勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

産まれる、産まれず、産まれた、産まれて

春から初夏は鳥の誕生の季節です。飯高に沢山渡ってくるツバメも次々増えて育っているし、野鳥のヒナの誕生を見つけて数え上げれば幾らになるのでしょう。そして鶏もまた産まれてきます。

三週間の抱卵を経て、有精卵からヒヨコが孵ります。それはもう自然の当たり前といえば当たり前なことですが、いつも食べている卵からかわいいヒヨコが産まれてくるというのはやはり胸がきゅっとするくらい特別に嬉しいのです。

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生まれたてのヒヨコはほとんど母鶏のおなかにぬくぬくと隠れていて姿を見せてくれないけれど、二、三日経つと明るいうちは動き回りかわいい姿をたっぷり拝むことができます。とにかくこの時期のヒヨコは本当にもふもふしていて、小さな体のほとんどが可愛さでできているのです。脚はいかにも鳥なので苦手な人はいそうですけどね。可愛いから思わず手を伸ばしてしまうと母鶏に突かれて、ちょっと痛いけどこれも頼もしい姿です。

とここまでいかにもほのぼのした誕生の様子みたいですが、ヒヨコが産まれる裏にはほとんど必ず、産まれないヒヨコもいます。今回の場合は十個の卵のうち卵のままだったのが三つ、孵化しそうで殻を破れなかったのが一つ、殻から出たものの動く姿を見せてくれなかったのが一羽、産まれたけれど三日で力尽きてしまったヒヨコが一羽でした。

有精卵じゃなかったのか途中で冷えてしまったのか、卵のままだったのは軽く残念だなくらいの思いですが、あと少しだった卵やせっかく産まれたのに力尽きたヒヨコにはやはり無感情ではいられません。産まれてほしかった、無事でいてほしかった、育ってほしかった、でも産まれてきてくれてありがとう。小さな小さな命を前にあまりに無力な自分がいます。

産まれたヒヨコは本当に可愛かったです。ほとんど動けない柔らかいヒヨコを手の中に入れている間は、失うことがわかっているけれど幸せな時間だったのです。養鶏かといえどもいつも思う存分ヒヨコを触っているわけでもないので、手のひらにおさまったか弱いヒヨコをいつまでも抱きしめていたかったです。

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この子が大きくなる姿を見守ることはできないけれど、またいつか命が巡って元気に再訪してくれますように、と願いを込めて土に還しました。

そしてまたしばらくして、烏骨鶏のヒナも6羽産まれてきてくれました。また生きられなかった子もいるものの、無事産まれた子は今のところみんな順調です。赤玉ヒヨコの方がいかにもヒヨコらしくて可愛さいっぱいですが、烏骨鶏ヒヨコもキリリとしていて素敵です。高貴な感じというか、霊鳥らしさを生まれもっていることを見せてくれます。

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亀成園での抱卵も今年はあと何回できるでしょうか。あまり暑くなりすぎると母鶏がバテてしまいそうだし、寒くなる季節は育つのが難しそうなので、今が最後のチャンスかもしれません。命の運不運にショックを受けすぎず、めげずに一羽一羽育てていきたいです。無事に生まれ育った可愛いヒヨコたちに会いに来て下さいね。