勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

親バカの真骨頂

最近、子離れを進めながら、一層息子への賞賛を高めている、もう勝手にしなさい親バカさんの話です。自分の思いを書き残しておかねば気が済まなくなった次第です。

 

私は息子の誕生以来、過度の愛情表現をしているものの、ちっとも過保護ではない親です。

自分の面倒すらろくに見れないので、子供のお世話は最小限、かなり自由に育ってもらっています。環境がのどかなところだからこそ許されることなので、ホントに有難いですね。

 

14年前に息子が産まれることになった時、暇にしていた私はめちゃくちゃ漢字辞書をめくっていました。電子辞書だった気もしますが、名付けや子育てに関連するあらゆる漢字を引き、隅々まで調べていました。なぜそんなことをしていたのか自分でも説明できませんが、その時に「息子」って、自分の心の理想なんだなとこじつけました。

「娘」は素敵な女性ってことですね、間違いなく。

そう、辞書を引きながら考えていたのです。母親は息子を溺愛しがちで、娘とトラブルを起こしがちなことを。家族の歴史を見てもトラブルが多いのが気になって、もうそんなことを繰り返したくなかったのです。どこかで覚悟を決めて、流されないでいたかったのです。

その頃、上の娘たちはまだ3歳と1歳で、めちゃくちゃ可愛いのにちっとも言うことを聞いてくれず、子育ての迷路にハマりすぎていました。なんとか打開したかったのです。

大切に産み育てていく子らのどの子も傷付けたくはないし、自分も後悔せずに親を続けていくために、考えの土台を固めておきたかったのです。

で、漢字の意味を調べるという

先人の知恵を丸ごと借りようとしたのかな。

 

おかげさまで深く心に刻みました。

娘たちはどの子も絶対とても素敵な女性に育っていくことを。嫉妬するくらいのね。

だから母親は自分の心に余裕を持たねばならないことを肝に銘じました。

母娘のトラブルは大体どちらかが無意識にでも女としての僻みを抱くと深刻になる気がします。姉妹もですね。比べなくて大丈夫なことを伝え続けていかねばなりません。

 

それから息子は我が心の理想が反映されるなら、成長を見てみたいと願いました。

自分でも気付かないような、我が心と息子がつながっているのかもしれない。

そんなことを思ってワクワクしていたことがありました。

自分の心が反映されるからこそ、囲い込まずにのびのび育ててあげたくなりました。

 

時は流れ、息子は中学生になりました。

さぁ、私の心はどれだけ彼に反映されたのでしょう。

なんと、現在息子が得意とすることは、私が憧れながらも伸ばせなかったことばかりなのです。興味はあったけれど向いていなかったとか、機会がなかったことが全部、息子の人生の中で大事な役割を担っています。

 

将棋、柔道、釣り、日本史、そして野球かな。

ホント、どれも私には縁がなかったけれど興味はあったことばかりなのです。

育てる過程で接点を設けてきたことはあるにせよ、自分の意思で続けています。

将棋は黙々とパソコンのゲームとして続けていて、多分なかなかの実力です。

柔道はやらされ感も強かったですが、この1年は前向きで、来年には黒帯が視野にあります。

釣りはどハマりしてます。川も海も。研究と実践がめちゃくちゃ楽しそうで、良い姿です。

動画視聴履歴のほとんどが釣り関連です。オタク気質が強いところもとてもいい。

日本史もめちゃくちゃ詳しいのですね。なんでそんなに頭に入ったままにしておけるのだろうと、記憶力薄れるばかりの母には眩しくて。でも英語はさっぱりで。そんな思い切り凸凹な優等生でないところも、実は私の憧れだったのかもしれません。

中学生になって、野球部に入りました。少年野球をしていた子に混じって大丈夫かなと思いきや、はなから「活躍してやろう」とか「ポンコツで恥ずかしい」という気はなく、

「野球部に入っていれば間近で試合が観れていい」と戦力外目標です。

そして田舎の野球部は親たちの協力なしでは活動できないのもあって、送り迎えなどでいろいろな保護者にお世話になります。親以外に目をかけてくれる人が増えていくと言うのも息子の人生の一部と思うと、じわんとしてしまいます。

 

総じて息子の趣味や特技は父親と被るのです。

特に将棋と野球、日本史の話は父子でしか通じ合いません。

実はその姿こそ、私の心が求めていたものでもあるのです。

子どもが産まれて数年は母の愛情をエネルギーに育ち、たくさんの経験をする学童期を両親で導いたら、思春期は母親よりも父親の役割が強くなります。

私自身は思春期の頃、父親とは口も効かない間柄になってしまいましたが、多分お互い辛かったですね。その後悔もあって、子どもたちはお父さんと良い関係でいてほしいとずっと願っています。

おかげさまで長女はテスト前の数学はお父さんに助けを求めるし、

次女は家の仕事いろいろを父から受け継いでいるし、資金が必要なときは父を先に頼ります。

末娘もお父さんの家業を手伝ってお小遣いをゲットしたり、登山に連れて行ってもらったり。

どんだけお父さん有能やねん、それとどんだけお母さん存在ないねん、と晒してますね。

いいんです、私は私の役割があって、子どもたちの話し相手になれるし、犬の散歩してますから。

 

娘たちとお父さんの関係が良好なのも何よりですし、息子と共通の趣味で楽しそうなのは、まさに憧れの具現化です。

強い思いは実現する。

現実は過去の思いを反映しています。