勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

田舎で子育てする決意を固めた10年前

今週のお題「10年前の自分」

 

今年は流れに乗ってグイっと人生を進めようとしていて、これからのイメージを膨らませている最中です。唐突ですが、まあそんな感じです。

その中で未来、未来、未来をイメージしているのですが、これがなかなか難しい。

40代がイメージする10年後、20年後ですからね。加齢だけで終わらせずに人生の花開きを追加で想像しようとして、厚化粧でもなしスパンコールでもなし、どんな姿になっているのでしょう。姿というか立場というか人生状況こそが肝心なのですが、はて。

 

10年ひとまとまりで振りこにしよう

そんな時に「10年前の自分」というお題です。

10年分ふりこを戻れば10年分勢いで進めるかもしれない。

流れってこういうことですね。

シンプルなふりこの画像が欲しかったけど、子どもの脳トレ玩具みたいなのについキュンとしちゃってこっちで作ってみました。

10年前は、末娘がまだ生まれていなかったときです。

2歳の息子がお兄ちゃんになる前から盛大に赤ちゃん返りをしていて可愛かったです。

上の娘たちはフィリピンのシュタイナー幼稚園に通っていて、これもまた幸せな時間。

よく海に行ったし、ふんだんに果物を食べていたし、南国で寒さ知らずに過ごしていました。

 

過去の点は未来を知っていたのかな

それからこれまでの10年で遭った出来事などはまだ何も起こっていなかったのです。

信じられないけど、過去ってそういう時代なんですね。

私はまだ運転免許もなく(学生時代にとらなかったから)、トランペットも吹いておらず、今いる犬も猫も鶏も亀も飼っていなかったし、田舎暮らしをしてから出会った人のほとんどとは何のつながりもありませんでした。10年前って最近のようでめっちゃ前だったのかな。

どんだけ変わっても自分は自分

それでも10年前、私は豊かな山河に囲まれたここで子育てをすることを決めていました。駐在暮らしが後1年くらいで終わることがわかっていたから、居る間にできるだけのことをした後、日本の田舎でたくましく生きていくことを決めていました。

生き物と触れ合いたくて、豊かな自然を肌感覚で学びたくて、子どもの教育に関心があって、自分の仕事を一から見つけていこうと思っていました。

過去と未来のつながりがわかるのはいつなの

10年前の自分からすれば今は驚きの進歩だけど、

多分描いていた通りなのです。

 

子どもたちを伸び伸び田舎でたくましく育てたかったのです。

自分自身の生きる力もアウトドア時代以上に磨きたかったのです。

お金がどれだけなくなっても家族仲良く生きていけるか試したかったのです。

10年前にそんなことを強く願ったおかげで、貧しくともたくましい今があるのです。

 

さぁ、今から10年後を描こう

子どもが小さな頃はいつも当たり前にそばにいて、一緒に新しい経験をたくさんしたかったです。山や川で遊び、生き物と触れ合い、田畑の恵みを身体で味わい、面白い人とたくさん出会って助け合い、一緒に過ごしながらそれぞれの個性や役割を存分に発揮する、家族という群れを強くしていきたかったのです。

大成功やん。めちゃくちゃ実践してこれました。

外から人に言われてもなかなか実感しなかったこと、自分で振り返ると気付きます。

10年前に強く願って描いていたから、今の私があります。

すごいのは過去の私なのか、それとも。

 

まあでも豊かさと同時に貧しさも切なさも十分経験しましたね。

子育てと生きる力を伸ばすことばかりしてきて、経済力はちっともです。

わちゃわちゃと一緒にいてくれた子どもたちがそれぞれ大きくなってきて、個々にあった道を堂々と歩もうとしています。

同じように育ててきたはずでも全然違う道を進みそうだなぁという当たり前だけど感慨深いことを感じています。10年以上親のわがままに付き合ってくれたので、望むことはどんどん支えてあげたいものです。

だからそれもあって、今度は無謀なくらいの経済成長を願っているのが今の私です。

 

今どれだけのことを描けるかで未来は必ずそうなっていく。

そっちの確信がなくても10年前の自分が強く教えてくれました。

強気で描く未来があるならば

「天職にしっかりハマって、子供たちに残せる財産を築きあげる」を目標に見据えたいです。

こりゃ10年後が楽しみだわ。