さて今回は稲刈りを終えてハザ掛けをしてすっかり乾いた大切な稲がどうやって食卓に上るお米になるかの話です。脱穀して唐箕にかけて籾摺りしてと話には聞いてもちっともわからなかった私には、めまぐるしい体験でした。亀成園単独で育てたお米は、ちょっとずつ分けて作業したのですが、隣町の師匠の田んぼでは人手があることもあり、一日で作業をしました。それは濃密な日でしたよ。
まず稲藁をハザから外して運びます。
それから脱穀です。かつては千歯こきという道具を使っていたそうなこの工程。「最新式」と書かれた足踏み脱穀機を用いて稲藁とモミの粒に分けます。ギザギザの付いたロールがかなりの速さで回るので、怪我をしないよう気を付けて、勢いよくの作業です。
娘は優雅に回しておりますが、上がってくるレバーを足で力強く踏みながら手にしっかり持ったそこそこの重さの稲束を回していくこの仕事は、体験なら五分で満足のハードさです。でもだんだんコツがつかめて楽しくなってくると率先してやりたくなる魅力があるのですけどね。パラパラパラっと派手な音をたててモミ粒が落ちていきます。ワラもいい香りがします。ワラを集めてベッドにして寝転びたくなりますね。
そんな余裕もなく次はふるいにかける作業です。脱穀しても結構ワラが混じるので、唐箕にかける前に選別です。これがまた力の要る仕事です。
そして唐箕です。この唐箕という大きな道具はふるさと箕面の「箕」の字が使われており、昔から気になっていたのですが、使うシチュエーションになるまでその偉大さは想像できませんでした。この仕事としてはゴミ混じりのモミを風で仰いで選別するということです。ん、なんだろう、と思います、よね。
上から入れたモミがずっしり詰まったのは手前のカゴヘ、軽いのは後ろのカゴに分けられます。もっと軽いゴミは飛ばされます。
ここからゴミが飛んできます。人力で回すのですが結構な風なので、扇風機のない頃や停電の時には重宝したかもしれませんね。作業の前に風向きに注意して置き場所を決めます。ゴミが戻ってきたらいけませんから。この唐箕という道具は稲だけでなく麦にも蕎麦にも使えてとても便利です。
これでモミの状態にまでなったので一旦袋詰めです。この年季の感じられる袋もかっこいい。ずっしりと重みが伝わってきます。
そしてすっかり稲藁のなくなった田んぼがこちら。この台もすっかり片付けてしまうので、もう原っぱのようになってなんだか祭りの後のような寂しさを感じさせます。人は急な変化に弱いもの。でもこれを乗り越えてこその米作りです。
ここまでは全部手動で行ってきましたが、最後の籾摺りは電動の機械を使いますので電源のある倉庫に移動しました。運ぶ段階で私はもうヘロヘロになってしまったので籾摺り機の全景写真は撮り損ねておりました。玄米が出てきたところです。
やっとお米になりました。後は精米すれば炊くだけです。我が家は家庭用精米機を愛用しているのでその都度精米したてでほくほくお米ライフです。玄米暮らしも利に適っているとは思うものの、子供のお腹がゆるくなりがちなのとヌカを活用するので精米はちょうどいい日々のことです。
春から育てたお米がやっと口に入る姿になり感無量です。まだ身体がなっていないので苦労のわりに全然収穫は十分でなく、時給労働をして購入したほうが安いのではありますが、自給を試みることでいつでも何処ででも生きていける気にはなれます。二十倍くらいの体力がほしい。そう望みながら今年の学びを心身に染み入れて、命をつなげていきたいです。