勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

巨星を見上げて

おそらく『三国志』であったと思うのです。「巨星堕つ」という表現が印象的だったのです。もしかして『北斗の拳』かなともチラッと思うのですが、まあそれはどちらも似たようなものかなと愛を込めて一緒くたにします。昨今人類はロケットを飛ばし、わざわざ流れ星を作り出すことまでしようとしておりますが、古い時代には流れ星は決してお祭りごとではありませんでした。星が落ちるとは、命が流れていくということ。ほとんどが衝突することもなく流れていく星の最後の姿ならば、そこに命を重ね合わせてハッとなる方が、わざわざ流星のショーを期待するより親しい気持ちになれます。


「巨星堕つ」を急に持ち出したのは、確かに大きな存在の訃報を目にしたからです。今月12日、この世界は知の巨人であった梅原猛さんを失ってしまいました。恥ずかしながら私も過去哲学科に在籍してはおりましたが、途方もなく難解な細かい学問の世界に引っかかることも叶わず、せめてど田舎の片隅で己の道を探るだけで精一杯です。世の中の真理をわかりたい。その小さな炎が哲学の唯一の出発点です。堂々巡りを繰り返しがちな哲学の世界において、梅原猛さんは自分の足でどこにでも動いていき、定説を徹底的に疑って、自説も勇敢に疑って覆し、生きている限り大胆な確かな思索を示してくれていました。なんだか今年は著作を振り返って勉強し直してみなければという予感がしていたのは、著作が完結してしまうからだとは皮肉な話です。


人を悼むことはまだまだ苦手です。冥福を祈るということも正直よくわからない。でも、もし著作に触れて涙を流すくらい感謝したなら、言葉はつながっていき、そこからはもう頼ることができなくて、悼む気持ちでいっぱいになるのかもしれません。積み上げられない程の巨人の著を紐解いていくのは並ではなくて、すんなり進まないことは承知だけど、とりあえず手元にある、きっとこれからもっと大事になってくる一冊と、きちんと向き合うのが今の私にできる精一杯。つながっていきますように。救われますように。あ、やっぱり祈ってしまうのですね。

[新版]森の思想が人類を救う

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