さて、年末はふりかえりタイムを設けるものでありますが
2025年はどうだったのか。ほぼ1年前とか昔すぎてびっくりしますが
同じように365日ほどを過ごしてきたわけで、
頑張ったこと、続けてきたこと、変わってないこと、手放したこと、それぞれあります。
挑戦という意味では頑張ったことと手放したことが該当するのでしょうか。
捨てる勇気、なんていいますからね。得意ではないけれど時々意識します。
続けてきたこと、変わってないことはもちろん自分の大事な根幹です。
それを踏まえた上での挑戦はどんなことがあったのか、まとめてみました。

- 子どもたちの部活をしっかり支えたこと
- 田んぼの収量が倍近くに増えたこと
- 大阪万博に行くと決めたこと
- 上記の資金集めのために発掘バイト
- インバウンド需要拡大のため発信力強化(継続中)
- 狩猟免許試験
- 自分の資金管理を意識したこと
- 音楽活動を停止したこと
- 地域の人付き合いを減らしていること
- 父の訃報による家族関係見直し
ぎゅっとまとめて10項目
2番は私のというか旦那さんの力がほとんどですが、意識はしたのです。田んぼをずっと気にかけ続けて過ごしたのは今年の大きな変化でした。
とにかく1が大事でした。今年は長女が高2、次女が中3、長男が中1で、吹奏楽部のコンクールはもう最後で、演奏の機会なども一つも聞き逃したくはありません。それ以上に帰りが遅くなることや本番前の緊張を支えることができたらといつも余裕を持つようにしていました。それが私には大事なことだったのです。次女のソフトテニスも昨年度まではほとんど観戦できていなかったのですが、最後に近付くとスケジュールをぐいっと空けて応援し、友だち付き合いの送り迎えもなるべく応えられるように意識していました。
そして長男の野球部が土日の送迎が当たり前で、わりと前々日に担当が決まることも多いです。スポ少あがりなら当たり前の保護者協力かもしれませんが、うちには初めてのことなので、なかなか慣れませんでした。それでもせっかく始めた野球部を諦めずに少しでも楽しんでもらえると嬉しいので、両親で分担して大体の日は私が送迎し、興味深そうな試合の時はどうぞで行ってもらうなどして、宿の仕事にも支障のないようにやりくりしてきました。
この関係で、8や9にある自分の音楽活動や近所付き合いは敢えて減らすことでバランスを保つことができました。
人によってはスケジュールを詰めて、何足も草鞋を履くことに価値がある場合もありますが、私は本来ゴロ猫のような存在なので、無理はしません。
けれど付き合いを減らすのも挑戦ですね。居場所や気配りを絞っていくことは怖くもあります。だから随分考えて、できる人もいるのに私はダメだなぁという感情もいっぱい味わって、その上での子どもたちを優先に支える覚悟があったのです。密かに。
頑張ったことには自分のお金をちゃんと見直して、これからの資産形成を小さく始めることがあります。お金の器を育てるとか目標を決めて働くことを考えるとか
今まで何をしてきたのだ、この中年って感じですが、ずっとふわふわ生きてきたのです。
自分の財産についてあまり責任を持つこともなく生きてきたのです。
母はいまだにそんな感じだと父が亡くなって改めて気付いてびっくりしましたよ。
大事ですね、お金の教育も。現在そんな風潮になっていますが、誰からの影響を受けるかは本当に大事で、さあ親としてこれから何ができるのか真剣に向き合わなくてはいけません。
狩猟免許試験も受けたのでした。いろいろややこしくてまだ猟師の登録はできておらず、どう活動していくかは定められていないのですけどね。知らないままでは過ぎていかなくて、これからの地域を考えるのにどうしても核となることがあるので、先に学びは深めました。
まあそんな感じで2025年は充実していたのではないでしょうか。
家族との時間を以前より大事にするようになりました。
なぜってもういつ手離れてしまうかわからないくらい大きくなったのです。
年末年始を一緒に過ごしてくれるのはいつまでか。家族旅行なんてついてきてくれるのか。
いつまでもそばにいて欲しいけれどいつ巣立つのもその子の自由です。
だから、2025年に揃って万博に行けたのは私にとってはとても幸せな日でした。
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