勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

極上の春の喜び

自然養鶏農園にとって普段一番嬉しいのは、うちの卵が人々に元気と幸せを運んでいくことですが、時々ある生命の誕生というのはまた格別です。つまり、ヒヨコが産まれましたよ。

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二月末から待つことちょうど三週間。昨年は烏骨鶏の卵を烏骨鶏の雌鶏が抱卵してくれたので、きっと孵るだろうなと思い、それでもドキドキしていたけれど、今年は大きな赤玉を烏骨鶏の雌鶏に抱卵してもらっていました。卵をよく産む赤毛の品種は(白色レグホンも同様です)、家畜としての効率を優先しているため、抱卵の習性は残されていません。抱卵してしまうとその間産卵しなくなるのからで、集めた有精卵の孵化は電気でというのが一般的です。けれどあまり改良されていない烏骨鶏なら抱卵に積極的で自然な孵化が望めます。その分産卵には消極的なので困ってはおりますが、考え方次第ですね。産まれるだけなら電気管理でもいいかもしれないのですが、産まれた後も守ってもらうためには母鶏の有無は大きいです。それに単純に卵を抱っこする雌鶏の姿や母鶏の腹の下で眠るヒヨコの姿がたまらなく可愛いので、これが見られるなら多少効率が悪くてもいいかなと甘くなってしまいます。もうちょっとは産んで欲しいなとは願い続けていますけどね。


10個の卵のうち無事誕生したのは7羽です。小さな烏骨鶏が大事に抱卵して、大きな卵を上手に転卵させてここまできたのだと思うと、小さな命がとても大きく感じられます。まあこのうち4羽は雄だったので、また遠からず辛い別れがあってしまうのですが、春の風に吹かれて元気なピヨピヨを聞くのは役得以上に幸せな時間ですね。茶色っぽいのは雌です。

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ヒヨコを迎えて子供たちも大喜びです。力加減によってはすぐにヒヨコ危うし、になるので冷や冷やしますが、手の平の中の大事な命を感じられる機会があるのは大人にも子供にも代え難い経験なので、「そっと、そっと」と声をかけてほとばしる愛を見守っています。

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亀成園では今後も続けて抱卵、孵化を計画しています。今回は雄が多かったのですが、実は卵の段階で雌雄を見分ける方法もあるのだとか。どこまで試行錯誤できるのかワクワクしますよ。


鶏小屋も美しく

日曜日に松阪市街地からはるばる亀成園に子供たちがやってくることになっています。待ちに待った鶏抱っこ体験の日なのです。

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せっかくの機会なので鶏舎の大掃除をしました。

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鶏たちは普段鶏舎の中で餌を突き、砂浴びをし、糞をして地面をかき回しているので、鶏舎の地面は鶏糞をたっぷりふくんだサラサラの砂地になっています。日々鶏舎に足を運んでいると臭いなど気にならないくらいですが、それは私が鼻炎で鼻が効きにくいこともあったかもしれず、街から来る子供たちはもう少し敏感だと思っていたほうがいいですね。なのでまず鶏糞を畑の端まで運びます。大きなスコップでザクザクバケツに入れ、えんやこら往復数十回。


掃除の間は放牧タイム。すぐ戻ってくる子や遠くまで行ってしまう子など個性豊かで時に冷や冷やしますが、近頃伸び伸びしてきた草を元気につつくのは鶏にとっても人にとってもwin-winの嬉しい関係です。

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すっきり鶏糞のなくなったところに敷くために、日を改めて近所でキノコを育てているところに菌床を仕入れに行きました。


洞窟農園・明日香本社(松阪・紀勢/きのこ園・野菜・野菜直売所) | いつもNAVI

洞窟農園・明日香本社(松阪・紀勢/きのこ園・野菜・野菜直売所) | いつもNAVI


「生命の水」として知られるここの施設が育てているキノコはガンや認知症も治すことのできるすごいパワーだそうで、キノコも水も好きな私は時々摂取しておりますが、今のところ病気にかかっていないため効果を実感することはできません。全国からわざわざ足を運ぶ人も多いスーパー磁場の場所が近所にあるとは、強運ですね。キノコを育てる菌床はほぐして家畜のエサに混ぜても免疫力を高める絶大なパワーを発揮するようです。この辺りでは亀成園も含め、畑にまくこともあります。フカフカで湿った菌床からはカブト虫の幼虫もザクザク見つかるのですが、その話はまた今度。今回は鶏小屋一面に菌床を運びました。

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労働の甲斐あって黒くふかふか、いい香りの模様替えできました。これで子供たちが転んでも安心ですね。松阪の元気な原石の子供たちの心に残る体験ができることを期待しています。

訪れる価値のある場所

口コミでかチラシでか新聞でかもしかしてこのブログでか、きっかけはそれぞれですが、おかげさまで亀成園を訪ねてくれる方がポツポツおられます。面白いなだったり懐かしいなだったりと動機も様々だと思いますが、どこか心に引っかかってここまで来てくれる方がいるということは、生き方を模索する身としてはシンプルに嬉しいことです。飯高町でさえ奥のほうにあるここまでわざわざ足を運んでくれる行動的な方がいるということは、潜在的に興味を抱いてくれる人はきっともっといるということで、これからもまだまだご縁がつながっていきそうで有難いです。もちろんせっかく訪ねてくれた方がつまらなかった、期待外れだったと思ってしまえばそれで残念な評判になってしまうし、純粋に申し訳ないので、遥々来ても何かいいものを得て次につながっていくと満足していただけるように、こちらも気を引き締めておかなければいけません。一回出会って卵を買ってくれた、で十分有難いけれど、もっと交流につながるにはたゆまぬ情報アップデートが欠かせませんね。


近頃は世話をする生き物が増えたのでちっとも旅に出る機会がなくなっておりますが、私も鈍臭いわりに行動派なので、わざわざ訪れた場所はかなりあります。淡路島の水仙渓、砺波平野のチューリップ園、波の華が見られる輪島の海、星の砂浜がある西表島、ランプの宿に惹かれて青森、などなどふと自分のアンテナに引っかかってそのまま身体ごと運んだ場所の共通点はなんだったのでしょう。いずれ行きたいけれどすぐに行動できていない場所としては福井の恐竜博物館や島根の足立美術館、島全体がアートといわれる直島などがあります。私の中では建物より花畑の方が優先されるということかもしれません。もし自分は鶏には縁はないけれど、清流地域での平飼い養鶏という情報に巡り会えば惹かれて訪れたのでしょうか。


時には立場を変えての考察。そんなことに使う時間はもしかしたら無意味、ひょっとすると金の卵、どっちに転んでも構わないと腹をくくらねばなかなかできませんね。腹をくくってどっしり構えるのは特技なので、働き者のお父ちゃんが出かけているうちがウキウキ考察タイムです。


そうそう、先日はALTの先生も訪れてくれました。北海道の農業高校漫画『銀の匙』にもちょろっと書かれていましたが、ブロイラー養鶏は動物愛の強い欧米諸国では批難されているそうです。彼は合衆国の方ですが、鶏舎を走り回る鶏たちを本当に嬉しそうに眺めて、捕まえて抱っこしてくれました。


人々が安価な卵が安定的に供給されることを望むから、養鶏はどんどん卵工場になっていったので、今さら安易に「動物に優しくないからダメだ」というのはあまりに勝手な理屈だとは思います。でも手間のかかる平飼いを応援してくれるのは有難いし、実際に鶏たちに触れてみて、小さな愛情を感じてもらえるのはなにより嬉しいことです。感染や衛生面で問題があるのかもしれませんが、卵を産んでいるのは生きためんどりたちだし、食べているのは生きた人々です。生きた物同士であることを感じていたいから、鶏舎での触れ合いはストップされてほしくはないですね。


まあそんなことをこれからは外国語でも伝えることができるようになるに、大変良い機会でした。ALTの先生なので我々よりはるかにバイリンガルで日本語で通じたに違いありませんが、久々に英語メインで頑張ってみると、亀成園の在り方考え方や烏骨鶏の歴史や価値などでどんな言葉が必要か考え直すことができたので、次につながっていけそうです。ありがとうございます。

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訪れても通り過ぎるのだけではなく、心に残るやりとりができたらいい。結局私は生き物としての人が好きなのです。誰がどんな背景でどんなことを思い、夢見ているか。出会わなければ新しい考えに触れることもないし心が動いていくこともありません。縁あって話をすることができ、お互いの心がちょっと活気付く、温まる、きれいになる。そんな出会いをこれからも大切にしていきたいです。

共に過ごした本読みの時間

土曜日は慟哭の卒業式でした。我が子はまだ四年生なので普通ならあまり関係のないはずですが、今の六年生との離れがたさは筆舌に尽くしがたいものがあります。地域の人も参加してよい式だったので、堂々と涙活してきました。別れの寂しさと巣立ちの眩しさと、直接は何も言えずただ泣くばかりの無様さでしたが、見届けられてよかったです。こちらに転校してきてから三年間、ともに育てたことは娘たちにとっても親の私たちにとってもなんと幸運だったことでしょう。そんな思いをずっと抱いてきたので、コミュニティスクールボランティア活動にも心がこもります。


小学校で放課後20分程を頂いて、月に二回、読み聞かせの時間を設けてもらって半年程になります。二年生は下校時刻が早いので他の学年(一年生はおりません)とは別に月一回、三年生から六年生はみんな一緒に違う日に月一回のペースで取り組んできました。三人ないし二人の時もある二年生の場合は極寛いだ雰囲気で、幻想的な話や詩を選んで聞いてもらっています。グリム童話アンデルセンの他、世界の創生話や日本の昔話などを絵本でないお話でじっと聞いてもらったり、特に好きな絵を見せたり、『これはのみのピコ』という谷川俊太郎さんの遊び絵本を一緒に唱えたりしました。どの子もよく聞いてくれて表情がクルクル変わるのでいろいろ試したくなります。ことばあそびうた、も平仮名の容易な詩に見えて、理解が試される名作です。

ことばあそびうた (日本傑作絵本シリーズ)

ことばあそびうた (日本傑作絵本シリーズ)


 三年生以上は15人くらいになるので、ある程度大きめの子を想定した話をみんなで聞いて印象的になればいいなと吟味して伝えています。絵本も特に見てほしいのを二度使いましたが、あとは耳と心だけ使ってもらうようにしています。ちょっと古めかしい言い回しのときや表現が難しいかなと思うときは反応を確かめて、注釈を入れながら、はっきりとはわからないけど違和感なく聞いてくれているときはそのまま、15分ほど一気に話すようにしています。

子どもに語る中国の昔話

子どもに語る中国の昔話

中国の昔話をして、アンデルセンも話して、毎月ワクワクドキドキの挑戦に付き合ってもらっていきました。一気に聞くには割と長い時間なので、少しでもテンポを間違えると途端に退屈になります。私が話をわからないまま字面だけ追ってしまっても同様にちっとも心に響かなくなるので、読み聞かせの時間は半時間にも満たなくても、じっくり心の準備をしていきます。末娘をつかまえて練習台にもしています。途中で逃げ出したら題材を見直しです。気に入ってくれたら繰り返しになるので姉たちに見つからないように準備するのも一苦労ですが、そこは一方的利害でもいけないのでこっそり有難く練習を重ねるべしですね。


この時期にみんなで味わっておきたい話というのはポツポツ浮かんでくるのですが、六年生もいるうちにどうしても共有してみたかったのはサン=テグジュペリの『星の王子さま』です。小さな王子さま、ではなく星の、と訳されているのが日本の先人に感謝するポイントですね。

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

あまりにも有名な物語で、箱根でミュージアムにもなっているほどですが(残念ながらまだ行けずじまい)、ちょっと時間をかけて読んでみたことのある人はうんと限られるかもしれません。可愛い話と思って読み出すと意外にとっつきにくく、ある程度大きくなってからのほうが心に響くのにその時期に手にするのは照れくさくもあり。読書に関して私がカッコつけたがりだっただけかもしれませんが、大きくなり始めのころに素直にふと聞いてみたかったなと思ってきたのです。


子供心を失ってしまった大人への風刺、純粋な子供であり過ぎる王子さまと飛行士のぎこちないやりとり、王子さまと一輪の花とのヤキモキする関係、そしてキツネとの絆と印象的なシーンはいくらもありますが、児童と生徒の間の頃に響くテーマはきっと友情であってほしいと信じて、キツネとの場面を中心に読みました。


我慢強くちょっとずつ友達になって絆を結べば、他のどんな十万人の男の子とも十万匹のキツネとも違った特別な存在になる。あっという間の出会いの後キツネは泣くけれど、二人の絆は無意味なんかじゃなくて、小麦に用のないキツネがこれから先黄金に輝く麦畑を見るたびに王子さまの金色の髪を思い出して嬉しくなる。そんな特別なキツネと出会った後、王子さまは花畑の美しい花々を見て、その花たちは自分のたった一輪の花とはまるで違うことに気付くきます。ざっとこんな話で、その後一番有名なフレーズである「大切なことは目に見えない」につながっていきます。


初めてサラッと読んだだけの言葉の波が子供たちにどれほど響いているかはわかりません。でも確かに世界の宝物であるこの話をちょっとだけ共有できて、もしかしていつか思い出して再び出会ってくれるかもしれない。そうでなくとも一か所でも心に残っていればいいな、と小さな願いを込めています。これから先子供から大人にならなきゃいけなくなる時期です。試行錯誤して恋愛のすれ違いがあったり友情に悩んだりもするのでしょう。砂漠に一人ぼっちだと勘違いするほどの孤独と向き合うこともあるかもしれません。若い頃を過ぎた身には覚えがありますね。そんな時にふっと思い出して心を取り戻す物語があればいい。自分を見つけ直すことができればいい。


まあきっとそんな心配をしなくても立派に育っていきますね。巣立った子たちに感謝です。しっかり寂しさと祝福を味わったら、また残った子供達と一緒に次に進んでいかなくてはなりません。

山村留学のこと

六年生の卒業が近づいてきました。現在5名の六年生が卒業してしまうと、小学校はずいぶん児童が少なくなってしまいます。新一年生としてうちの子も入学を楽しみにしており、恵まれたこの学校でこの子の、更に下の子の卒業まで学校が当たり前に存続していてほしいというのが小規模学校が大好きな親の切なる望みです。


児童をわんさか持つ家族がどんどん移住して、この学校の宝物である子供たちが増えてほしいなぁとずっと願っているだけでは埒があきません。というわけでとにかく対策を練り、呼びかけてみなければと今年に入って新しい戦略が動き出しました。それが「親子山村留学」支援です。

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田舎に移住する人の目的で昨今一番多くを占めるのが、よりよい子育て環境を求めて、だそうです。うちの地域では移住者の大半は定年後の方々の印象が強いけれど、うちはまさに子供が小さいうちにどうしても環境を変えたかったクチだし、そう思う親は想像しているより多いのかもしれません。家族全員でガラリと一気に環境を変えるのをためらっても、支援制度もある山村留学ならばちょっと踏み出しやすいかもしれません。


山村留学にも幾つかケースがあって、子供だけで寮に入る高学年向けの留学の仕方もあるようです。昔でいう寄宿舎生活のイメージでしょうか。寮に入って監督者のもとで暮らしながら近くの学校に通うのは、子供にとっては外国に留学するような挑戦ですが、親の方は自分の環境を変えずに済むので行かしてみようかなという気になる人はむしろ多いかもしれません。寮でなくとも下宿して生活の面倒を地域の人にみてもらいながらの山村留学もあります。地域によほど信頼に足る面倒見のいい家があればそれも可能かもしれません。


けれどもむしろ、子供が挑戦するならばそれをチャンスと捉えて親も一緒に飛び込んでみる家族が居てほしいです。一緒にドキドキして一緒に頑張って一緒に楽しんで、その経験があればそれまで何があったとしてもその親子は大丈夫。親子一緒に命を取り戻すことがきっと可能です。

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別れがあれば出会いがある。大きな別れのこの時期だからこそ、希望の灯を絶やさずにいたいです。地域の住民たちとしても本当に申し込んでくれる人なんているのか、どんな人が来るのかドキドキなのですが、飛び込む親子はもっとドキドキに違いありません。でも、仲間になりたい、子供たちの感動と心技体を支えていきたい。私は単純にワクワクしています。今月終わりには他市で山村留学を実行された学校の校長先生を招いてお話を聞く機会もあります。


深刻化する一方の過疎化をじっと見ていても流れは変わりません。流れに逆らう取り組みは一筋縄ではいきません。それでもここで未来まで生きていたいから、少しずつでも一歩一歩でも流れを変えていかなくてはいけません。今は充実し過ぎていると言っても過言ではない香肌小学校の体験教育も、まだ地域で協力してくれる人々がいてこそで、いつなくなっても文句は言えないのです。だったら、それもつないでいかなくてはいけません。色々な人の思いが重なって、新たな試みが動き出します。大海に漕ぎ出す小さな舟。乗ってみたくなりませんか。


誇らしき敗退

子供に神経衰弱で勝てなくなりました。 記憶力では隆盛を誇っていた私が全くもって衰えて、十歳になる娘が圧倒的な強さを見せつけ、八歳の次女がそこそこ私の先をゆくようになる、というのは、もうめちゃくちゃ悔しいけれどこんなにナイスタイミングもないなというくらいのベストタイミングで、子供たちと遊んでは我が身の落ちぶれを見せつけられて、嬉し恥ずかしのSM気分絶好調のこの頃です。ちょっと酔っ払い入ってますね。 

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子育てに悩んでから私がシュタイナー教育を支持していることもあり、子供時代はテレビなし、電子ゲームなしを長女が二歳の頃から続けています。たまにパソコンや車内テレビでDVDは観ることもあるけれど、家にはテレビは置いていません。引き戸だらけの古民家なので置くべき壁側も見つかりません。友達の家で見せてもらったりゲームを触らせてもらったりで楽しむことはあるものの、家では元々ないので仕方なくなのかそれともめっちゃ肯定的にかアナログで飽きることなく遊んでおります。

現代はこんな田舎でも都会の引きこもりと変わらないライフスタイルをすることも可能で、やりたい遊びがないと映像から離れられなくなるのは私にも覚えがあります。世の中の流れについていけるとか、いろんな映像を見ることで前向きにクリエイティブになれるとかの意見もありますが、アナログ遊びの子供たちというのもいいものです。

 積み木やぬいぐるみ遊び、折り紙にお絵描きやらも熱心だけど、幼児から児童に成長していくと、ごっこ遊びより勝負ごとに熱が入るようになりました。何人かでトランプゲームができるようになるまではかなり成長を待たなくてはいけませんでしたが、一度覚えるといつでもどこでも遊べるカードって大発明ですね。それまでは散々かるた遊びをし、すごろく、オセロにUNOとひとしきり遊んで、最近はトランプが人気です。自慢の神経衰弱で勝てなくなったのでポーカーやブラックジャックで子供に挑むようになりました。少し前から花札もたしなむようになり、泣かずに真剣勝負を楽しめるようになりました。でも一緒にルールを覚えると先に覚えられてしまい、立つ瀬なし。子供同士でも遊ぶので場数もすぐにこされ、あれ、こんなはずでは。 博打的なゲームをするとかなりの確率で次女が強さを見せつけます。それでも腐らずに粘る長女の姿が眩しい。私はたまに勝ってウハウハしているおどけ役ですね、すっかり。

息子の好きなのは将棋です。少し前までは父ちゃんの指導のもとで勝たせてもらって喜んでおりましたが、最近は一人で将棋盤に向かっていることが多くなりました。先手も後手もどちらも考えてブツブツ言う不思議な光景。

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積み木やブロックで車を作ってもその上に将棋の駒を乗せて戦いごっこをしていることもあり、駒への愛情は妬ましいほど。この駒と台は私が二年前に自作したもので、こんなに愛用してもらえるとは嬉しすぎます。少し空いた期間もあったけれど、また熱が上がったのか毎日一人でも飽きずに遊んでいます。 素人の母は真剣勝負で完敗でした。次の日に挑んでもまた負けました。ちょっとやそっとじゃもう勝てそうにないけれど、あまりに薄い壁ではいけないのでできるだけしがみつくつもりです。もうとにかく悔しいけど嬉しい。いつか望んでたこんな日が意外に早くて、子供たちの成長にちょっと焦ります。

子に勝てなくなってからこそ親には親の道があるんだと思っています。土台となり壁となり発射台となり。それでも燃え尽きない自分を保っていられるかな。まだ下の子もいるのでそう簡単に土台の役目を降ろせそうにはないけれど、凝り固まらずに変化を楽しめる親でいたい。欲張りな私にはこれからこそが楽しい時代です。

他の市町もいいやん@三重

先日私が参加させてもらった三重県移住相談会では四つの市町がブースを設けていました。仲間が欲しい身としてはもちろん松阪市飯高町に来てもらいたいなぁという思いは強いのですが、他の市町も知ることで改めて、三重県は山にも海にも恵まれて、歴史的にも興味深い県であり、県内は刺激がいっぱいである認識を新たにしました。移住は旅とは違ってひとところに落ち着くので、悩んだ末に英断を下してからが本番ですが、ピンとくるまでは旅をして物件を探してウロウロ迷うのは間違いなく楽しい経験ですね。


まず松阪市です。飯高町櫛田川に沿った山間部で、奈良県から大阪に抜ける道が通っている利点があります。川遊びに最高の場所がいくつもありながら、釣り人やカヌー人以外にはまだあまり知られていません。ライダーやサイクリストの来訪は多いので交流人口は年々増加している気はしますが、それ以上に空き家が増えております。本当に本当に子育て世代に来てほしいですね。

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 松阪市飯高町でないところはど田舎の魅力には欠けるものの、通勤や通学を考慮すると程よい田舎暮らしが楽しめます。家庭菜園に勤しんだり気軽にキャンプに出向いたり海や川遊びをするにも出かけやすいので、家族で快適な生活をするには適当なところだと思います。教育を重んじている土地柄であるし、なんといっても付き合いやすい人々なので、地方都市を選ぶなら松阪市はいいかなと思います。新興住宅地は小学校も一気にマンモス化しているのに比べて昔ながらの地域は少人数と差異がありますが、子供時代をどう過ごすのか、積極的に考えて選ぶきっかけになるかもしれません。ある程度市街地に近くてどっぷり山間部のうきさと地区というところもあり、幾人かの移住家族が楽しく頑張っているようです。松阪市もまだまだ知らないところでいっぱいですよ。


飯高町や美杉町は長い間林業誇る最も素敵な田舎町であったのにそれぞれ松阪市、津市に合併されてしまっています。合併については不自由なところも多いけれど、私個人としては松阪市も十分好きなので、まあ仕方ないかなと消極的な意見しか持てていません。市の中で広い面積を占める大事な地域として市街地の人にも誇らしく思ってほしいなと願うばかりですが、合併されずに町名を保っている地域のことはなんとなくいいなぁと感じてしまいます。単なる判官びいきなのかもしれませんが、町名が残っていく柔らかい感じが好きなので、合併されずに踏ん張ってほしいなと反射的に応援してしまうのです。


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度会町(わたらいちょう)もその一つです。都会からのアクセスは微妙に遠く、山奥でも海でもなく茶畑くらいしかセールスポイントがないと担当者は卑下されてましたが、伊勢にも近いコンパクトなこの町は移住者にとっては可能性に満ちています。一番魅力的だなと感じるのは、新参者が何かを始めたときに摩擦が少なく動きやすそうなことでしょうか。田舎で暮らしてみたものの地元との摩擦が大変で挫折した話というのは事欠かないので、その点度会町ならスムーズそうだな、と思いました。移住促進の担当者がどちらも笑顔の素敵な方で、友達になりたいなとピンときたので好感度が高いことは間違いないです。どこに行こうと人間関係が大事なので、受け入れ口の人が好印象であるのは大きな強みですね。


大台町が宣伝を重ねている、清流宮川でのカヌーやSUPは度会町でも人気だそうです。運動神経にはかなり難ありの私ですが、優しい地での挑戦なら楽しめるかもと期待しています。


さて山間部暮らしを楽しむ田舎人にとって、無い物ねだりで憧れるのは海辺の暮らしです。三重県は言うまでもなく海辺の観光地には事欠かない半分海の国で、関西人や東海人はきっと一度ならず三重の海と戯れたことがあるでしょう。伊勢志摩からずっと南に和歌山との境までボコボコの海岸線で、私もまだ知らないところばかりです。尾鷲市が移住ではリードしているらしく、海暮らしを満喫している挑戦者の話もまた是非聞きたいものですが、今回PRしてくれたのは紀北町でした。


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山から海につながるこの町一番のウリは海ではなく銚子川でした。私は知らなかったけれどNHKで放映されたという奇跡の川で、キャンプ場も大人気らしくそういえば知り合いが昨年訪れていたことを思い出しました。水の滑り台に川の上でのターザンごっこ、そりゃ楽しそうで遊びに行く行く、とすぐに名乗りを上げてしまいます。


けれど遊びに来る観光客を増やすのではなく、ずっと川を守ってくれる移住者を考えていかねばなりません。パンフレットをよく見ると、川沿いの集落に住む人はほんのわずかです。世界に誇れる奇跡の川を守り続けていくにはやはり新しい人々が必要で、住んでこそ感じる魅力をPRできたらなと勝手に課題にしました。川は遊ぶには夏ですが、春も秋も、冬もまた格別な美しさを放ってくれます。うちの近所でも見られますが、銚子川原理の滝も冬には氷瀑となるそうです。上から下まで凍った滝って、旅をしていた頃には見たことがなかったので、冬が特別楽しみな季節になる十分な理由になりましたよ。そして春はアマゴ釣りです。ちょうど櫛田川も本日解禁でソワソワしている人でいっぱいです。銚子川も今頃活気付いているのかと想像するとなんだか嬉しいです。釣り人はどんな都会にいてもどんなに朝が早くとも川に惹かれて行くもので大いに結構ですが、まだ経験も腕もない身にはそこまでの熱意は湧かないので、清流が近くにあってだんだんと家族一緒に釣りを楽しめるというストーリーが魅力的です。


近くの山からは海を見下ろせるという紀北町、ここも足を運ばない手はないですね。


縁あって、暮らしを思い描いて楽しそうな町を二つ、松阪市に続いて紹介してみました。どんな町でもそこにいることを決めれば仕事は見つかり、自分の暮らしを築いていけるのではと信じています。四季を通じての楽しみはやはり住んでみなければ分からない。発見に満ちた暮らしをしてみるには、まずは出向いてみなければいけませんね。


県内での移住先進地である伊賀市は別途書いてみます。