勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

生命と向き合う歳末仕事

ちょうど一年前も雄鶏たちの運命の日がありました。「哀切の養鶏農家」という記事を自分で読み返しました。書いておいてよかったです。


今年はこの一週間ずっと私の咳が取れなくて万全の体調ではなかったので、生命と向き合うエネルギーが十分あるか心配だったのですが、無事、と言おうか雄鶏にとっては無事じゃなく、解体を済ませることができました。これでクリスマスチキンが自給できます。


今回のサヨナラ鶏は、ゴトウモミジの肥った若鶏が二羽と、烏骨鶏の中年クラスの三羽です。前日から隔離しておき午前午後に分けてしっかり向き合うことになりました。今年生まれの若鶏は、どうも脱走癖があったり凶暴だったり、次代に残したくない個体だったのですが、見た目は美しくてつい名前もつけてしまったもので、首を断つギリギリになって悔やまれました。記念に尾羽だけ残してしまったのもいいやら悪いやら。職人への道は遠いです。


今日はなんのご縁か鹿も頂いたので、娘たちも大活躍の解体日和でした。庭先でのわりとオープン解体で、車からチラッと見る人はいるものの立ち寄る人もなく、さくさく進みました。覚悟を決めて立ち会ってみたいニーズはありそうですが、たまたま目にするとギョッとしますよね。無駄に人様を驚かせずに済んでよかったですよ。


そう頻繁でもないとはいえ、鶏の解体も何度目かなので、たっぷりお湯を沸かしておいて、首を落とし血を抜き南無阿弥陀をしてから、お湯につけて羽をむしっていくの流れはスムーズでした。五羽目で油断してしまい、まだ力が抜けきっていないままお湯につけたらバタついてしまってお湯が飛び散ったのはびっくりでした。首がなくても生きている。本当に立派に生きてくれた。解体しといてなんですが、生き抜こうとする姿には心を打たれます。


お湯で毛穴をふやかして抜けやすくしたら、吊るしてほとんどをむしります。もうこうなると鳥肌をしたチキンですね。この写真は烏骨鶏なので肌は黒いです。小さくて身はあまりありませんが、滋養効果抜群のスープが取れそうですよ。

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一所懸命むしっても細かい羽が残るので、今日は外で火をおこして炙ることにしました。身まで焼かないように、羽毛だけ焦がすように。この手間をかけることで調理時のストレスが少し減ります。

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せっかく火をおこしたので、むしった羽もあらかた燃やすことにしました。ゴミで出すことはちょっとばかし心が痛かったので、ゆっくり火葬です。一度濡れた羽を燃やすなんて効率が悪くてエネルギーの無駄遣いだとは思います。とはいえ悼みには時間がかかるもの。子供たちと火の勉強をしつつ、ゆっくりふわりふわりの別れです。


解体の日は肉はまだいただきません。鹿もあるし内臓だけで精一杯。何日もかけて、手を変え品を変え登場してもらう予定です。クリスマスのご馳走の裏側には必ずチキンの叫びがあります。別に誰もが毎度意識して悼まねばならないわけでもないし、美味しいものにありついて幸せを感じることが特別に大事なのですが、淘汰されてしまった小さな生命に、精一杯の感謝はしたいです。ありがとう。また生まれてきてね。あ、いかんいかん、泣きそうだ。泣いても食べる。怯まない。でもちょっとは泣く。日が暮れてゆきます。