勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

亀成園に亀が来た

この猛暑だというのに、田舎では草刈りが盛んです。暑いからこそ草の勢いも激しいので、刈るなとは無茶な話ですが、皆さん無理はしないでほしいですね。人手が大事な大事な田舎です。


でもそんな働き者がいてくれるおかげで、亀成園に新しいマスコットがやってきました。草刈りの途中でふと見つけたイシガメの子供を、珍しいからどうかと連絡してくれた方がおりました。縁あってやってきてくれた小さな亀の子、日本古来種のイシガメは外来種に押されて減っており、自然ではなかなか育ちにくいそうなので、初めての亀で無事に育つかはドキドキですが、お父ちゃんが目を輝かせてしまったことだし、預かってみることにしました。


うちの屋号である「亀成園」はさほど伝統的なものではなく、当主が亀好き、そして苗字に成が付いているからという、あまり由緒はないドッキングで付いたものです。とはいえ亀は長寿で智慧者で縁起も良いので、ここでの生き方が、スタートはゆるやかでも永く根を張って続けていければとの願いも込めています。そのうち山から流れてくる湧き水でため池を作って亀も居たらいいなとは思案していたので、予想より早くマスコットの亀に出会えることになり、幸先の良さを感じます。草刈りで亀を見つけて連絡下さった方は、当主が亀が好きだなんてちっともご存知なかったようなので、ご縁とは思わぬ形でつながっているのだなと改めて感じました。


さて小さな小さなイシガメの子をどのように飼えばいいのかしら。水は好きだけど基本的には陸地にいる、陽当たり良すぎず寒くもないところ、食べるのはミミズや小さな虫の他、野菜でも良いらしい、などなどの情報をもとに、土間の入口近くに亀ちゃんの居場所が整えられました。

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まだ小さい子らしく、思っていたよりよく動きます。隅っこでジタバタしていることが多くて首が出たり引っ込んだりします。亀のしっぽは添え物程度をイメージしていたのですが、イシガメの子はどうしてなかなか立派な長いしっぽを持っているので驚きました。近寄って見なくてはわからないことというのがいっぱいあるものです。これから亀の絵を描くときは、しっぽをひょろんとさせることになりそうですね。

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ひょんな出会いから一週間、小さな亀は変わらず元気にしております。ご飯粒やキュウリは食い付きが悪かったけれど、出汁を取った後のニボシは気に入ったようで、あげたそばから噛り付いてくれました。単純な私にとってはあげたものを食べてくれると嬉しいものです。食べる量も居場所もどのようにするのが最適なのかまだまだよくわからずに手探りで一喜一憂しておりますが、このまま無事に育って永く一緒にいてくれることを願う日々ですよ。名前は「ターティー」になりました。


手作業礼賛

地域の食品工場でパートをするようになってしばらく経ちました。自分のあまりに男らしいお弁当に今後の課題を感じながらも、新しい仕事に慣れていくのは緊張しつつも楽しいことで、踏み込んでみてよかったなぁとしみじみ感謝しています。


学生の頃、日雇いで何度か工場のバイトをしたことがあります。パン工場、あられ工場、日本酒の瓶詰め手伝い、後は何だったかな。どれも定期的なバイトにはなりませんでしたが、さっぱりといい疲れのある仕事であったことが好印象だったので、今になっての新しい仕事でたっぷり工場らしさを体験できるのはなんだか気持ちのよいつながりです。


ベルトコンベヤーから出来立てをどんどん拾い上げる仕事や商品の厳しいチェック、発送前の箱詰めや在庫点検などなど色々させてもらっています。責任はあるから気は抜けないけれど、きちんと詰められると嬉しいし、次々出来上がっていく商品を並べていくのは、経済社会の一員になっている気がして不思議な安心感があります。今までが経済社会に取り残されている不安でいっぱいだったので、その反動ですね。


そんな中、昨日はシール貼りをしました。商品の表と裏に、名刺大のシールをペタペタと何百も貼りました。商品のシールなので、きちんとズレずに正しく確実に貼らなければいけないそれは勿論ちゃんとしたお仕事なのですが、私は無性に子供たちに対して後ろめたい気持ちでいっぱいになったのです。こんな大きなシールをこれでもかと使っていいなんて、シールが格別好きな子供ならどんなに喜ぶことでしょう。


そうです、工場の仕事というのは子供たちが好んでする遊びの作業がいっぱいなのです。シール貼りにたくさんのものを並べること、運ぶこと、同じ事を繰り返すこと、仲間外れを見つけることなど、子供たちが飽きずに集中して遊んでるときの作業と工場の仕事がこんなに似通っているとは、目からウロコでした。勿論経済社会における仕事なので、手順はあるし、楽しいばかりでもありません。それでも作業に没頭していると昂揚感があって、無我夢中で遊んでいる子供達の姿がチラチラと浮かんでは消えていきます。


現代はどこもかしこも機械化が進み、AIが当たり前になれば、小さな工場の仕事はほとんど無人でよくなってしまいます。現にAmazonなんかでは人はもはや細かい仕事や力仕事をすることはなく、管理とボタン押しくらいで事足りるようになっているようです。人手不足で効率化を図るには素晴らしい進歩であることは間違いないし、精密な機械工場というのも魅力的ではあります。とはいえ、自分の手で商品を整えて、社会に送り出していく手工業の良さをしみじみ味わい、子供の遊びと縁が深いことに気付くと、この仕事を残しておいてほしい気が強くなります。シンプルに手と目と頭を使い、何度もなんども繰り返す仕事は高度な頭脳労働とはまた違った良さがあり、価値があるのだと思います。そりゃ私もあまりに毎日毎日同じ作業ばかりだときっと次は文句が出てくるのでしょうが、飽きるまで、飽きても尚、工場で必要とされる人になれたらいいなと今は素直にそう感じています。手作業と力仕事を残せる未来であったらいいですね。


音楽と言葉と力

今週のお題「星に願いを」


ピノキオ映画で使われた「星に願いを」という美しい曲をトランペットで吹けるようになることが私の願いの一つです。吹ける人には苦もなく出る音域だろうけど、なかなか練習の進まない私にはまだ数歩足りず、今年中には吹ければいいなと夢見ています。


大体願いというのは他力でなく自力で堅実なものならば叶うのです。「お金持ち」にだってなれるだろうし、「みんな仲良く」もそう心がけていればできる。「健康」も環境次第だし、「頭がよく」もそこに本気で時間と力をかければ結果は付いてきます。といってなかなか語学を勉強しないのは私ですが、「読書で世界を広げる」ことはやり過ぎと言ってもよいです。読書以外で世界を広げるべきでしょうかね。


とにかく自力で叶う願いは大体叶うと、三十年以上生きているとわかってきます。そして他力は滅多に叶いません。「運命の人」を自分で見分けることはできても見つけてもらうことは難しいし、時々短冊で見かける「プリンセスになりたい」は立場の問題なので、庶民の子として普通に暮らしていればまず無理な願いかと。子供の願いとして「大きくなったら〇〇になりたい(〇〇はわかりやすい職業)」が好まれるのは、そこに願いが叶う道筋が見えてきれいだからだと思うのです。突拍子もない願いや自力でない願いには、叶うに至る道筋がないから応援することもできません。でも願いが叶うのは本人が本気な場合だけです。私は幼児の頃「ブタになりたい」と願っていましたが、大人に好まれないだろうと敏い心で却下したため「ピアノの先生になりたい」と心にもないことを書いていましたが、どちらも叶いませんでした。ブタにも先生にも。本気で本音で願わなきゃいけませんね。


だからちゃんと願います。トランペットが上達することもだけど、どんな時も「強く賢く美しく生きていけること」を。そして子供たちや出会う人に対して「優しく誠実でさっぱりとしていられること」を。新月の日に、ひときわ明るい星たちに届いていきますように。

夏の花便り、思い込みを払拭して。

各地で観測史上を塗りかえた凄まじい長雨もようやく上がり、さっぱり夏らしくなってきました。ヒヨコも元気、草もボウボウです。


有閑を心がける私なのですが、この地できちんと生きていくために近頃外勤を増やしたため、一気に有閑時間が少なくなってしまいました。当たり前のことですが、時間を切り売りすることでふところは潤っても自分の中身は少し薄くなるような気がします。できればあまり自分を切り売りしないでおきたい。だがしかしそうも言っていられず身を粉にして生きていくのはそう嫌いでもない。人生の新たな局面を必死で泳いでいますよ。


スモモは思うようには売れず、マーケティング力を付けねばなりません。PR力も何倍も欲しいです。そんなこんなでいろいろ悩んでいたら時が流れ、気付けば我が亀成園に花が増えています。夏の花は色も大きさもバラバラで、草に負けずに大胆に咲いてくれるのが好きです。そんな一部をご紹介しますね。


まずは春に種をまいて、期待して育ててきた紅花です。

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中国では薬膳食材のひとつとしても重宝されていて、赤くなった花をサラダに散らして食べたり、お茶に煎じて飲んだりします。血の巡りをよくして身体を温める力が強いので、月経前後の女性には特にオススメです。それにこの花は草木染めにも使えるそうで、どんどん使いたいのですが、まだまだ数が足りません。種取りして頑張って増やして、アイテムの一つにしていけたらと望んでいます。


次はさらっと朝顔です。種まきもしたし、去年のこぼれ種からも次々芽を出して、前庭の各地で伸びています。一日しか咲かない花だけど、数があれば夏中楽しめそうです。とりあえず咲いてくれた先発隊のおかげで、夏が華やかに迎えられそうですよ。これは鮮やかなスミレ色ですが、もっと青っぽく咲くのもあるだろうし、ピンクに近くもなるだろうし、色の移り変わりも楽しみです。

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 夏の花といえばやはりヒマワリなのに、うちのはちっとも勢いが足りず、冷や冷やしています。道端で他のヒマワリを見かけるとうらやましくて仕方ありません。そんな私を慰めるためにか、秋の代表であるコスモスがいち早く咲いてくれました。幾つかの場所に種まきをしたのですが、どこもたくましく育っていて嬉しいです。花らしい花、これから長く咲き続けてくれるかな。

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畑ではカボチャやキュウリの黄色い花、トマトやピーマンの小さな白い花、ナスの淡い紫の花など、夏の果菜が成長中です。オクラのクリーム色の花はまだ見られず、そのうち花と実で溢れかえることを期待して、さっき目に付いたのはニンジンの花です。

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かこさとしさんの絵本『にんじんばたけのパピプペポ』では一本のにんじんからすっと茎が伸びて花が一つ咲いていましたが、亀成園では花がぴょんぴょん出ていました。栽培の難しいにんじんではあるけれど、この勢いなら増やせるかもと期待したくなる咲き方です。


最後に亀成園の主、ゴボウの花です。以前私は間違った記述をしてしまいました。ゴボウの花は地味な緑のトゲっぽい花で、それでいいと思い込んでいたけれど、緑のつぼみの中から鮮やかな赤紫が飛び出してきましたよ。

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アザミにそっくりです。でもやはりぴょんぴょん出ています。あまりに大きくなりすぎて倒れそうな主ゴボウさん、種付けまで頑張って欲しいです。


緑溢れる夏の日にパンチを効かせてくれる赤、黄、白に紫、時には青の花々たち。美しさを見逃さすことのないよう出歩いていかなきゃいけませんね。


ドリームスモモ

移住してすぐには気付かなかったのですが、亀成園にはスモモの木がありました。なぜ気付かなかったかって猿に全部取られていたからです。スモモはもう大きな木なので、実が色づくまでは葉っぱに同化していてなかなか見えにくいのです。きっと色づくと同時に狙われて取られていたのでしょう。勇ましい番犬である愛犬が来てから猿が激減した昨年の今頃、初めて木に成った赤い実を見つけてものすごくびっくりしたのです。やけに鳥が群がってさえずっていると思ったら、そこにはキラキラとした丸い実が数え切れないほどあったのです。それが幸せなスモモとの出会いでしたよ。


一度味をしめている今年はもう五月からそわそわそわそわしていました。桜の時期に白い花を確認し、ジャガイモを植えながら小さな実をチェックし、梅を収穫しながら実が色づくのに念を送り、やっと6月も終わり頃の晴れ間に十分実ったスモモの味見をして、子供たちにスモモ狩りができることを発表しました。普段果物はあまり口に入らない子供たちは待ちに待った収穫で、木登りしながらのつまみ食いが至福の時です。あまり熟し過ぎていたら汁がこぼれて貴重な服がえらいことになりますが、ちょうどいい熟し具合で、たっぷり甘いの、そこそこ甘いの、まだ甘酸っぱくて追熟待ちのなど、手の届く限り協力してもいでいきました。

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一番下のおチビさんも、脚立に乗ったり肩車してもらったり枝を下げてもらったりで幾つか自分の手でもぐことができて嬉しそうでした。上の子たちは勝手にどんどん作業を進めてくれるので大助かりです。子供は労働力という考えには賛否両論ありますが、喜んで協力してくれるうちは大歓迎で力を貸してもらいたいです。


ものすごく美味しそうなのが既に鳥につつかれていたり、キラキラの粒なりがはるか高い枝についていたり、取り残しもまだ多くありますが、それでも一時間ばかしワイワイもいだ成果は、23キロの豊作になりました。

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緑の少し堅そうなのも、数日置けばあっという間に柔らかく甘く早く食べなきゃいけない状態になります。既に食べ頃で収穫したのは、虫に侵食されないように注意しなければいけません。少し傷んでいるのは愛犬にあげたら大喜びです。種ごと丸呑みなので味わっているかは疑問が残りますが、催促もするので気に入っているのでしょう。もっと傷んでいるのは鶏たちにあげました。なんでも食べる鶏たちですが、肉魚類と果物を与えたときは食い付きが顕著に違います。つまり大騒ぎ。特にまだ若い烏骨鶏たちやヒヨコたちが喜んでいたのが母心をくすぐってくれましたよ。美味しいものを家族で、生き物たちとも一緒に味わえて大満足ですが、何しろかなりの量です。頬張るように味わいつつ、こんなにいい出来ならおすそ分けして、出荷もしてみることにしました。


亀成園は道の駅の直売所に烏骨鶏の卵は出荷していますが、野菜などはまだ追いついていないのもあり、生産者としては後進していました。まだまだ商売慣れしてもいないので、値付けして世に出すのがなかなかできないのですが、立派なモノがあるならチャンスですね。スモモは猿にやられやすいのか植えている方が少ないのか直売所にはまだ出回っていませんでした。旬の物はだぶつきがちなのでいち早く出荷しなければ売れ残るのこともありドキドキしながらも、どうやら一番乗りに出荷できたようです。「無農薬、樹上完熟、旬真っ盛り」とダメ元でPOPにも挑戦してみましたが、お気に召してくれるお客様はいらっしゃるのでしょうか。芳しい甘みが届きますように。

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アマゴの学校

子供たちの小学校があんまり好きで、詩を書いてみました。初出です。下のポスターは移住促進化が昨年度の終わりに作ってくれたもので、もう卒業してしまった子もおり、見るたびに切ない気がします。本当に少ないけれど、まだこれだけいてくれる間にできることをしなければね。


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アマゴの学校


最寄りの川でアマゴ釣り

稚魚を放して育ちを守り

夏はせき止めつかみ取り

塩焼きにして丸かじり


香肌はアマゴの学校です

山に囲まれた櫛田川

鹿より猿より希少な児童

地域みんなで育てます


生きる学び、死ぬ学び

引き継ぐ伝統、新発見

川は変わらず流れていく

豊かな森が守っていく


広すぎるかな、この校区

学び尽くせ、遊び尽くせ

魚が川を泳ぐように

鳥が森を駆け抜けるように


のびのびするならアマゴの学校

じゃれ合う姿、認め合う姿

何故だか礼儀正しい子供たち

これぞ地域の宝物


緑の花は高らかに

大阪の北摂が地元の私は、今週は精神がグラグラしまくっており、落ち着かないことこの上ないです。亀成園のある三重県はのどかを保っていますが、いつかまたいざという時に、大事な人々の避難場になれるように場所作りに磨きをかけていきたいです。野良暮らしはいつだって命を助けてくれるのですから。小さな積み重ねが作り出す可能性を信じて、晴耕雨読の6月です。


さて6月の花といえば紫陽花が筆頭でしょうか。この辺りは大輪の紫陽花があちらこちらに咲き誇っていてもはや有り難みも感じにくくなってしまいますが、見事な色変化に時折驚かされることがあって嬉しいです。でもこの時期の花は紫陽花だけではありませんよ。女王様にふさわしいバラの数々よりも、濃厚な香りのクチナシを一押しにしている私ですが、畑でなんだか斬新な花を見つけました。


以前野良便りでご紹介した亀成園の主が、近頃ますます立派にそびえ立ち、堂々の風格をたなびかせています。

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元はゴボウのこぼれ種。こんなに大きくなるとは誰も予想だにしないままあれよあれよと育って、はるか頭上にそびえるようになりました。土の上と土の下の成長は比例しているというけれど、この調子で地下の世界に君臨していたらすごいけど、周りの作物にはいい迷惑かもしれませんね。引っこ抜いてみたいけれど、できれば種を取りたいと永い目で見守っていたら、なんと花を咲かせていることに気付きました。

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あら、なんとも独特な緑の花。栗の花も尻尾のようなブラシのようですが、白色なのでそれなりに花に見えますが、ゴボウの花がこんな感じとはお初見なので驚きました。普通に花を連想してもまず浮かびそうにないゴボウの花。けれどこんなに堂々と揺るぎなく立ち咲いていると、じわじわとパワーを振りまいてくれているのを感じました。


本日夏至です。半年間伸び続けてきた太陽のパワーは明日からピークを過ぎます。今までにどれだけパワーを溜めてこれたのか、これから発揮のときですね。堂々と咲けばいい。重過ぎるくらい実ればいい。地面が揺れた後に立つ野望は幾分野太いものでありました。