勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

歯抜けレター


6歳の息子の前歯がすっぽり抜けました。うちでは岩波書店の懐かしい絵本の一つである『ねずみとおうさま』に従って、歯が抜けたらネズミのペレスさんに手紙を書いて枕の下に入れておくというのを習慣にしています。お手紙と歯を持っていってもらうかわりにペレスさんはお金を置いていきます。手紙のお返事もあります。


ねずみとおうさま (岩波の子どもの本)

ねずみとおうさま (岩波の子どもの本)


実際寝ている間にネズミが来て、お金置いてお手紙の返事も書いてくれるなんて、耳元で鳴き声なんか聞こえたらたまらんなと母はおびえてしまうのですが、こどもたちはあっけらかんと心待ちにしています。姉たちの時に何度か大人の事情(忘れてた)でその日のうちにレスポンスがなくても、ある日母のバッグからお手紙がポロリと落ちてしまっても、信じる心を保ち続けています。「ペレスさん忙しかったのかな」「あれ、こんなとこにペレスさんの手紙。さっき来てたのかな」etc.利き手と反対の手でわざとタドタドしい字を書いているわけですが、これもまたなかなか難しい。クリスマス以外にもこんな苦労をしなくてはいけないとは思いもしなかったけれど、子供の歯が抜けることを大事にしてあげるという点で、夜中のペレスはいい習慣だと思います。


乳歯が抜けて永久歯に生え変わることは子どもの成長でとても大きな分岐点です。夢見るような幼児時代から学童になっていく変化は、現実世界を生きる親にとってはもしかしたら待ちに待った成長であるのかもしれません。やっとちょっと話が通じるようになる、筋道立てて物事に取り組んでくれるようになってきた気がする、というのは意味不明なパワフル幼児と長らく向き合ってきた保護者には実際朗報とも言えます。子どもの観察に基づく全体の考察によって提唱され受け継がれてきたシュタイナー教育においては、幼児には何かを教えるということはせず、歯が生え変わり始めてから初めて教育を与えるといいます。文字を教えるとか椅子に座らせて話を聞いて書きとらせるとかいう教育が有効なのは歯が生え変わってからという主張は、なるほど子供のそばにいればさもありなんです。全身で感じて遊ぶのが当たり前な幼い子にとっては頭に働きかけるばかりの教育はどうもアンバランスで、字の内容よりもにょろにょろした形そのものが面白いと感じているものですから。私自身は身体を動かすことがあまり得意ではなくて、小さい時に内向的な楽しみを身につけて読み書きをするのが早かったのですが、もっとふわふわしててもよかったなぁと今になって、もう思い出せない幼少期を尊んでいます。


歯が抜けるのは個人差が大きくて、早い子なら5歳で抜けるし、ゆっくりなら7歳まで乳歯を保つ子もいます。長女は7歳直前に初めて抜けたので印象的でした。手紙もじっくりしっかり書いていました。次女は6歳の途中で一気に何本も抜けました。手紙もまとめて書いたり忘れてたり。個性の違いがくっきりです。今過渡期の息子の抜歯は実は今回が初めてではないのですが、手紙を書く前になくしてしまったし、そもそも手紙を書く能力が欠如していたので、ペレスさんは来てくれていませんでした。歯も紛失したままです。このままペレスさんスルーでもいいかなぁとちょっと期待しておったのに、なんの心変わりか「書きたい」と主張して姉に手伝ってもらって書いたのがこちら。回収後です。


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まだ手紙を書くには早いかもしれない。でも何か伝えようとはしている。そしてこのつたない手紙を枕の下にいれて、いくらもらえるのか楽しみでグヘグヘ笑っていた息子にはもう、もっと小さかった頃の無垢な感じはありません。悲しくもたくましく、自分で世の中を歩き出した様子がみとられました。しっかり者の姉二人の後の怠け息子なので、あまり成長してほしくもなかったけれど、ひょっとすると立派な学童になれるのかもしれない。あの幸せに閉ざされていた幼少期は既に終わっていて、私は彼の背中を押して見守ってやらねばならない。歯抜け顏を見るたびに、ちょっぴり切なくなる母心です。