勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

どうしたって選挙迷子なんだけど

およそ政治経済というものに関心が低い私なのですが、有権者の資格を得て以来、権利は欠かしていないのです。その時その時でそれなりに感じた一票を微力に投じて20数年を過ごしております。自分には興味もない政治というものを担ってくれているのはありがたいことですし、どうなってもまあ生きていけるだろうという自己信頼の元、さほど悩むこともなく投票してきました。

それが、今年はなぜだか選挙迷子に陥っています。

 

ちょうど今年は参議院選松阪市の市議会選挙が重なっています。

市議会議員選挙は5票くらいあればいいのにと、応援したい方があちこちいますが、

参議院はなぁ。1票投じるのもなんか怖々を感じてしまいます。

 

政治に望むもの

前述の通り、私は政治がどうあろうと、自分が心地よく生きていくことを考え、行動します。

だから特に望んでいることはないのですが、願わくば、大きいビジョンを語ってほしいですね。10年先、50年先を希望を信じて見せてくれるような人がいたらいいなぁ。

目先の政策はどうせコロコロ変わるので、希望を抱くことができません。そんな自分が切なくもありますが、40年生きてきて希望が抱けないのは私だけの問題ではないのでしょう。

ほとんど生まれ育ってきた日本という国のためを思って、どの候補者の方も声をあげていらっしゃるのですが、なんだか心に響かないのは私が田舎住みだからでしょうか。

田舎だしなぁ

いや、田舎住みと言っても、物価高は大問題ですし、教育にかかる話題や大きな政策も無関係ではないのですけどね。

なんだかピンとこないまま、何をそんなに盛り上がることが、という話が続いている印象があります。すみません、皆さま一生懸命頭捻って実際声を出して、繰り返し伝える努力をしてくれているのにも関わらず。

 

どんな未来を描いていて、そのためにその人ができることはなんなのか。

そんな話がいっぱい聞けたらいいなぁと思うのですが、頑張って探すほどの根性はなくて

政治の話が得意な人にちょっと聞いてみては、やっぱりまた迷子というのを繰り返しています。

まだ何もしてないけど、ちゃんと現代の政治に振り回されているかな。

どうなっていくのでしょうね、田舎も都会もこの国も世界も。

さて、選挙行くか

まあぐだぐだとしてますが、そろそろ済ませておかなくちゃいけませんね。

夏休みが始まる前に、投票に行こう。

大体私が入れる人は当選しないというジンクスに振り回されずに、この人ならよいかと素直に思った人の名前を書いてみよう。

17歳と15歳、13歳の子供がいる親としては、次回の参議院選の前に、考える親の姿を見せておける機会でもありますね。

子供達が参政権を持つようになってからが面白い。そんなマインドでいたいです。

共に居れる間に何ができるのだろうか

今週のお題「上半期ふりかえり2025」

今年の目標を思いだそう

はい、今日で6月も終わりです。ということは今年の半分が過ぎたということで

新年度に立てた目標はどう動いているでしょうか。

半年前の冬真っ只中に思っていたことと、

今の暑過ぎる夏が早過ぎる時に考えていることはだいぶ異なりそうですが

今年の半分をいい感じに過ごすことはできたでしょうか

 

今年は新年の抱負をわかりやすくまとめていたブログはなかったので

昨年末の振り返りを参照してみました。

自営業や地域活性に多くの時間を割きながらも、私の関心ごとはやっぱり家族が大きいです。

kamenarien.hatenadiary.com

今年の前半を振り返ってみても、子供たちのことを考えている時間が圧倒的に長いです。

意識的にそうしている節すらあります。

 

過ぎ去る子供との時間を慈しむ

なぜって、それはもう、彼らの成長があまりに早くて共に居れる時間の残りを感じてしまっているからです。

これからこそ金銭的なサポートが必要になってくるので、まとまって稼いでいかねばならないのは重々承知でありますが、今を見逃したくない気持ちがどうにも高まっています。

2025年4月から、我が家にいる子供たちは小学生1人、中学生2人、高校生1人の4人です。

少し前は3人が小学生ということがかなりありましたのに、いつの間にか大きくなって。

家にいる時間も少なくなる一方だし、学校もどんどん遠くなるので距離も空きました。

 

それでも大体の日々を機嫌よく登校して、そこで楽しく過ごして学んでその子らしくいるのだから、有り難さしかありませんね。

毎日「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「おかえりー!」が言えることもまた、幸せなことだと噛み締めています。毎日。

 

私は本当に家事育児をマメにすることは向いていなくて

母の役割としてできているのは、食事の用意と話を聞くことと、機嫌よくいることだけです。

家の中をきちんと整えることも、季節の変わり目に応じてもろもろ必要なものを整えることも、滞りなく学校からの書類を準備することもままならないままきています。

でも、保護者としての自覚だけは一番に背負っているつもりなんですよ。

 

高校進学で親の役割を改めて考える

そんな折、最近考えるのは次女の高校進路です。

長女は真っ直ぐに高校受験に挑んでいったので、そのために必要なサポートを早いうちに考えて、ほぼ一年かけて志望校に送り出すということをしましたが

次女の場合は状況が違うのです。

彼女が志望する高校でいいのか、納得できないまま過ぎている時間が横たわっています。

 

彼女の望むことが私と違っていても全然構わないのですが

一体何を求めてるのか、あまり関心を寄せることなく任せきりにしていて、親子どちらも後悔しないだろうか、気にならないはずがないのです。

 

ふと読み返している本がこちらです

有名なフレーズですが、何度でも書き残したい唱え言葉に沿って、親の役割が書かれています。

 

「子供たちはこうして生きかたを学びます」

批判ばかり受けて育った子は 非難ばかりします

敵意にみちた中で育った子は だれとでも戦います

ひやかしを受けて育った子は はにかみ屋になります

ねたみを受けて育った子は いつも悪いことをしているような気持ちになります

 

心が寛大な人の中で育って子は がまん強くなります

はげましを受けて育った子は 自信を持ちます

ほめられる中で育った子は いつも感謝することを知ります

公明正大な中で育った子は 正義心を持ちます

 

思いやりのある中で育った子は 信仰心を持ちます

人に認めてもらえる中で育った子は 自分を大事にします

仲間の愛の中で育った子は 世界に愛をみつけます

 

ドロシー・ロー・ノルト作 吉永 宏訳

 

私は我が子にはげましを与えられているだろうk

批判してはいないだろうか。ひやかしてはいないだろうか。

子供たちが自分を大事にできるほど十分認めてやれているだろうか

 

親としてとても頭が痛くなりますが、何度もふりかえっておきたいのです。

子供を信じることっきゃないかな

高校まで家にいてくれるなら18年は日々顔を合わせて表情を感じることができますが

中学で家を出る場合もあり、それならばもう残りはわずかです。

多分次女は家から通学になりますが、どんでん返しもあるので、余計に慎重になります。

何がって、自分がどう接するかがですね。

 

高校進学の決めては学歴だけではなくて、選んだ居場所でどう過ごすかだと思うのです。

将来につながることも見据えながら、そんなのは後からどうにでもなる場合もあります。

逆にどうにもできないこともあるけど、将来のために苦しい高校生活を送るよりも

高校生としての時間を目一杯生き抜いてほしいなと願っています。

 

とはいえ、なんとなく選んだ学校がそうするのに相応しいのか、なんかまだグルグルですよ。

決定はまだですが、そろそろケリをつける時期です。

今年の前半は、結構そこに重きを置いていたのに何も進まなかったような気がしますね。

そんなことを振り返りました。

今年の後半に向けて

本の続編があることを知りませんでした。

このタイミングで出会ったのも何かの縁かもしれません。

そういえば私はこの4年くらい結構なエネルギーで自己啓発の学びを受け取ることをしていたのですが、最近めっきり受け取らなくなりました。

音楽活動も5月初めて一区切りつけました。

自分の暮らしで何年も当たり前にあったことをなぜかさらっと手放したのが2025年前期です。

 

さて、後半はどうなっていくのかな。

稼ぎと蓄えが増えるといいな。

それからやっぱり子供たちの力でありたいな。

欲張りを隠し持つ頼もしいお母ちゃんでいたいです。

遺跡発掘バイト 土の下になにかあるかな

パート仕事を辞めて早5年。宿の仕事をメインにすっかり自営業になっていて平日昼間は自由が効く暮らしをしておりました。

それがこの夏たまたま宿の閑散期に縁あって、久しぶりにアルバイトをしてみることにしました。お家の猫ちゃん、待っててね。

だって今年は大阪万博に家族そろって行きたいから、臨時出費のための銭稼ぎです。

遺跡の発掘仕事って何

縁あったのが、遺跡発掘作業員のバイトでした。

都道府県で結構行われている季節仕事らしいのですが、現場に飯高町が選ばれなければ、参加する機会はきっとありませんでした。

 

なんでも土の下に埋まっているものを調査して記録して保存していく活動の一環で

積極的にこのアルバイトとして調査員をしている人もいるし

今でも日々刻々と歴史の研究がなされているなんて、なかなか私には考えが及ばないことでした。いつも生き物しか見ておりませんのでね。

www.pref.mie.lg.jp

上記は三重県埋蔵文化財センターの情報ページです。

どこで発掘調査が行われているか、過去にどこでどんなものが出土されたのかや

教育との関わりや研究資料などいろいろ掲載されています。

目的を持って調べるととても充実したページです。

 

発掘ってどうするの

「遺跡の発掘バイトやってみない?」という紹介だけで飛び込んだので

具体的に何をするのか何も知らない状態でのスタートでした。

ここ掘れワンワンかな

現場に行けばいろいろ用意がしてあって、「さあ、掘ってください」ってなるのかな

ザクザク埋蔵金が見つかるのかな。そんなわけないけどもしかして

「おお、これは大発見だ!」って大盛り上がりの瞬間に立ち会えるのかな

 

とまあいい加減な妄想をたっぷりして、歴史ロマン好きな息子とも分かち合って

いざ行ってみたところ、そんなここ掘れワンワンな仕事ではありませんでしたよw

測量手伝いと土運び、えっほえっほ

実際今までやったのは、調査前や調査中の記録として、長さや高さを測る補助

土が風で飛んだり雨に濡れたりしないようにブルーシートをかけることと

その重しとなる土嚢袋をたくさん作って運ぶこと

大きな穴を掘って出てくる土で、重機が及ばないところをスコップやジョレンで運び出すこと

などが主になっています

下記画像の上の方に出てくる道具(てみやスコップ)はすっかり慣れましたね

https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000883357.pdf

手バチや手ガリ、先曲がりの手すこで土を削ったり穴を掘ったりの仕事もだんだん見えるようになってきました。おたまの使い方はまだよくわかりません。

わけもわからないところから少しずつ、苦手なOJTで仕事を覚えていってます

先にこうして事前学習をしておけばよかったですね

発掘仕事の流れ

たくさんの人の手で

発掘調査のための穴掘りは、ほとんど重機で行われますが、土木工事よりも細かな操作が必要になるそうです。

実際パワーショベルが動くところを見ていても、動きがとても繊細です。

表土2センチをなめらかに削るような動きができる職人技ですね。

 

そうして掘った穴で、土の状態を見て、細かく掘るのは人の手作業です。

闇雲に掘るのではなく、担当の先生から細かい指示を受けながら、ちょこまか掘り進め

記録のために壁や床面の土を均し、出た土は綺麗に運び出していく作業を進めます。

 

広い現場ですと、測量にも掘る作業にも10人程度は人手が必要になるそうです。

だから私のような初心者にもお声がかかることになるわけですね、ふむふむ。

 

PDF画像で調査の流れがまとめられているのはこちらから

https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000883357.pdf

 

バイトの縁を噛み締めて

今回の仕事を私に振ってくれたのはちょっとした知り合いですが、この仕事については口づてでいろんな人への声かけがありました。

発掘バイトの常連さんもいるようですが、現場となるところは伊勢市鈴鹿市などもあり、松阪市の人としても半時間で行ける距離が多い中、私の住む飯高町はどこからも遠いのです。

地元民でも飛びつくのは人次第

そこで人のつながりや地元でざわざわと話はつながっていき、身近な知り合いでも話を聞きかじっている人は多く、あれっという出会いもありました。この人とここでこんな仕事でご一緒するなんてという面白さがあちこちに。とはいえ話を聞いたとしても実際に現場に出てきた人は限られました。

やっぱり発掘バイト常連さんで割と近いところの人が主力となっています。

 

そんな中、私は今月は結構時間があるのもあって、それなりに足を運ぶことにしています。

せっかくならもう少し知ってみたいですし、発見があれば現場にいたいですね。

知らない仕事がいっぱいある

発掘バイトがあちこちの現場であることも知らなかったですし、その仕事の現場監督となる測量をする会社があることや、遺跡の先生方のことも今回初めて知りました。

すぐ近くで重機がどんどん動くのを見るのも新鮮だし、現場での仕事の進め方も、私には慣れないことばかりでなんだか面白いです。

 

役に立っているかといえばなかなか難しいところでして(経験も体力も足りないもので)

労働に不向きだなぁということもつくづく感じながら、こんな経験ができることもまた私の人生なんだなぁとありがたく捉えています。

 

体が疲れると頭も動きにくくなって、今月はブログ更新がすっかり止まっておりました。

いつもいろいろ考えてはまとめるという時間の使い方ができていたことの有閑さも感じています。

自分に自由な時間があれば書くんだな。その確認は私には心地よいことですね。

 

発掘仕事、乞うご期待

とはいえ、せっかくご縁があって関わることになった遺跡の発掘

なにか見つかれば、かなりワクワクできそうです。そして書きたくなりますね。

できれば近場の飯高町であればいいけれど、何もなくて物足りなければ次も挑戦するのでしょうか。自分でもどうなるのかよくわからない気持ちと向き合いながら

しばらく小まめに作業員として慣れていきたいものです。

犬の生命力に思いを馳せる #抜け毛

しばらくぶりになりました。

事情あってアルバイトをしていまして(別途書きます)、いつものスケジュールが乱れがちな昨今。自分の時間がたっぷり使えることの幸せを味わって、久しぶりに書ききります。

ネタはたいしたことないんですけどね、ええ。

愛犬の毛が抜け過ぎるっていうだけのことです。

ほら、どどん!

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抜け毛の季節なのかしら

そりゃぁ、暑いですよね、この数年は

先週、私も早々と熱中症なりかけました。外にいる時間が長くて危険でした。

剥き出しの人間でも倒れそうな夏日に、この獣はどれだけかと同情するものの

こんなに毛を無駄に生え替わらせなくてもよいのでは、と毎年感じていますね。

 

寒さから身を守るのにこれほど強い武器もないわけですが

4月までには抜け終わればよいのではないだろうか。夏になってから抜けていては、致命傷ではないか。そしてこっちも鼻がムズムズするんですよ。

 

ブラッシングするにはこのアイテム

鼻をムズムズさせながらもまめにブラッシングするわけですが

もう出るわ出るわ、湧き出す毛!

犬も気持ちよさそうにしてくれますし、こっちもやりがいがありますが

なんせすごい量なので、腕が痛くなってきます。

ブラシに絡まった毛を反対の手で取り除くのも一仕事なので

ワンプッシュで取り除けるブラシを愛用しています。

猫ちゃんには豚毛の柔らかいブラシなのに、犬は断固針金で、どうなのかなとも思いますが

適材適所な選択ではないでしょうか。

お父さんの体を洗うのはヘチマで娘は柔らかいスポンジみたいな使い分けですね。

 

北海道犬の夏

うちの犬は実は由緒正しき北海道犬でして、保護犬ですが血統書もあります。

そりゃぁ、近年暑いよね。散歩も朝夕の陽が当たらないときじゃないとやってられないです。

 

いっそ川にドボンとしてくれたら涼しくなるし綺麗になって一石二鳥ですが

日本犬って泳ぐのは好きじゃなくて、それどころか断固距離ってのはよくある話です。

 

そんな彼の冷やしポイントは断然水路なんですね。

深さや狭さがちょうど安心みたいで、ここなら自分から入って滞在してくれます。

田んぼシーズンだけ引かれる用水路を上手に活用して、澄んだ水で冷やしワンコ

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ハスキー犬ならお腹までつけてもっと冷やすのでしょうが

北海道犬の夏はひっそり四肢を冷やして乗り切っていきます。

田んぼを続けてくれているおうちに感謝の犬飼い事情です。

 

誕生月でした

暑さにへばりがちな愛犬ですが、夏バテがなければ十分元気なもので

今月11歳を迎えました。f:id:kamenarien:20250625103048j:image

中型犬で11歳といえば、衰えが目立っていてもおかしくはなさそうですが

ありがたくも今のところ毛並みも目つきも動きも心配するほどの衰えはありません。

生後3年ほどまでの若々しさは既にありませんが、渋い中年としての寿命が長いのかもしれません。

 

健康な犬とあと何年

引っ張ったり引っ張られたりしながらの、朝夕散歩は楽ではなくて

毛が抜け過ぎる時期や興奮の発情期はさらに厄介ではありますが

私がこの地域で日々、季節の移り変わりを具に感じていられるのは

ひとえに犬連れ日課である当たり前の散歩のおかげなのです。

花が咲く、鳥が鳴く、川の様子が変わる、野いちごが色付く

誰に教わらずともわざわざ出かけずともすぐに察することができるのは

いつも外を歩かねばならない習慣があるからに他なりません。

 

11歳を過ぎると、あと何年ってのはどうしても気になりますね。

室内外の小型犬なら15年は平均で生きてくれそうですが、実家の犬は3匹とも15年を迎えられませんでした。

今の愛犬は番犬も兼ねての屋外なので、地力が強くなければいけません。

 

あれ、犬の毛が抜けすぎて困るという話のつもりがしんみりとしてしまいました。

ものすごく心配しているわけではないのです。

でもどこかでその日は来るので、受け止められなかったら飼い主として情けないですから、時々心に刻みつけるようにしています。

彼がいてくれることの大きさを。

 

居てくれるなら、抜け毛のブラッシングも幸せな奉仕労働ですかね。

鼻をムズムズさせながら、手もなんだか痒くなりながらも

この夏も愛犬に元気で過ごしてもらうために、抜け替わりを乗り切っていきましょう。

 

自分で決めてみたものの。猟師資格取得の葛藤

人は変わらないでいたいもの

罠猟師の資格を取ろうと息巻いてみたものの

申し込んだ講習の日が近づくとビビっておりました。

何せ最近、旦那さんが狩猟で持ち込む獲物が大きくて、絶対私の手に負えないのです。

猟師の免許を取ったからといって、行動しなければ大物と向き合うこともないわけですが

ビビっている私を嘲笑うかのような大きな獣と向き合う機会が相次いで(2回)

怖気付きまくっているこの頃です。

成長しようと、挑むことを望んだものの

いざ成長の機会が近付くと現状維持しようとする

本能的に自己防衛のためのホメオスタシス機能をこれでもかと感じています。

 

変わるのって怖いですね。

猟師の資格なんてなければ向き合わなくていいこと、やらなくていいことに

資格を取るばかりにできちゃうことが増えるのです。

生き物の暮らしを理解し、罠を仕掛け、里山を少しだけでも守る行動をする。

それは私にとって興味深くてやりたいことと直結しているのですが、狩猟者に憧れる人と狩猟者になる人には大きな隔たりがあるわけです。車の運転できたらいいなって憧れる頃と、実際運転をするようになってから、同じ自分ではあるわけですが、責任がぐんと大きくなったようなものでしょうか。資格ってチャンスもあるけれどリスクが大きいものなのですね。

そして運転免許と同じで資格が取れたからといって腕があるとは限りませんし。

 

それでも変わるのはチャンスかな

そんな思いを抱えながら、どこかで落とし所を探すつもりで講習会に参加しました。

それなりに自分の時間とエネルギーを費やすのですからね。

三重県内でこの夏、猟師の資格試験を目指す人が100人くらい参加できる会の2回のうち1回目でした。県内様々な場所から幅広い年代の大人が集まっていました。女性は10名ほどだった気がします。というわけで久しぶりのムサっとした空間でもありましたw 普段はママさんや子どもたちと接することが圧倒的に多いので、猟師を志すメンズ集団とは雰囲気異なりますね。

 

講習会は完全に試験対策として行われます。

猟師として知っておかなければいけない法令や鳥獣についての知識が問題に出され

狩猟鳥獣の見分けができるかの実技試験があり(フリップで答えます)

罠のかけ方が実技でテストされるのが狩猟免許試験です。あ、罠猟師の場合はです。

受講生の中には猟銃の免許を取る予定の方も一定数いて、彼らの場合は猟銃の扱い方がチェックされるのでしょう。ちらっと覗いてみましたが、長くて重そうな銃でした。

 

試験自体はめちゃくちゃ難関な訳でもないのです。

講習会なしでは範囲広くて大変ですが、傾向と対策を教えてもらったので、多分大丈夫です。

でも問題はやっぱりその先ですね。

命と向き合う猟師の覚悟

猟師の資格を持ってしまったら、獣害対策と無縁ではいられなくなります。

既に今でも園主の猟を身近に知っていて、日々ジビエで暮らしているので獣との関係はとても深くて、周りに猟師さんがいないところから猟師を目指す人よりは随分恵まれた環境にいることはわかっています。獲物が仕留められるところなんで何度でも目の当たりにしてきました。

とはいえ、実際自分の責任で仕留めるのではレベルが違いますね。

できなくはないだろうけどできるかもわからない。今はそんなもどかしい状態です。

 

里山に獣は増え続けていて、田畑や林業は荒らされてばかりで、各家の敷地内に侵入する獣も増えていて、困っている人が大勢います。そしてその傾向は山の奥から市街地にどんどん広がっていて、アライグマ対策に大掛かりな予算が組まれていることを最近知りました。

担い手としての猟師がいなければ、暮らしを続けることが困難になってきています。

 

本来なら人の住処と獣の住処には境界があるべきで、獣は獣の場所でのびのびと暮らしていて欲しいのです。わざわざ会いに行かなくちゃ姿を見ることができない存在でいてほしいのです。あ、ちらっとは見せてほしいけれど、捕まえなくちゃいけないなんて状況になってほしくはないのです。

いずれもっと素敵な未来を描くならば、猟師の資格なんて必要なくなっていてほしいです。

ジビエを食せなくなるのは残念ですが、家畜で十分になっていたらいいかな。

けれど今はそうもいっていられません。人と獣の境界線を強めていくためにも、増えすぎて里を荒らす獣と向き合わなくちゃいけないのです。

 

もっと猟師に向いた人がいるだろうに

ああ、こんなに悩む奴じゃなくて、もっと単純に

「肉取りたいから猟師になります」

「有害駆除で一儲けするから資格取ります」

って人が多ければ私の出番なんてないでしょうに。

自ら里山で暮らすことを決めて、自給率の高い生活に挑戦していて、鳥獣への興味がめちゃくちゃあるならば、もっと自然と人を繋ぐ架け橋のような存在になっていく運命なのかな。

 

ホメオスタシスに逆らって、可能性を広げていくのです。

こんな葛藤もきっと人生の旨味なのです。

片付けプレッシャーから逃げたい!私のうちこそ公開したらいいのでは 

今週のお題「最近捨てたもの」

片付けできなきゃいけないのかねぇ

定期的に来るのです、「捨てればよくなる」情報群

片付けに関するイメージはすっかりポジティブばかりになってしまい、やたらと目につきます。気にしているから情報って入ってきちゃうのですということはわかっていますよ。

曰く

片付けできる人は高尚で、ときめいていて、他にもいろいろよくなってくるんだって!

もう片付けは進研ゼミ並みの必殺習慣です。

あなたにもできるという甘言

バッグの中身は空に。床には物を置かない。家中スッキリ!

その波を乗りこなせない私も、流石にこれではいけないと情報を取り入れる周期があるのです。断捨離メルマガは登録解除しましたが、時々書籍に手を伸ばします。

「ズボラさんでも大丈夫」とか「これならできる」みたいな甘言に飛びつきます。

「もう片付けリバウンドしない」みたいなのもありますね。

そして、毎度毎度無惨に打ちのめされ

ちっとも状況は変わらないというループですね。

10年くらいやってるのではと思い至って軽く倒れそうになりました。

 

片付けなんかしたくないわい

何がスッキリだ!

何が部屋の乱れは心の乱れだ!

何が無駄なゴミに家賃だ! 持ち家だわ。

 

やさぐれ具合は高まっています。年季入ってますから。

人は苦手を強要されるほどストレスがかかることはありません。

ゆめゆめ出版側も気をつけて頂きたいものです。

むしろ我が家を公開したほうが幸せになれる人が多いのではないかとさえ思います。

あれでよく平気で幸せそうに暮らしているもんだと。

あれよりはマシでホッとしたって人は続出間違いなし。

もしかして多くの人を重圧から救う女神になれてしまうのでは。

でも、公開できるわけない。ちょっと待ってプリーズ。開かずの間を召喚してから。

 

あー、誰かスッキリ片付けてくれないかなぁ。一切私を責めることなしに。

となるとやっぱり、心の中としてはスッキリはしたいのですよね。

 

ズボラ過ぎの私でも片付けできるかな

いらないものって何だろう

ゴミ箱の中は捨てられる。どう見てもゴミも捨てられる。

穴の空いた靴下も繕わないし、空き箱や紙袋をやたらと溜め込んだりもしてない。

100均一で買い込んだりしないし、いろんなサンプルをもらったりもしない。

でもでもなぁぜ、なぁぜなの。

どうしてお家はスッキリしてこないのかしらね、おじいさん

 

子供達が大きくなって巣立ったら

終活が必要になったら

趣味を全部手放せたら

10年後にはAIがなんとかしてくれないかなぁ

 

行動を伴わないことが原因であろうことはどうも示唆されております。

毎日散らかさなければいいのです。

思い切ってしっかり捨てて綺麗な空間をデフォルトにすればいいのです。

 

でもね、でもね、それはとっても遠い道のりなのですよ。

 

 

 

この本はとても面白かったので、ヤケクソに紹介しておきます

家で読まなくてもスッキリした場所があればそこで読んだらいいんですよ

 

親バカの真骨頂

最近、子離れを進めながら、一層息子への賞賛を高めている、もう勝手にしなさい親バカさんの話です。自分の思いを書き残しておかねば気が済まなくなった次第です。

 

私は息子の誕生以来、過度の愛情表現をしているものの、ちっとも過保護ではない親です。

自分の面倒すらろくに見れないので、子供のお世話は最小限、かなり自由に育ってもらっています。環境がのどかなところだからこそ許されることなので、ホントに有難いですね。

 

14年前に息子が産まれることになった時、暇にしていた私はめちゃくちゃ漢字辞書をめくっていました。電子辞書だった気もしますが、名付けや子育てに関連するあらゆる漢字を引き、隅々まで調べていました。なぜそんなことをしていたのか自分でも説明できませんが、その時に「息子」って、自分の心の理想なんだなとこじつけました。

「娘」は素敵な女性ってことですね、間違いなく。

そう、辞書を引きながら考えていたのです。母親は息子を溺愛しがちで、娘とトラブルを起こしがちなことを。家族の歴史を見てもトラブルが多いのが気になって、もうそんなことを繰り返したくなかったのです。どこかで覚悟を決めて、流されないでいたかったのです。

その頃、上の娘たちはまだ3歳と1歳で、めちゃくちゃ可愛いのにちっとも言うことを聞いてくれず、子育ての迷路にハマりすぎていました。なんとか打開したかったのです。

大切に産み育てていく子らのどの子も傷付けたくはないし、自分も後悔せずに親を続けていくために、考えの土台を固めておきたかったのです。

で、漢字の意味を調べるという

先人の知恵を丸ごと借りようとしたのかな。

 

おかげさまで深く心に刻みました。

娘たちはどの子も絶対とても素敵な女性に育っていくことを。嫉妬するくらいのね。

だから母親は自分の心に余裕を持たねばならないことを肝に銘じました。

母娘のトラブルは大体どちらかが無意識にでも女としての僻みを抱くと深刻になる気がします。姉妹もですね。比べなくて大丈夫なことを伝え続けていかねばなりません。

 

それから息子は我が心の理想が反映されるなら、成長を見てみたいと願いました。

自分でも気付かないような、我が心と息子がつながっているのかもしれない。

そんなことを思ってワクワクしていたことがありました。

自分の心が反映されるからこそ、囲い込まずにのびのび育ててあげたくなりました。

 

時は流れ、息子は中学生になりました。

さぁ、私の心はどれだけ彼に反映されたのでしょう。

なんと、現在息子が得意とすることは、私が憧れながらも伸ばせなかったことばかりなのです。興味はあったけれど向いていなかったとか、機会がなかったことが全部、息子の人生の中で大事な役割を担っています。

 

将棋、柔道、釣り、日本史、そして野球かな。

ホント、どれも私には縁がなかったけれど興味はあったことばかりなのです。

育てる過程で接点を設けてきたことはあるにせよ、自分の意思で続けています。

将棋は黙々とパソコンのゲームとして続けていて、多分なかなかの実力です。

柔道はやらされ感も強かったですが、この1年は前向きで、来年には黒帯が視野にあります。

釣りはどハマりしてます。川も海も。研究と実践がめちゃくちゃ楽しそうで、良い姿です。

動画視聴履歴のほとんどが釣り関連です。オタク気質が強いところもとてもいい。

日本史もめちゃくちゃ詳しいのですね。なんでそんなに頭に入ったままにしておけるのだろうと、記憶力薄れるばかりの母には眩しくて。でも英語はさっぱりで。そんな思い切り凸凹な優等生でないところも、実は私の憧れだったのかもしれません。

中学生になって、野球部に入りました。少年野球をしていた子に混じって大丈夫かなと思いきや、はなから「活躍してやろう」とか「ポンコツで恥ずかしい」という気はなく、

「野球部に入っていれば間近で試合が観れていい」と戦力外目標です。

そして田舎の野球部は親たちの協力なしでは活動できないのもあって、送り迎えなどでいろいろな保護者にお世話になります。親以外に目をかけてくれる人が増えていくと言うのも息子の人生の一部と思うと、じわんとしてしまいます。

 

総じて息子の趣味や特技は父親と被るのです。

特に将棋と野球、日本史の話は父子でしか通じ合いません。

実はその姿こそ、私の心が求めていたものでもあるのです。

子どもが産まれて数年は母の愛情をエネルギーに育ち、たくさんの経験をする学童期を両親で導いたら、思春期は母親よりも父親の役割が強くなります。

私自身は思春期の頃、父親とは口も効かない間柄になってしまいましたが、多分お互い辛かったですね。その後悔もあって、子どもたちはお父さんと良い関係でいてほしいとずっと願っています。

おかげさまで長女はテスト前の数学はお父さんに助けを求めるし、

次女は家の仕事いろいろを父から受け継いでいるし、資金が必要なときは父を先に頼ります。

末娘もお父さんの家業を手伝ってお小遣いをゲットしたり、登山に連れて行ってもらったり。

どんだけお父さん有能やねん、それとどんだけお母さん存在ないねん、と晒してますね。

いいんです、私は私の役割があって、子どもたちの話し相手になれるし、犬の散歩してますから。

 

娘たちとお父さんの関係が良好なのも何よりですし、息子と共通の趣味で楽しそうなのは、まさに憧れの具現化です。

強い思いは実現する。

現実は過去の思いを反映しています。