勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

厳しい先生に会いたくなる時

今週のお題「思い出の先生」

 

小規模校の卒業式おめでとう

息子が後一週間で小学校を卒業します。

本当に盛沢山の6年間でした。息子は同級生が2人だけで入学し、1年2年と過ごしたのですが、3年から増えて4年になる頃には4人となり、6年生で6人が同級生になりました。たまたまなのですが親子山村留学活動の成果が顕著に出た学年で、それもあって本当に濃い年月でした。親にとってもですし多分本人にとってもです。

正直長かったなぁと感じます。上の姉たちが中学・高校に進学して、よく言われるようにその時代はあっという間なのもあり、余計に下の子の小学校時代は長く感じられますね。けれどそれはめちゃくちゃありがたい長さです。

それでもいよいよ後一週間。思い出すのはお世話になった先生方のことです。

なんとありがたい存在

先生との結びつきが強いのが小さな学校

とても小さな学校で、複式学級の3クラスに我が子が一人ずつ在籍していたこともあって、どの先生にも一門ならぬ恩があります。

1年生の時の担任はその1年しか居られなかったのですが、2人の1年生に揺るがぬ自己肯定感を与えてくれました。その時はひとつ上の学年がおらず、いつも2人と先生で毎日楽しく過ごしていました。

2年生の時は3人の1年生と合わせて5人の学級となり、厳しさで定評のある担任に沢山の指導を受けました。長女も次女も担任をしてもらったお馴染みの先生でしたが、その年が最後となり、受け持ってもらうことができて本当によかったです。

3年生の時にはまたベテランの先生で、とにかく字がきれいな先生に丁寧に指導してもらったおかげで、数年経ってから彼の字が読めるレベルにまで上がりました。これは本当に学校のおかげなのです。私の力では彼の字をきれいに改善していくことなどできっこないのですから。

4年生は前期と後期でクラス編成が変わるというダイナミックな時でした。親子山村留学が実現し、抜けていた学年に児童が入ったおかげです。息子は前期には3年生の引き続きの先生、後期はまた違った厳しい指導をしてくれる先生になりました。

そして5年生の時も厳しい指導の先生がそのまま持ち上がり、この時期はけっこう凹んでいることもありました。

6年生は若くちょっと色合いの違う先生で、球技でボコボコにされる以外はおおらかに指導してもらっていたようです。

 

令和でも感じる厳しい先生のありがたさ

今の時代は厳しい指導を貫くのは難しい時代です。昔は親にしても「ガンガンやったってください」でよかったのですが、行き過ぎた指導によっていろいろと学校の闇があったこともあり、保護者も過敏になっています。

私はちょっとくらい厳しくしてもらった方が根性がついて後々強い心が育つから、それも大切な経験だと厳しさお願いします派です。家ではわりと甘やかしてしまう分、むしろありがたいなと思うのですが、まあ昭和を引きずっておりますからね。そこそこ家でも厳しいこともあるかな。それで親子関係や師弟関係が崩れるとは思わず、むしろ躾や指導をしないことの弊害が大きいと考える立場です。これがいいともダメともありませんが、厳しく指導するには力が必要で、その場は嫌がられても言うべきことを伝える愛情を知っているからです。というわけでボランティアのときに子どもにピシッと注意することもためらわないです。だってそのほうがより成長を感じて褒めるときに思いっきり本音が出るのですしね。切り取られるとどこも「それ違う」となる厳しいの肯定感覚です。誰にでも当てはまるとも言いませんし、時代が違っているのも分かった上で、先生方の厳しさにも触れられたことに、心から感謝しているのです。

 

息子の卒業を前にして、いままで真剣に向き合ってくれた先生方をじっくり思い出しています。私が思い出すように、先生方も思い出してくれていると嬉しいですが、卒業式に祝電が届いたら涙腺壊れますね。

ずいぶんやんちゃで甘ったれな坊主のままだと侮っていた息子なのに、近頃なんだかそれなりに立派になってきました。

認められ、指導され、辛抱強く導いてくれた先生方との小学校生活から巣立つ時が近付いています。

保育園の先生にも時々ふとお会いすることがあり、事情合って一年しか通わなかったのですけれど、いつも気に懸けてくれています。ああ、もうほんとにありがたいなぁ。

 

小さな学校で育った子どものこれから

小規模校でじっくりと、たくさんの眼差しを受けて育ってきました。ぶっきらぼうな息子ではありますが、受け取る器があることを信じてあげたいですね。育ちを見守ってくれた先生方、そして職員の皆さまに地域の方々など、知るだけでもたくさんの人に心から感謝します。そんなに立派になったともまだ言えないレベルですが、指導してもらったことはそれなりに息づいていることを感じるたびに、親では及ばない力にハッとして、とても嬉しいのです。また新しい世界に飛び込む前の、種が土の中で膨らんでいっているような今を、めいっぱい感じながら卒業を待っています。

 

同じようなことをこねくり回してしつこく感謝を述べてしまいました。

大事な時に崩壊する語彙力が、これもまた人間らしいなと自分を慰めています。