勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

人には得手不得手がありますね

今週のお題「試験の思い出」

「冬のスポーツ」題で書き始めていたのですが、ちっとも広がらなくてお蔵入りしそうなときにこっちのテーマ。うん、スポーツよりは試験がふさわしい。

そんな話とプラスアルファです。アルファが膨らみました。

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登っていこうね。あなたも私も。

 

中学生の娘の学年末テストがありました。学び好きな母(働くことから逃げてばかり)に感銘を受けているのか、勉強もテストも好ましいという不思議な優等生ですが、保体や技術家庭には全く自信がないというところも母に似てしまいました。ごめんよ。

ほんと、スポーツのこととか技術家庭のことって頭に入らなくて苦労していたのですが、よりによって受け継いでいたのです。そんなところ遺伝しないと思うのに、近頃娘の得手不得手があまりにも似てきていて怖いほどです。話が合って馬が合って一緒にいてとても面白くて幸せな母娘関係は深まる反面、自分の得手不得手もアリアリと見せつけられる感じです。まさか保体の試験で共通点を感じてしまうとはね。なんで頭に入らないことってとことん入ってこないのか、不思議です。ちゃんと黒板叩いて「テストに出るからな」ってして頂きたいものですね。すいません、ダメなとこ棚上げして。

 

コンプレックスの塊だった私は、子育てに関してかなり意識的に取り組みました。「この子は私に似て鈍臭いのね」となるのはあまりに辛かったし、子供の可能性をつぶすことがあってはいけないと、暇をいいことに頑張りました。「走れ!上れ!器用たれ!」と気合を入れてきました。遺伝するのは見た目と先天的な性格くらいで、能力には関係がないという当時ハマっていた早期教育の理念にすがってきました。楽しかったからよいのですが、勝手なもんです。そうやってひたすら自分のコンプレックスの塊を克服するべく子育てに励んできたのに、一人目でそううまくはいきませんね。まあ私よりもよほど頼もしく育っているので100点満点以上ですが、スポーツに縁はなさそうですわ。

 

以前の私なら、気合を入れて来たのに結局鈍臭めで育ってしまったことに対してガッカリしたり、「ああ、私がもっと頑張ってあげていたらよかった」と思って自分も責め、そのことによって本人も傷付けていたかもしれません。けれどなんだか今はもうちっとも気にならなくて、むしろ得手不得手がわかりやすいことを良いなぁと思えるようになりました。私自身、できないからこそできる人を眩く受け止められるところがわりといいと思っています。自分にできなくて他人にできることを妬んだり僻んだり自責の引き金にするのではなく、そのまんま憧れて応援してわくわくさせてもらう喜びにつなげられるようになりました。

そして嬉しいことにそんなことも娘に受け継がれていて、彼女は友達を誉めることが得意です。友達の夢を聞いて(授業の発表であったらしい)、すごく似合うとか向いているとか嬉しそうに話してくれるその姿が、とても可愛らしいです。

 

試験とは関係のないようで、これからのためになる授業の一つで「職業調べ&プレゼン」があったそうです。そこで一人一人発表した様子を私に話してくれました。絵が上手な子がクリエイターの道を描いていると知って、目を輝かせて喜んだり、世話好きな友達が看護師さんを目指していると聞いて、ぴったりやんと親戚のおばちゃんのように納得したり、オシャレな友達のデザイナーの道をなんだかわからないけどすごいなぁと応援したり、お菓子作りが上手な友達のパティシエへの夢には、もう叶ったかのように楽しみにしたり。めちゃくちゃ心が充実したプレゼン大会の日だったようです。

 

そんな娘の夢は「小学校教諭」というこれまた固い響きを持ってきたものですが、地道に着実に職業調べをこなしていたようです。私とは違ってもっと真面目な娘はこのまま育って夢に向かっていけば、児童のために日々厳しく指導しながらも子供ひとりひとりの夢を応援する、素敵な教諭になるのでしょう。うっとり。

 

保健体育と技術家庭の試験が苦手でも、小学校教諭にはなれるはずです。私はそんな固い職業を目指したこともなく、資格もろくにとってこなかったいい加減な母なので、なんの保証もできませんが、自分の道を自分で作り上げる子供を応援することはできるのです。そしてまた資格をとって真っすぐ目指す娘とだいぶ道のりは違いますが、私にとっても「教育」というのはなんだか年々重要な価値になっています。学んだことを伝えたい。すぐに目に見える成果が出るわけではないけれど、個々の中で育まれていくような芽を渡すことはしておきたい。ボランティアベースですが地域の学校と関わりの深い暮らし方を選んでいるのは、教育に興味があるからに他なりません。重ね重ね何の資格もないいい加減な人ですが、時間をかけてその道に進んでいきたいなとは描いています。やっぱり似た者母娘です。

 

もしなんらか試験を受けなければならなくなったら、どちらがどう突破していくのか、支え合えるのか。まああっさり置いてきぼりにされるのでしょうが、それすら楽しんでいこうと思ったひな祭りの日でした。