勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

アザラシを夢見て

5歳の息子は、暮らしはいつも怠けより、夢も荒唐無稽に描くばかりで、およそ社会に出るイメージが湧かない子です。せめて小学校に上がる前に少しは社会経験をさせておこうと来春から保育園に行くことになりましたが、私も本人もそれはそれは大丈夫だろうかと心配しております。まだ小さいし、今はまだ世界一の暇人として散々のんびりし尽くせばいいと、同じ性質の私は容認しておりますが、とにかく「働く」ことから遠い遠い存在なのです。


 そんな息子が、先日伊勢シーパラダイスゴマフアザラシを抱っこしてから、「大きくなったら飼育員さんになりたい」と言い出しました。初めてまともな夢ができたのです。


 もともと生き物は好きだし、鶏が逃げた時も捕まえるのを手伝ってくれるし、もっと小さな頃は猫を追っかけまわしている時が一番活き活きしていました。飼育員さんは間違いなく、向いている仕事の一つです。生き物の世話は生きている限り続く地味な仕事の繰り返しが多いだろうし、雨の日雪の日暑さ寒さから逃れにくいし、勉強することは山ほどあるのに評価はされにくい仕事なのかもしれません。だからなのか私が小さな頃に飼育員さんになりたいと言った時は、ズバズバと親に反対されました。それでも貫く程の情熱がなかったから飼育員さんになれなかったのは仕方ないのですが、何故反対されたのかは今でも不思議です。結局生き物の世話をすることになっているので、回り回って戻ってきたのかもしれませんがね。


 初めて職業として夢を持った小さな息子の未来がどうなるかは今は誰にもわかりません。でも大きな体験をして、夢を描いたというだけで、私はずっとアザラシとシーパラダイスに感謝します。どんな仕事だって勉強だって辛いこともいっぱいだけど、結局好きなことしか続かないのだから、いつだって楽しい夢を見たらいいのです。アザラシの世話をするつもりが爬虫類担当になったって、アザラシ愛が芸術や商品につながったって、成長してそんな夢はすっかり忘れて思いもよらぬことをしても、どれも全部彼のまばゆい未来です。親の私は子供の夢がどう生まれ、ふくらみ、変化し、形になっていくかをこっそり見ていられたら何より幸せなのです。


 今一つの足跡を残せた記念に。ほんとは私も抱っこしたかったけど、譲って本当によかったです。

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