勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

大人になって得るものは多い

今週のお題「大人になったなと感じるとき」


成人式以来会っていない幼馴染がほとんどという現実に最近気付きました。そして後2年もすれば私もダブル成人式です。任意の集まりだけど、誰か何か仕掛けてくれるのでしょうか。仕掛けられる人になっているのでしょうか。


テーマ投稿「大人になったなと感じるとき」、つまり大人って何ってことですが、結論から言えば、「他者を守るための行動ができているか」が大人の基準だと私は考えています。


・家族を養うためにいろんなことを我慢して働く。多くの大人がこうして頑張っているのが成熟した社会。

・仕事仲間がミスをしてもかばって責任をとる。上司は大人である必要があるので。

・子供ととことん向き合う。非行に走った場合も子供は守るものだと信じて寄り添い続ける。

・困っている人のための駆け込み寺を作る

・地域の人の声を代弁して主張する

・子供を快活に育てる。真面目に育児に向き合って耐えることは大人化に抜群に効きます。


 在り方も仕事もさまざまですし、憧れに足る大人であるか、ややこしい大人であるかは関係なくて、守ることを役割とできる人は年齢を問わず大人であるなと思います。


 私は人よりも犬とか野鳥とか他の生き物を守る気持ちが昔から強いのですが、子供を守り育てる役目を得てからようやく大人になったと感じました。ものすごく沢山の不満があったけれど、自分の親たちもそれなりに大人であったのだと振り返ることができました。


 守り方は本当に様々で、守る対象も違うし、大人同士だからこそぶつかることもあります。けれど精一杯自分が守る者を自分のやり方で守っていくということでしか、人は大人になれないとも言えます。逆に言えば子供は子供である間は守られるべきで、大人に気を遣いはするけれど大人を守る役目はないということでもあります。自分を大切にして、しっかり守られた後に大人になっていけばいいのです。


 大人の皆が白馬の騎士や警察官であるわけではありません。でも大人になりたいと願う時は、どこかにそんな気持ちがあるといいのかもしれません。そして誰か自分を守ってほしいと思い続けないほうがいいです。何もかもたくましくはできないけれど、白馬の騎士を待ち続けるのは幼いお姫さまだけで、大人の女性は守られる時と守る時のバランスをとることができる存在であるとも思っています。


 月日が経つだけではなかなか立派な人にはなれませんが、自分を取り巻く状況と一所懸命向き合っていけば誰もがそれなりに守る者ができ、大人としての役目を果たしていけるようになっていると思います。20歳頃の自分はちっとも大人でなかったと自覚があるのでその頃の成人式が妥当かどうかはわからないですが、親にとっても節目があるのは有難いことです。どの子も成人になるまで子育てが間に合うのか。少し不安がありますが、それまではしっかり守ってやりたいです。