今週のお題「まつり」
先週はめちゃくちゃ非日常の日々におりました。
その中でも地元のお祭り三連続はやっぱり格別です。
そんなに大きな規模じゃないんです。
あちこちでかぶっているから会えない人もいるんです。
それでも、いつも地域を支えている人たちが力を合わせて開催できたお祭りで、
地域内外の人がいい時を過ごしていて、
そこに私の役割や楽しみも存分にあって、
なんかふわふわした気分が続いたことが嬉しいです。

お祭り連日はもっと前からあったと思うのですが、私が参加したのは12日、13日、14日の三夜です。
初日の12日は地元でした。
ゲストハウスに予約があり、お客様も一緒に花火を楽しもうと思っていたので、お祭りのお手伝いはできずに参加だけでしたが、急遽ゲストハウスがキャンセルとなったこともあって、気楽に楽しむことができました。
親子山村留学のPR活動もすることができました。
地元にゆかりのある人たちに知ってもらって、後々につながる種まきをしたかったのです。ふるさといいなぁという気持ちはそんなに単純なものではないので簡単にUターンがあるわけではありませんが、点と点がつながる未来があるかもしれないので、動けるときに動いておけたことは自分への信頼が大きくなりますね。
昨年度のお祭りでは屋台が全然足りなくて、お腹を空かせた人が続出したここのお祭りでした。今年度はかなりお店を増やして満足度を挙げることができたようです。
移住してきた人ら(小学校保護者さん)のお店も人気でなんだか有難い限りです。
私も「たません」なるものを始めて頂きましたよ。
関西ではえびせんべいを用いた屋台飯といえばたこせんなのが、愛知県では卵を焼いて挟むのだとか。
ローカルだと知らないこともあるものだという発見もできてラッキーです。
中国(多分北の方)では小麦粉の皮に卵を焼いてはさんだものが屋台の定番でした。ジータンダービンと呼んでいて大好きでしたね。
ところ変われば品変わるでありながらも、なんだか共通したものがありますね。
たまごとソースの味なので、安心感抜群です。
地元のお祭りは子どもたちも好き勝手に行動して、どこにいるかわからなくなってもまたすぐに会えるのがいいところです。かき氷屋さんに通い詰めた娘はお店の人に「そんなに食べて大丈夫か」と心配されていたそうです。そんな話も後から聞きます。
待ちに待った20時から15分ほどの花火は、大きく山に響く素敵な時間でした。
地元の知り合い、そして小学校の関係者はこのお祭りの参加者が一番多かったのもあり、なんだかみんなで立派な花火を観たなぁという幸せな感じが続いています。

13日は上流地域の波瀬でのお祭りでした。
なんとここでの開催は6年ぶり!
コロナだけでなく台風でも中止のことが多かったお祭りは、昨年度も計画されていたのに行われず涙を流したものでした。↓過去記事参照
やっと今年はちゃんと行われたのです。
ステージも屋台も盆踊りも花火も
地元の人の想いがいっぱいつまって、盛大なお祭りになったのです。
ちなみに金管バンドとして演奏した曲は
・ムーンライトセレナーデ
・海の声
・パラダイスハズノーボーダー
の5曲でした。
今年になってから練習を始めたのもあり、新鮮なラインナップできれいな音を響かせることができたでしょうか。
私は相変わらず嫌んなるくらいはずしまくりなので居合わせた人に真面目に感想を聞くと穴から出られなくなりそうですが、仲間たちの音は素敵だったのですよ。
この金管バンド、最近出番は確実に増えておりますし、メンバー干されないよう頑張るぞ!
そしてこのお祭りでは玉子屋さんとしての出店もあり、私が演奏の間に旦那様はめちゃくちゃテンパって接客をしていたようです。すまない。
たませんの完成度には及ばないながら、うちの卵を使ったシンプルな「目玉焼き丼」はなかなか好評で完売したので成功体験になりましたよ。
「あんた料理苦手やで、これがええんやなぁ」と笑ってくれた姐さん、ありがとう。
素材はあっても映えるものは一切作れない私にもできる精一杯の屋台盛り上げでした。
もちろん他の人々は余裕でスパイスカレー出していたり、めっちゃきれいにピザ焼いていたり、隣のかき氷屋さんも反対側のヨーヨーすくいも大盛況で、いい空気のなかにおりました。
有閑な私がいるせいかうちはそんなに忙しくなかったので、子どもたちは人員として両隣の店舗(知り合い)に貸し出すことになり、ちゃっかりお手当てをもらっておりました。そんなところも地元のお祭りらしくて、とてもいい。
ここのお祭りは花火もより近くて豪華で、わりと遠くから来た人たちにもチラホラ会えたのですが、みなさん満足して夜空を見上げていたようで、とても嬉しいです。
国道沿いが会場なので、通りがかりの人もおられたようです。お盆の時期にたまたま通って寄っていくことにした場所で、思いがけない楽しいひと時が過ごせるなんて、地元民としては誇らしさでいっぱいになりますね。
そして三日目の14日は、盆踊りを堪能しました。
初めて参加する場所だったのですが、声をかけてもらったこともあり、遊びに来てくれたお義母さんと親戚の子も一緒に、ほっこりでいっぱいのお祭りへ。
街中ではもう地域で作るようなイベントはどんどんなくなっているそうで、懐かしさもあったのか喜んでもらえました。
そして私はしっかり盆踊りをすることができて、なんだか満足しています。
ご先祖様との関りは正直ちゃんとできているわけではありません。
家も変わったし風習を受け継いでいるわけでもなく、うちのご先祖たちは一体どこに帰っているのか申し訳ないくらいです。
子孫らがまとめて暮らしていて、お迎えの用意をしていてくれたら迷わずそこに帰れるのでしょうが、そうじゃなければどうしているのでしょうかね。
それでも、お盆だなぁと思いながら、見様見真似でもありながら、地面を踏みしめて夜空を仰いで、何周も何周も合いの手も入れながら踊ったから、私はちゃんと生きてますよと伝えることができたでしょうか。
なんだかよくわからないけれど、どうしても大事にしたいと思った盆踊りのこと、めっちゃまとめて発信されている方もいるのですね。
続いていくのでしょうか。続けていけるのでしょうか。
お祭りの役割は、思っている以上に深いみたいです。
そんなこんなで3夜に渡る地元のお祭りに参加して、なんだかまだふわふわしています。
次の日にはそれぞれゴミもなくすっかり片付けられて元通り。
そんなところも地域力ですね。
ガヤガヤとした人の声、ドーンと上がる花火、リズムよく行われる盆踊り
とにかくお祭りは音がにぎやかなので、後をひきます。
それは今世の私たちのためだけでなく、あちらの世界にも聞こえる音なのかもしれなくて、8月上旬からお盆過ぎまでなんだかいつもより頭がぼんやりしていたのは、そんな季節の影響もあったのかもしれません。
ご先祖様はこの地域でいたわけではないけれど、三夜に渡ってがんばった私に気付いてくれたなら、来年はもう少しきれいな楽器の音が出せるように力を貸してくださいね。もしかしてご先祖に音楽家がいたかもしれないから、とりつないでくださいね。いつも有閑を保てるように守ってもらっていることに大きく感謝しています。その上でほんの少し、華やかさを応援してくれたらもっと嬉しいなぁ、なんて都合のいいことを考えるのが子孫の勤めではないでしょうか。ちゃんちゃん。
