勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

自己需要って最難関だけど頑張る価値があります

春頃ふと話をした人が言っていたことがやけに心を締めています。

「気が散ると他人のことが気になってしまうから、他人の粗探しをし始めたらスイッチを切り替えて、自分に夢中!自分に夢中!って言い聞かせるねん」と。

なにそれ、めっちゃ素敵やん。

うん、素敵な人なんですけどそこまでの肝の据わり方とは、うっとりしました。

 

ひるがえって、私は自分に夢中になれているかな。

相変わらず他人のことを気にしちゃってることを否定できません。他人にどう思われているかはほとんど気になりませんが、自分の頭の中にはグジグジと他者に対する関心があることにほとほと嫌んなります。どうでもいいって言いながら、じゃあもう頭ん中から追い出せちゃえばいいのになかなかそうもいかなくて、引きずられます。もっと自分のことばっかり考えているほうがよほどいいってわかっているのに。

その前に消化しきれてない想いを味わい尽くすのも大事なことなのかもしれません。どれだけ嫌な想いでも、とことんその感情に支配されたようになってからのちに、感謝してすっきり手放すってやり方も、素晴らしい経験です。負の感情っていつまでも続くものでもなくて、時間が薬ってのも信頼していい話なのです。それにしても私、引きずられがちやなぁって自覚はあって、それはきっとまだまだ自分に夢中になれていないからなのです。情けないけれど、そこを受け止めなくちゃね。

 

そしてまたすごい話を聞きました。

「自分にモテるのが最難関」と

これが腑に落ちると人生もっとイージー

えっ、自分のことは普通に大事やん、それに同性の友達からも当たり前に好かれるし、モテると言えば異性やろ、というのは思い違いやったのです。

なにせ異性は騙され易いです。よく見ようとしがちなフィルターは確実にあります。そして男女共にほとんどの人にとっての好みはわりと流行りであることが多いので(つまりモテる人は決まっている)、数人にモテたら数十人楽勝かもしれません。実体験からではないので説得力はありませんがね。

モテそうな人がモテるのが異性間の単純さ。

ビジュアル以外では小学校時代は足の速い人、学生時代はリーダーシップのある人や頭のいい人(※これは絶対に全員に当てはまるわけではありませんよ)、社会人になってからは稼いでそうな人や家庭的な人がやはり単純にモテていくのです。多分そんなに難しい話ではありません。

 

それに比べて同性にモテる(友達以上に惚れられる)にはもう少しいろいろ必要になってきます。同性をだますのは並大抵ではなくて、この人好きだなぁって人の基準は同性の方が異性より厳しくなりがちなことも否めません。ただ愛嬌があるとか優しくしてくれるとかだけでなくて、長い目で信頼できる人に好感度が集まります。惚れちゃうような同性に会えるのって嬉しいですね。

 

でもそんなことより難しいのが自分にモテること。

もう、私って私のこと大好き!と曇りなく宣言できるでしょうか。

悪くないとは思いながらも、堂々と私は私に一番惚れていると確信持てるでしょうか。

そう突きつけられると確かにめちゃムズかもしれません。

なにせごまかしがききませんからね。

異性なら「私のこと好きでしょ」と尋ねたら優しくだましてくれることもあります。

同性でも「○○さん素敵です。尊敬しています。大好きです」と言っている裏で何か他のことがあっても気付かないことも多いです。

なれど自分の場合ってわかるので、そこそこいいと思うくらいでは、自分にモテていることにはならなくて、もう本当に何があっても全部丸ごとだーいすき!でいるって、改めて問われると自信あるかなぁ。

自分の気持ちを大切にする姿っていい

今はまだ自分の心を他人に占められちゃうことが多くても、いい話を聞いたんだから、もう迷わずに自己受容を高めまくっていきたいです。他人にどう思われようが、世界中にたくさんの不安が飛び交っていようが、先に満たされていいです。私が心地よくしていて嫌な人のことなんかは気にしてあげなくていいのです。お互いにね。

 

コーヒーカップで例えたり、シャンパンタワーで例えたり、あちこちで提唱する人が増えてきました。先に自分を満たしましょうと。耳タコなのに、できているかとなるとイマイチならば、何度でもイメージしてみる価値はあります。

シャンパンタワーの法則

とにかく自分にモテる!

40代も2年目となり、異性にモテる必要は特になし、家族に愛されていたら十分ですが、子どもたちが大きくなって巣立っていっても足を引っ張らないでいるためには、家族に依存する訳にはいきません。もっと自分に夢中になっていなくちゃ子育ての仕上げができません。

私の場合は結局子どものためですが、動機はなんでもいいのです。人生で与えられた難関チャレンジの自分モテに本気になるのにはちょうどいい。決めたら勝ち!