園父は私より余程頻繁に草取りをしたり面倒を見ていたので彼に蓄積されたものは大きいです。なのできっと成果は上ですね。私はとかく出だしは遅いのです。補い合っての亀成園。

というわけで稲刈りの話です。


使う道具は鎌と紐、それと束ねた稲を仮置きするブルーシート、後で足を洗うバケツです。シンプルでしょ。右手に鎌を持ち、左の腰に紐を百本ぶら下げたら出陣です。紐は前日のうちに二千本用意しておりました。どちらにせよ準備はひと手間ですが、次年度からはワラを使えたらいいなと思っています。

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雨の後のドロドロ田んぼなので、長靴はハマって抜けなくなります。なので堂々裸足での作業です。絶対ぐちょぐちょなので最初は少し覚悟が要ります。小さな子供なら少しのためらいもなく、むしろ止めても無駄で、嬉々として泥に入って行くのですが、そうでない自分に驚きました。私とて大人になってしまってブレーキがかかるようになってしまったんだなと自覚したうえで、厳かに入田(にゅうでん。造語です)しました。


稲は刈ったあとハザ掛けをするので稲穂を片手の輪に入るだけ集めて束にします。株の分けつがとても進んで一株が太く育っていると、三株刈ったらもう持ちきれなくなるそうですが、うちの田んぼは順調に育っているのを集めても四株、あまり太くならなかったところだと五、六株を刈っては束ね、刈っては束ねしていきます。子供の場合手が小さいので三株一束もあったようです。束ね方は地域の方に教わりました。ぐるぐるして押し込む。慣れるまではうまく縛れずほどけてしまうので結んでいましたが、ぐるぐる押し込む、を覚えると断然早いので知恵は借りるものです。

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腰を落として一株つかみ、ザッと刈る。そのまま隣の株もザッ、続けてザッ、ザッ。花を摘むときも枝を手折る時も畑でも、植物が土を離れ自分の手元に来るときは嬉しい反面とても切ない気にもなります。田んぼでの刈りは初めてなのですぐ感傷に浸りそうになりながら、そんな個人趣味は後回しでなるだけ心を動かさないよう空にして、ザッザッザッザ。束ねたらまたザッザッザッザ。よく研いでおいてもらった(他力)鎌は面白いように刈れて、四人並んで続々はかどっていきます。束にできたら後ろ側に置いてあるブルーシートに重ねていき、ある程度たまったら軽トラに運びます。

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田んぼの六分の一も刈れば軽トラに積んだ稲の束もいっぱいになるので、一旦持ち帰って自宅前でハザ掛けをします。廃材になったパイプをもらって来て畑の一角に台が備えてありました。


軽トラから降ろす人と畑内で掛けていく人に分かれて、どんどん秋の風物詩をこしらえていきます。紐で束ねていたところがほどけてきたらやり直して、四人でも結構時間がかかりますが、これぞ大事な仕事という気がぷんぷんします。

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一息つきたいところですが、また田んぼに戻って刈っては運び、一日かかって半分ほど。その次の日は時間も短く雨も降っていたし、手数が三人になったため残りの三分の二、更にもう一日使って、やっと七畝の田んぼの稲刈りができました。


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まだマコモが残っているとはいえ、空っぽになった田んぼ、ずっしりハザ掛けされた畑の中。手刈りの稲刈りは思ったよりもスムーズにできたけれど、身体中がぐったりするたいした仕事で、満足感と疲労感が6:4です。これはとてもよく眠れます。


昔は村で助け合って次々行ったという手刈りの稲刈り。もちろん毎年当たり前で慣れているのだろうし、収穫の喜びが今の百倍だろうし、わいわいにぎやかな楽しみの日でもあったと思うのです。今はスーパーロボットのコンバインであっという間に刈れるようになって、ほとんどの場合自家用というより販売用で効率は良くなったのですが、米さえ作れれば生きていけた時代の稲刈りはなんと晴れやかな行事であったろうことを今更想像します。


この時代にあっても自分で選んで手植えして手刈りすることはできます。それは自分の時間と力をたっぷり使わなければできなくて、尚且つそれで生きていける保証はないリスキーな道楽に過ぎないのかもしれませんが、やってみると予想以上に晴れやかな行いであったことは言えます。ワラの匂いがして米粒がシャランと小さな音を立てて、泥の中で足腰がたっぷり鍛えられて、泥のような眠りがあって、頑張った先に稲穂がぶら下がっている。運動の苦手な私にはこんな作業がなかなか味わえない気持ちの良い疲れなのです。


さて、無事に終わった稲刈りですが、また激しい雨で、天日で乾かすことができるのかな。更に籾摺りや脱穀をしなければ食事に使うことはできません。幻の新米にならずおすそ分けできることを祈るばかりです。

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秋晴れの労働

松阪市ふるさと納税返礼品にも出ている亀成園セットがあります。


【1-129】櫛田川の卵と麺セット【限定20セット/年間】 - 三重県松阪市 | ふるさと納税 [ふるさとチョイス]

https://www.furusato-tax.jp/product/detail/24204/4646680


この麺で使用されている小麦は、ここともう一つの麦畑で作られています。

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移住者の先輩に誘ってもらって共同で取り組んでいる毎年の麦作りは、畑や養鶏とは違った苦労、喜びがあります。何年も農薬無し、化学肥料無し、除草剤無しで作ってきた滋味溢れる小麦ですが、小さな単位のため、扱ってくれる製粉所がなく、小麦粉にはできておりません。その代わりに有機小麦しか扱わない製麺所で加工してもらっており、全粒粉30パーセント入の黒みのある麺に製麺してもらっています。


麺の味を満喫できる麺が自分たちのまいた小麦だと思うとうっとりします。しかし前述したように化学肥料無しで草をすき込むだけでずっと育ててきたので、ここのところ収穫量が下がってしまっていました。鹿や猿などの獣害も影響しているとはいえ、地力が足りなくなっているのも認めなきゃいけません。いつもこの麺が食べたいのに量が足りずに激安麺を摂取する暮らしはなんだか違う。我が家は間違いなく大食いぞろいなので、同じような商品を購入するのはまだ厳しいです。やはり生産量を増やしたい。そこで安心安価な肥料の出番です。つまり鶏糞が使えそうですね。


亀成園の鶏舎は土の上に建てられていて、鶏たちはいつも鶏糞と床の土を足でかき回しています。糞だけだとちょっと近寄りがたい臭いになりますが、土(オガクズや籾がら入)と混じっていると臭いも気になりません。とりわけ乾いた日には感じないほど、そのまま土になりそうな良い肥料なのです。鶏糞をふんだんに使うようになってから、自給用野菜の収穫量はぐんと増えました。やはりこれは効き目がある、とのことで、麦まき前の畑にどっさり鶏糞を入れることにしました。


まず鶏舎を鍬で掘り起こしてから大きなスコップとバケツでせっせと運び出し、軽トラいっぱいにしました。二人で息つく暇もなく掘ってすくって運んで、掘ってすくって運んで、一時間強かかってこの状態です。

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それから畑に行って、今度は逆に軽トラから出してバサバサまいていきます。ちょうど小学生の子供たちが早く下校する日だったので、途中で連行して労働力を増やしました。


二つの畑で全部巻き終わるのには五人で二時間かかりました。途中私が休憩したのと、息子は飽きて遊び出したので、戦力はならして四人ですね。上の娘たちはヘトヘトになりながらも弱音を吐くことなくやり遂げることが好きです。おやつで釣ったため踏ん張りが効いたのかもしれませんが、夕暮れ近く、広い畑の下準備をする姿はなんだか神々しくすらあり。

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これからトラクターを二度ほど入れてからやっと麦まきなので、ちゃんと収穫量が増えるのか明らかになるまでの道は長いですが、また子供たちが活躍する仕事が目白押しです。週末はいよいよ稲刈りも控えており、家族総出で新たな気持ちで実のある仕事に取り組めるのはつくづく刺激的で幸せなことだと感謝です。労働の後はさっぱり味のお肉がいい。これもまた労働による収穫なのです。