勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

哀切の養鶏農家

クリスマスにチキンを食べるという習慣はいつ頃からなのでしょうか。小さな頃からクリスマスは骨付きもも肉なしでは過ぎなかったものですが、母の立場になってからは毎年丸鶏をどーんと食卓にのせることを心掛けています。


丸鶏は手に入りにくいという声もある中、私は食欲のための嗅覚はズバ抜けているらしく、精肉コーナーやかしわ屋で手に入れることができていました。駐在の頃は何でも丸ごと売っているのは珍しくもなかったし、クリスマスに関わらず知り合いの方が丸ごとチキンを分けてくれたこともありました。学校でも有名な垢抜けたお母さんが大きなスーツケースをゴロゴロさせて何羽ものチキンを運んできたときは驚いたものでしたが、今思えばその驚きの印象も何かの予兆だったのでしょう。


今年から亀成園ではこの時期に増え過ぎた雄鶏を絞めることになりました。なにせ百羽近くの鶏全部が卵を産む雌というわけではありません。コケコッコーの声に毎朝うっとりするということは雄もいるわけで、だからこそ有精卵の価値があるし、雌だけより群れも安定するようだし、自家繁殖も可能です。そうして増える中にはまた雄がおります。雌雄比率を10:1ほどにしようと思うと、あら大変、雄鶏が多過ぎる。春にはまたヒヨコが産まれるのに場所も足りなくなるしエサがかさむ。グダグダ先延ばしにするわけにはいかないのです。それに雄は弱肉強食争いが激しくて、弱い雄は雌以上にいじめられてしまいます。鳴き声も弱く、そのまま育ってもなんだか可哀想かなとも思います。絞めるなら今かなと、1日前から隔離して絶食させておきました。


以前もお客さんが来たときのイベント的に絞めたことはありました。もう大概お歳の鶏だったので、噛みきれないくらいの硬い肉はご馳走というよりも薬膳に近いものでした。今回は若鶏なので柔らかさにも期待して、いざ、命の引継ぎです。

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生まれてきてくれてありがとう、ここまで育ってくれてありがとう、と伝えながら足を縛り、南無三。ギリギリまでは暴れも泣きもしないのに、最後は声を出すのです。でもここでひるむと彼が苦しいだけなのでやりきらなくてはいけません。ああ私に武士の刀と腕があれば一瞬なのに。抑えながらお父ちゃんにエールを送るしかできません。まあそれでも猟をしているだけあって慣れたもので、無事首なしとなりました。南無阿弥陀仏


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意見は分かれると思いますが、この姿を私は美しいと感じます。同時に哀しみはありますが、だからこそギュッと心に感じて、改めて手を合わせました。共感にならず単にギョッとされる方には申し訳ないです。


早いうちに放血して、次は鍋にたっぷりのお湯に数十秒つけます。こうすると羽がすぽすぽむしれます。たくさん迎えて一気に大きくなった鶏たちなので、特にこの個体を可愛がったことはないのに、真っ白な柔らかい羽毛がまた愛しくて、初めてこのことこんなに向き合うのが羽むしりの時だなんて切ないけれど、他の獣やなんかに取られたりヒヨコのうちに死なせてしまわずによかったのかなと思いはグルグル巡ります。そうこうしているうちにほとんど羽毛が抜けて、ほらもう肉になりました。

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表面をもう一度炙ってできるだけ羽毛を取り除いてから内臓を抜いて、やっとローストチキンに取り掛かります。毎年なんやかや作っているとはいえいい加減な私はまだレシピをものにできておらずいつも試行錯誤です。フィリピンにいた頃は、オーブンにチキンモードというのがあったので棒を刺してグルグル回しながら満遍なく焼くことができました。今の調理具はオーブンはなくて、オーブン風調理ができるフライパンと薪ストーブなので、これで間に合わせなくちゃいけません。命を抜くという行為の後はなんだかフラフラしてしまってとても気合いの入った料理にはなりませんでしたが、塩と火の力でそれなりに立派なローストチキンになりました。食べかけで失礼します。

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若鶏とはいえ平飼いでよく動いているので市販の鶏肉よりはだいぶ固いです。焼き加減もあるだろうからまだまだ研究が必要ですね。味はさっぱりとしながら深みがあり、たいしたスパイスやソースなしでも純度の高い旨味がありました。詰め物に入れたさつまいもの角切りがふくふくと蒸し焼きになりました。周りに置いた玉ねぎは焦げ焦げでしたので、後から入れるか早めに取り出すかの手間をかければよかったと大きな課題になりました。だって鶏の皮から出る脂がしみ込んだ焼き玉ねぎってほんとに美味しいんだもの。鶏と野菜の同時調理を試行錯誤し続けなくてはいけません。


さて、ヒヨコから居た鶏を絞めたというのに、久しぶりに鶏肉をむさぼれることが嬉しいのか娘たちは平気で食らいついていました。感受性の強い息子だけが食が進まず涙ぐんでしまい、なかなか泣き止まないものだから私ももらい泣きすることができました。なんで自分だけ泣くんやろとの疑問は最もです。私とて必死に作業しているときは封印していたけれど、本当のところは平気ではいられなかったのです。私のたくましさはかなり後付けなので、一緒に泣いてくれる息子がいてくれてありがたく、また同時に素でたくましい娘たちがいてくれることもありがたいものです。命のあるものを頂くことを当たり前に深く受け止め、こんな体験を繰り返していっても麻痺せずにいたいです。繰り返すことも麻痺しないこともどっちもきっと難しいけれど、鶏たちと共にいる限り避けては通れない道です。この体験がなしになるよりこのまま豊かな養鶏家でいたいので、ちゃんと向き合っていきたいです。


この日は烏骨鶏も絞めて次の日のスープになりましたがその話はまたそのうちに。