勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

この時代を幸運に

批判を覚悟で徒然をするのですが、私は自分の青春時代が阪神淡路大震災直後であったこと、意志的に子育てをするのが東日本大震災の影響下であったこと、そして大切な子供たちが自立をする前に一連のコロナショックがあったことを、言葉は難しいですが、よかったなと思っているのです。

 

大災害や地球規模での大パニックがあって、人命の被害があったことには引き裂かれる思いがします。どんなに怖いか、どんなに心細いか、どんなに混乱するか、悼んでも悼んでも足りるはずのない犠牲を出してきたことはよくわかっているのです。

 

それでも、そうやって揺るがなければ気付かなかったことがあまりにも沢山あって、おかげで覚悟を決めて選んだことがあまりにも大きいです。これから生きていくのがどんな道であっても以前と同じではなく、人類がもう少しでもこの地球に寄り添えるかなと思うと、痛みを前向きに受け止めたいのです。広い視野で未来を優しく見据えた一歩一歩が、これからできることだと思うと、反映が約束されている幻想が抱けないこの時代が生きる時であったことは幸運とも思えるのです。

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 文明の発展は一度で壊れることがある。けれど街を復興させることはできる。一瞬で何もかもなくしてしまうこともある。けれどその後から育っていくものもある。人類の栄華は永遠ではない。好き放題にしているわけにはいかない。けれど人の思いはつながっていって、大地はゆっくりと応えてくれることがある。

 環境問題が問われても問われても環境破壊は止まってはいきませんでした。人の絆が求められても尊さが叫ばれても優しさのつながりは当たり前ではありません。けれど環境問題を子供の頃から学ぶことができた私たちは、ゴミを減らしエネルギーを浪費せず、自然環境を保全する意識がかなり育っています。人の絆の尊さを学んで育ってきた子供たちは、人と人との小さな交流を自分ごととして取り組んでいます。

 

時代が大きく変わる時はその前に何度も波があります。人類の繁栄と便利さを追求してきた時代から、環境保全と心の豊かさが求められる時代(多分そうに違いない)に変わる境目です。災害があり流行り病があり経済基盤が揺らぎ、人々の意識が何度も揺るがされます。元に戻ろうとする力も大きいけれど、突き進む力には敵わない。みんなどうしていいかわからないけれどどうにかしたくてもがいてる。

 

不安な時代を象徴する日が3・11という日で、もう戻らないと決めて進んでいくのが今です。

山があり川があり花が咲いて生き物が集まる里山に暮らすことは当たり前ではなくて、もしかしたらいつ失われてしまうかわからないけれど、環境を守り経済の繁栄だけを求めずに助け合って暮らしていくにはぴったりです。人それぞれにできることがありそれぞれの人がいなければいけません。今はかなり苦しいけれど、まだ希望があるのです。これ以上言葉を重ねると陳腐になりそうなのでお終いにしますが、光に向かって咲く花でありたいと願っています。ひっくり返っても起き上がれる花でありたいです。

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