勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

種下ろしは祈りを込めて

地域の田んぼのほとんどはもう田植えも終わっておりますが、自然農の田んぼはだいぶ遅いスケジュールです。今年は自然農ベテランの方に教えてもらう田んぼと自分たちで試行錯誤の田んぼの二本立てなので、どちらも学ぶこと試すことだらけな上に、農作業慣れが足りない身体は追いつかず、バッタバッタとあえいでおりますよ。


米を育てるには、いい田んぼがあることが何よりで、水漏れがないよう雑草がはびこり過ぎないよう代かきをすれば田植えをして、あとはきっと水とお日さまに育ててもらうのですが、その前に大事な大事な種まきがあります。水を含ませてズッシリとした種もみの粒々を土に降ろすことから本格的な米作りが始まります。

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学校では今年はバケツ稲で古代米を育てるそうで、貴重な種もみを塩水につけて、重いものを厳選するそうです。亀成園の田んぼには水につけて今にも芽が出そうな種もみをまきました。土の一層をめくって平らにしたところにパラパラパラパラと願いを込めて種もみをまきます。びっしり過ぎると育ちにくいので、少し隙間を空けながらも土いっぱいに種を寝かせます。それからふわっとサラッと上に土をかけます。薄過ぎても眠れないし厚くても起きられない。種にはちょうど良い土のお布団が必要です。


手を使って種を降ろす。土や種をしっかり見て、居心地のいい場所を整えてあげる。また手を使ってまんべんなく土をかけていく。その作業はとても静かでなんだか敬虔で、全身から自然と祈りが出てくるようです。今まくこの粒の一つ一つが上手く育てば一万の粒になる。実際は数千でかなり多少のバラつきがありますが、本当に上手く育ったら万になる可能性もあることから、農作業暦では「一粒万倍日」というのがありますね。物事を始めるのになんとなく良い日なのかなとだけ思っていた暦が、祈りを込めて米の粒をまくことでズシリと重みを増します。買う米と育てる米はあまりにも違うのだということに、種下ろしをしてみてやっと気付きました。生きることはこんなにも四季の恵みに守られた祈りであるのか。私はまだ片鱗しか感じておりませんが、この直感が確かなものになるのが待ち遠しいような畏れ多いような心持ちです。


そうやって静かに田んぼの隅にいたら、学校から帰り道の息子が登場しました。あれよと止める間もなく沼地になっている田んぼにずぶずぶと入っていき、めっちゃ楽しそうです。あんまりハマるので私は真ん中に侵入するのはあきらめたのに、あっさり突っ込んでいくところが少年の強みですね。うまく種が育てば来月中には田植えができるのでしょうか。その時は家族みんなで泥んこになって腰を痛めながら強い願いを込めたいものです。美味しいご飯とともにここで生きていけることを信じて。

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