勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

移住促進は誰のため

3年前から危機感を抱いて始めてもがいてきた、地域の小学校の親子山村留学がようやく軌道に乗ってきています。昨年度に2組3人の児童を迎え、今年度も既に3組4人が加わって、一時は10人を切りそうだった児童(全校)が16人になり、欠学年がない!という夢のような状態になりました。1年生から6年生までがそろった小学校って、普通に普通のことですが、その状態でないまま何年も過ごしてきた立場からすると、夢のようなのですよ。入学式がなくて寂しい思いをしたり、来年は卒業式もないのかとほんとうに苦しかったのです。ぬか喜びの可能性もありますが、しばらく欠学年がないかもしれない希望を持てるだけで、うれし涙が出ちゃいます。

仲間が増えた嬉しいニュースはホームページでもあがっていますよ。

香肌小学校のHPへようこそ - 松阪市立香肌小学校

 

親子山村留学は移住・定住よりは敷居が低く、「まずは学校から暮らしを選んでみませんか?」という試みなので、来てくれた人たちがずっと地域に根付くわけではありません。根付く人もいれば、離れていく人もいるのが前提です。それでも半年や1年、2年でも松阪市に住民票を置いて、小学校に籍を置いて暮らしてくれることで、ここの地域に小学校があることが必要であることが公に示されることに大きな意味があります。

 

動き出すまでは長い暗黒時代がありました。

時々問い合わせはあるものの、不発に終わり、空回りし、期待しては残念でしたとなりました。私自身は経験上打たれ強いので、絶対に動きがあると信じて全く疑いませんでしたが、もうあかんのちゃうかなの雰囲気はヒシヒシと感じましたよ。無神経なそんな言葉を聞いたこともあり「今に見ていろよん」とも思っていました。

 

余談ですが、私は成功には遠いタイプです。人生がトントン拍子だったことはありません。受験も失敗したし、就職も落ちまくったし、計画もすっきりと完遂できたことがないです。でも鈍いのかタフなのか、投げ出さずにトライ&エラーを繰り返して、じわじわと実力を付けて、最終的には目標達成ができています。もちろん努力は積み重ねますが、のんびりと勝ち取るイメージが体験としてあるので、焦る必要もなかったのです。

 

昨年度に勇気凛々と香肌小の仲間になることを決めてくれた人たちのおかげで、発信力が著しく上がって、6月7月は問い合わせがバンバンあって、嬉しい悲鳴でした。情報がとっ散らかってあっぷあっぷしている現実もありますが、これもまた投げ出さずに地に足を付けて地味に一つ一つ積み重ねていくのみです。

 

親子山村留学の活動がようやく陽の目をみることになり、地域の人も関心を示してくれ、改めて経緯や展望などをまとめる機会がありました。その中で、親子山村留学推進の目的を私なりに書き出してみました。なぜ息も絶え絶えの過疎地域で呼び込み活動をするのか。何のために、誰のために、そこんとこ見つめ直しておく機会だったのです。

 

【目的】

1.松阪市の自然豊かな飯高上流地域に学校を残すこと

2.都会の親子の受け皿になり、将来的な交流につなげること

3.子育て世代が増えることで地域の活性化を促すこと

 

完全に私の言葉で書いたので、規約とは表現がズレていますが、何を思っての活動であるかはまとめられているでしょうか。

学校が残ることは、自分の子供だけのためではありません。

もちろんそれが大きな動機ではありますが、学校に関わる人々、関わってきた人々に希望があることが一番です。一度なくしてしまっての復活は現実的ではなく、今しかできない呼び込み活動なのです。ここを踏ん張ればなんとかなるかもしれないのです。

 

もちろん来てくれる人も大事で、都会や他の場所で合わなくて環境を変えたいと思っていた子供や親たちが、香肌小で安心できる居場所を見つけてくれるのは本当に嬉しいです。自分には役割があって、大事にされているという実感を持った子供が一人でも増えてくれるのは世の中にとっても間違いなくいいことだと信じています。

 

そして、子育て世代が増えることにより、地域の人々が元気を取り戻す様子がたまらなく素敵なのです。私たちが移住した時、なんの縁があったわけでもなく、前情報もなかったので、地域はざわついたと聞いているし、容易に想像できます。多分訝しく怖くもあったことでしょう。それでも元気な子供を連れて引っ越してきたことで、近隣の人は喜んでくれました。

「うちの地区には子供がおるでな」

「子供ら元気に遊んでんのいつも見てるんさ」

「孫の服やけど、よかったら使ってな」

そうやってゆっくりと関わってくれる人が増えて、受け入れてもらって、子供たちが大事にされてきたことを知っているし、子供たちの様子を見守ることで活気付く人たちの様子もわかっているので、広い地域の各地に子育て世帯があったらいいなと思っていました。点々と子供がいることで、各地区の人々はより「うちんとこの子」を大事にします。その張り合いもまた面白いですし、自分の地区の子を大事にはすれど他地区の子を冷遇するわけではないので、学校の活動にもまた強い協力が得られる流れになっていくのです。

 

親子山村留学という形で移住促進を進めておりますが、活動の当初から学校・移住者・地域の三方よしを描いてきました。元々は商売人の発想なので、人を増やす活動に当てはまるかどうかはわかりませんが、学校さえよければいいのではないし、移住者第一でもなくて、地域にとっての活動でなければならないことは間違いありません。

三方よし研究所 | 【売り手よし】【買い手よし】【世間よし】という近江商人の精神【三方よし】を現代にも通じる理念としてわかりやすく紹介し、企業経営やさまざまな社会活動を支援しています。

 

ということを別段大々的に謳っていたわけでもありませんが、最近この活動が注目されるようになり、話が出た折に友達がふと言ってくれたことがあります。

「今までも移住者が人を呼び込む活動っていろいろあったけどさ、今のは本当に地域のこととか未来のことを考えてくれてるなって思うわ」と。

なんだか思わぬご褒美でした。

 

いつも三方を見渡して動いているので、この活動の突破力は高くないのです。暗黒時代が長かったし、今も慎重に動いています。影響力の高い移住者が自分たちのための村づくりを試みる活動の方が、よほどスピード感はありますね。そんな活動はかつてもいろいろあったし、現在も各地にありますね。それもまた社会の動きとして、人々の交流として、活き活きと頼もしいものなのですが、わぁーっと人が増えて盛り上がって、でもなんやかんやあってまたさぁーっと引いていくということになると、地域にはなんだか寂寥感が残ってしまいます。「あの人ら、なんやってんな」という空しさが残る活動になってしまうと申し訳ないと私は思っているのです。

 

私が目指しているのはあくまでも愛する山河の自然保護なのです。そのために、人がいる、育つ人がいる、人々の関心がいる、仕事がいる、ということで移住促進を真面目に考えてあれこれしています。となると別に地域の人たちのためですらないわけで、まあ勝手なものですね。人が増えすぎると自然は荒れますが、手入れをする人がいなければ里山はまた荒れます。自分で手入れをするのは途方もないので、豊かな自然に惹かれて来る人が増えて、保護につながる仕事が創られていけばいいな、そのために今があるなと強く思っています。

 

親子山村留学についても、何年にも渡って書き続けてきました。自分の振り返りのための貼り付けをしておきます。

kamenarien.hatenadiary.com

 

kamenarien.hatenadiary.com

 

kamenarien.hatenadiary.com

 

kamenarien.hatenadiary.com