勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

思想としてのサイクリング部

今週のお題「わたし○○部でした」

 

 部活というと中高生が思い浮かぶのは、多分現在、子どもがその時代にいるからで、自分にとっては大学時代の部活のほうが息が長いし相当な活動をしてきました。今年は大学のサイクリング部50周年の節目であり、その時に寄稿した文章が手元にあり、なかなかのデキだと気に入っているのでこちらにも残します。お題はなんでもよかったので、書きたいように書きました。思い出とか具体的には何も書いてません。どんな活動をしていたのかの片鱗しか出ていません。それでも「わかる人にわかる」箇所を最小限に、わからない人にも熱が伝わるように。ここにコピペするにあたってちょっとだけ改編してます。

実際の私とチャリはこんなにかっこいいイメージではないけれど

【以下、本文】 

 2002年度入学の私にとって、KUCC50周年は自分がKUCCの一部になってから21年という事で、振り返ることが20年分以上もある楽しい節目です。人生の半分以上がKUCCにとりつかれたまま過ぎてきたということでもあり、明らかに体力足りないのに、キャンプの経験もなかったのに、ひたすらペダルを漕いで小汚く力いっぱい旅をする部活を選んだ過去の自分を尊敬します。過去の自分が飛び込んで蒔いた種を、つなげている今と未来の自分もなかなかいいなと思います。時間的にも思想的にも人のつながりとしても、ずっと切れ目のない縄がつながっていることを確信しています。

 

 4年間の学生時代の総走行距離はめいっぱい足しまくって確か3万キロでした。年間70日ずつくらいはツアー(※サイクリングの旅)していたつもりなのに、いつも走りこんでいたわけではなくてヘボヘボの時も多くありましたから。それでもめいっぱい頑張ってきたのにさ、卒業の頃になって「地球は大きいなぁ」と勝手に完敗したことをよく覚えています。海外の旅は自転車を持たずに歩いていたから、轍の跡は国内ばかりです。もはやいつどこをどんな気持ちで走っていたのかもほとんど覚えていないけど、全体として大きいものを描いていました。いつだってどこかに行くことしか考えていなかったです。企画・発信・実行・反省の繰り返しで、日常的に旅人でいられた時間がありがたかったです。在学4年間の限られた時間の中、できるようになったことや挑戦を積み重ねて積み上げて塗り固めて、私は強くなりたかったから。実際はヘボいしあほなことしかしてないしどうにも小汚いけど、目標はいつだって「強く賢く美しく」なのです。猛禽類のように生きたいのです。

 

 大きいものに向かっていって完敗するの、結構好きなんです。地球もそうだし、部活としても強い人、速い人、面白い人、賢い人、敵わない人たちがうようよいたからこそ居心地がよかったです。めちゃくちゃ速い背中をガン見したり、とっくに力尽きちゃってフルサポートしてもらったり、飲み勝負でも勝てたことない気がします。なにかと弱いのに気だけが強いからめちゃくちゃ悔しいけど、強いものに無謀に手を伸ばしてわずかにでも手が届くことは嬉しくもあって。「私、まだまだだ」って感覚を自分に叩き込みながらニンマリ笑って次に進むのが好きです。だって負けたって砕けないし壊れないし馬鹿にされもしないから。小さく勝つより大きく負けて、それでも気付けば昨日の自分よりうんと強くなっている。そんなことの繰り返しで当時も、今も生きています。

 

 私の結婚生活は自分だけじゃなく仲間たちにとってもひとつの安らげる場所作りでもあります。ノリがよくて懐の大きい旦那さまのおかげで、京都から程よい距離の豊かな場所ができています。母の好きなものや人にはとりあえず好感を抱く子供たちにとっても、サイクリング部の仲間たちが時々訪れてくれるのはいい刺激で、火を囲みながら風の音を聞きながら、幾つもの安らいだ時が流れています。ありがたいです。

 

 どんなツアーをしていたのか、どんな挑戦をしていたのか、記憶の欠如は甚だしくて、ろくでもないことしか覚えていません。豪雨の後の輪行(※自転車をバラして袋に入れて電車など他の乗り物で移動すること)で自分が臭過ぎて電車内の乗客に逃げられたことや、小雪の中いつの間にかブレーキシューがなくなっていてキーンと嫌な音がしたことや、ご飯入りのコッヘル(※キャンプで使う鍋兼食器)がザックから落ちたのに気付かぬまま走ってしまいお昼に絶望したことなど。美しい景色もかなりの確率でガスっていたし、青春っぽい爽やかな汗なんてこれっぽっちも縁がなかったです。それでも日焼けした、びしょ濡れになった、力尽きた仲間の顔はちゃんと覚えているのですね。

 一人で最後尾走ることが多かったし、気ままなソロツアー常連だったけど、ただいまを言える場所があって、こんなことをしたいを聞いてくれる環境があったこと、待っていてくれる仲間がいたことが部活の醍醐味でした。

 孤独を愛しながらも間違いなく人を愛せる。私にとってのKUCCは人生の土台です。

 

【寄稿文ここまで】

うん、何してたかよくわからないけれど、精一杯濃ゆい時間を過ごして、愛する仲間たちがいることは伝わりますね。それにしてもやっていることは今も同じです。「企画・発信・実行・反省の繰り返し」で、負けまくりながらもニンマリと先に進んでいます。

 

 たくさん自転車旅をしていました。共に走ることも一人で走ることもどちらも。ゆるいつながりだからちっともチームではないです。でも間違いなく仲間で、着飾らなくたっていっつもそのまんま認め合えるところが最高です。着飾るどころではないぐちゃぐちゃな挑戦を乗り越えてきたからですね。

 一人の時間と仲間との時間。どちらも同じくらい大事に育ててきました。そしてそれも今と同じかもしれません。人生は単純。だからこの先もまた、楽しくあれ。