勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

田んぼは宝箱

亀成園HPブログからの転載です↓
 
亀成園の田んぼはゲストハウスから歩いて5分弱の道沿いにあります。昨年から近所の方にお借りしている七畝(約7アール)の場所が、安心と挑戦の宝箱です。ただ米が育つ場所というだけでなく、いろんな生き物が集い、過去現在未来様々な人の思いが重なる場所としても、田んぼ程熱い場所はそうそうないと思うのです。知恵の結晶でもありますね。
 
亀成園では畑もそうですが田んぼでも、極力機械も肥料も使わず、持続可能な農業として、自然農というスタイルを目指しています。今日本のほとんどの田んぼはGWあたりに田植えを済ませ、お盆頃に刈り取る大型機械と肥料ありきの農法で稲が育てられています。早くに田植えを済ませるために種もみはハウス栽培です。農業機械が発達し、肥料も一度入れたら何段階にも効く優秀な肥料が作られているおかげで、人がほとんど田んぼに入らなくても米ができるようになりました。水管理や獣害対策は必要なのですが、田んぼ内で長く作業をする人はあまり見かけません。農村に人(特に若い世代)が減り、街へ出た人が実家が持つ田んぼを手伝える時期も大型連休くらいしかない現代の忙しい街暮らしとマッチングしてでも、米作りを継続させていくには、今の農法は極めて合理的なのです。手間暇がかからない農業なら週末農家でも可能です。空いた土地を田んぼのまま残していくにはえっちらおっちら田植えその他をしていては成り立ちません。人口が街に集中して、その人々の口も養うには、田んぼ仕事は一気に済ませるしかないのが現状です。
 
とはいえそれは本当に最近のこと。昔はみんな手植えしていて、6月頃に植えて11月頃に刈る田んぼのスタイルは、60年前までは当たり前だったのです。どこの家も総出で自分たちの米を作り、生きていた。悪く言えば村人は田んぼに縛られていたわけですが、いい面を見ると田んぼでつながり合い助け合い生かされていた。どこの村もどこの人も。
 
これからの食生活や暮らしがどううねっていくのかはっきり見えてはいないのですが、私は自分で植えた米を食べて生きていきたいです。どこに移動できなくなっても買い物できなくなっても(災害、異常気象、感染症、インフレなどものすごく現実味を帯びてきましたね)、へっちゃらに生きていくためには自分たちの田んぼがほしいです。可能ならば増やしていきたいです。大きな機械や高価な肥料なしに自分たちが食べる以上のお米を育てられたらどんなに安心かと直感するのです。というわけで亀成園ではなるべく自然農による米作りに挑むことになっています。「挑む」と表現してしまうのはまだ一筋縄ではいかないからですね。田おこし、種もみおろし、代かき、田植えに草取り、水管理、稲刈り、収穫とものすごく手間のかかる稲作というものを受け継いでいない新規参入者が十分に口を糊するにはそれなりの覚悟がいります。今年も結局トラクターに入ってもらいました。でもきっとできるはずなのです。そしてうまくいったら仲間を増やしていきたい。今いる地域が安心と協力の社会になると信じて、まあとにかく今年の田植えをしました。
 
 
 
 
土曜日の午後と日曜日の午前・午後、仕上げに月曜日午前を使って、大人2人に子供2人、日曜日の午前は追加で大人2人の手伝いもあり、まずまず順調に植えられました。稲が足りなくなって困っていたら余ったからと分けてくれる人がいたり、その前に土地の持ち主さんが代かきをしてくれたり、とても自分たちだけの力ではないですが、それも含めて田んぼへの思い入れが強く強くなります。
 
よく育った稲を一本植え。事前に引いておいた線の上に深すぎず植えていきました。片手に苗の束をもって、腰をかがめてもう片方の手で植えて植えて植えて植えて、大体4筋ずつ。少し進んでまた繰り返し。なにもなかった田んぼが緑の点々で覆われていきました。
 
これから水を張って、草取りをして、様子見様子見しながら稲の成長を待ちます。倒れてしまったところを起こしてやり、ヒエはまめに抜いてやり、たぷたぷにさせすぎずカラカラにせず水を調整し。夏は野菜もよく育つし世話をするものが多いので田んぼを持つことは簡単ではありませんが、ともかくもここにこれだけ植えてあると、未来への安心感があります。
 
 
 
 
 
ニーチェの言葉の一つにこんなものがあります。
「樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう。しかし実際には種なのだ」と。
種もみが無事に育って田植えができました。これから望みに望んで収穫するのも米粒という種です。大地に種を下す。そうすれば未来を生き抜くことができる。農的暮らしとはつまり種を増やして生きていくことです。育つかどうか、精一杯工夫して知恵と経験を重ねていきます。
 
今回の田んぼは天候のこともあり準備のこともあり、こちらの経験不足もありで一般の方の体験にすることができませんでしたが、この次は田んぼと向き合う人をもっと増やしていきたいなと思っています。6月下旬頃、未来の自分が食べるお米を植えてみたい方、アンテナ張っていてくださいね。

三重観光の弱点突破なるか

つくづく三重県が好きな亀成園母です。いつも県内情報をチェックし、応援し、旅の妄想をし、三重の豊かな自然とわりかし深い歴史と素材重視のグルメにキャッキャしながら日々を送っています。三重に惹かれて導かれてよかった。

 

と、思うのは私が自分で三重の魅力を発掘し、心に言葉に残してきたからであって、三重県は全体にPRの弱い地です。三重県といえば、何でどこでどんな、というイメージの打ち出しがしにくい地です。なんとなく伊勢海老かなというのはありますが、三重県民がいつも伊勢海老を食べているわけでなし、松阪牛も高級品です。伊勢神宮は県民の誇りであり毎月参拝を欠かさない人も多いくかなり支えになっておりますが、PRするまでもありません、とみんなが思っています。

 

たこ焼き、お笑い、タイガース(我が父は近鉄ファンでしたが)で身体に芯が通るように仕込まれている大阪に生まれた者として、少し歯がゆかった三重県ですがなんだか頑張っている姿を見せてくれました。

 


見栄サミット 第一話「論破の極み/伊勢志摩」 #三重の観光PR動画

 


見栄サミット 第二話「怒涛の追い上げ/中南勢」 #三重の観光PR動画

 

この後に三本あります。

三重県の五つの地域が競い合う、後半はテンポを取るのが難しくなっているなぁとは感じますが、かなり頑張ったのではないでしょうか。

 

自分の保存用に共有しておきますね。

 

地域の魅力をPRするのに、どこで何がどういいか。風景写真、グルメ、遊び場所、宣伝に使えるものはいろいろありますが、力のあるPRに欠かせないのはやはり切り口です。何をどう見せるか。私も観光業に片足を突っ込んで、当分は抜くことはありません。前進あるのみ。地域の魅力をどう伝えていくか、毎日毎日頭をひねっています。

 

関西とも言えるような言えないような、中部地方とも言えるような言えないような、山であり海であり、温泉もありテーマパークもあり、農工商まんべんなく支え合って歴史を重ねてきた三重県。目下の著名人は吉田沙保里選手ですが、かつては松尾芭蕉本居宣長植木等をがおりました。そういえばはてなの元社長も三重県ゆかりの人物だそうです。亀成園家族はみな三重県生まれではありませんが、身も心も三重県にあります。

 

もっと三重県に吸引力がほしい。頑張ったPR動画の動向に注目です。

児童とジャガイモ

 昨年度から子供たちが通う小学校において、図書ボランティアの他に畑ボランティアとしても活動しています。今年度は更にコミュニティスクールコーディネーターという役割も回ってきて、わらじの数が増えました。切り替え上手ではない私には役割が多いのはしんどい時もありますが、学校を盛り立てていくためにできることがあるのは有難いです。保護者であり地域の人であり本好きな人として、出入りし続けていきます。

 

 さてその畑ボランティアの役割として、学校菜園での野菜作りがあります。水やりや土づくりや草取りなど、児童・教員・ボランティアで協力して行っているおかげで、今年はじゃがいもがたくさん収穫できました。食いしん坊を抱える親にとってジャガイモほど優秀な野菜はなかなかありません。レパートリーを指折り数えてしまいますね。

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今回収穫できたのは、小粒大粒、少し緑になってしまったものいろいろです。品種は男爵とキタアカリでしたが、バタバタの作業だったこともあり、あれよあれよとごちゃませになってしまいましたよ。この収穫に至るまでは梅雨の季節なのでいつ掘れるかやきもきし、猿に先を越されないか冷や冷やしました。ボランティアたちの都合が付く日もそうそうないし、子供たちの空いた時間はいつだろう。先生方と一緒になんとか日にちや時間を調節し、参加できてよかったです。少し前に猿に狙われながらも、予想以上の掘り出し物になりました。こげ茶色の土の中から黄土色のジャガイモが出てくる喜びは、何度目かでもいつも極めて嬉しいものです。子供たちは大きな芋には大歓声、小さな芋にもほっこりし、変な形の芋にも発見の喜びがあり、ずいぶんにぎやかな収穫になりました。

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なにせ児童の少ない恵まれた学校です。掘っても掘っても取り分はあります。てきぱきと仕事はしながらも呑気に掘れる収穫は小規模校ならではだと感心しました。上級生はジャガイモの姿が見えると一年生に掘らせてあげたり、下級生を見守りながら草取りをしたり、下級生が飽きてきたら堀残しがないか探したり、大人顔負けの立派さです。

 

我が家は長女が二年生のときに転校してきてもう四年が過ぎたので、現在六年生です。なので今の上級生は1、2年生のときから知っており、小さいイメージが抜けません。それなのにきちんと上級生になっており、先輩たちに優しく世話を焼いてもらった分、ちゃんと下の学年に世話を返すことができている姿に触れて、また感涙しそうになりました。お兄さんお姉さんも愛しいし、明るく元気な小さな子たちも可愛らしい。小学校がこんなに大切な場所になるとは、なんとも幸せな役回りです。

 

さてゴロゴロ掘ったじゃがいもは、児童の家庭にその日に分けて、給食でも使ってもらい、夏のキャンプ(無事に実施できるのか一抹の不安はありながら)にも残しておきますが、それでも余剰分がありました。この活動は地域と共に取り組んだコミュニティスクールの活動ということもあり、今年から飯高の道の駅にある直売所で販売できることになったのです。既にタマネギは販売しました。

 

今回は5,6年生が中心となって仕訳して、ラベルを作って、スクールバスで10キロほど離れた道の駅へ。関係者用の搬入口から入り、生産者専用の帽子をかぶって、バーコードラベルを出して貼り付けて、売り場へ。

私は同行してはおりませんが、同じところで卵を売っているのでイメージ記述です。あとからちょうと通りかかったので出荷したての商品にお目にかかることができました。

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全部合わせても20袋程度のじゃがいもです。知り合いに伝えるだけであっという間にはけてしまうでしょう。でももっと未知の人にも知ってほしいですね。地域の新聞にも活動が載せてもらえるようです。保護者や教員だけでなく、地域の人や圏外の人、たくさんの人に応援されて育つのが小さな学校の児童です。本分と言われる勉強をこなし、農の活動をし、商まで学ぶ。子供たちの頑張りは根強い力になっていきます。

 

さてこちらもじゃがいもが回ってきたので、ありがたく命にかえなければいけませんね。バター焼きに肉じゃが(肉なしのときもある)、きんぴらに酢の物、じゃがピザやベーコンと一緒にスープにするのなんかが定番ですが、年に三度くらい作るポタージュが次女の大好物です。たまには手をかけて冷やしポタージュ。パセリは畑に残っていたかな。おなかが空いてきました。

 

川魚と親しむ香肌峡

先日のアマゴの稚魚放流に引き続き、鮎の試し釣りを見学する機会がありました。川のそばで暮らしたいと描いたのは、川の音を聞いて川に飛び込んで川の生き物たちに親しみを感じて、とぼんやりだったのですが、漁業協同組合の人たちとご縁があったことから、釣りの楽しみが近くなってきました。ただ川辺でのんびりするといいよ、というよりも川魚美味しいよ、というほうが引力がありますね。そんな思いで亀成園HPに書いた記事を転載します。前記事とほんの一部重複がありますが、合わせて川に誘惑されてほしいです。

 

kamenarien.hatenadiary.com

 

 
 
ゲストハウス亀成園が「香肌峡で泊る、歩く、蘇る」を謳っているのにはわけがあります。地名を入れるには飯高町でもいいし、もっと広く大台山系でもいいのだけれど、「香肌峡」に重きをおいたのは、川のそばで過ごす時間を味わってほしかったからにほかなりません。亀成園の園主と園長が移住先をこの場所に選んだのは、幾多の偶然が重なったからなのですが、きれいな川のそばで暮らしたいとの思いが強くあったのは大きな要因の一つです。三重県松阪市の西部山間地域である飯高町飯南町を流れる櫛田川は、ダムができて以来地元民の評価は低下し、三重県の他地域ににある宮川や銚子川ほど有名な川ではありませんが、いえいえどうして清流なのです。日本中を旅してきた私がここで暮らしたいなと思ったきれいな川なのです。とりわけ上流域は魚が透けて見えるのは当たり前、青いような緑のような美しい色を湛えた川で、日本の誇る川の一つに違いない、そんな思いがあります。香肌峡で過ごして発見して、心がスーッと蘇るような経験をしてほしい。ゲストハウス亀成園が人と川のつなぐ場所になればいいと願っています。
 
人と川がつながれるには、川で泳いだり川で涼んだりももちろんですが、川が育んだ魚を釣って食べるのが一番ダイレクトではないでしょうか。新鮮な川魚を流域でいただく。地元民には珍しいことでもないのですが、きっとこれは贅沢な旅です。
 
櫛田川漁業協同組合の管理下で、毎年アマゴとアユの放流が行われ、香肌峡は釣り人を待っています。
 
 
 
 
アマゴの稚魚を放流した直後の写真です。黒い点々が大きく見える稚魚が大きく育っていくと、赤い斑点の目立つアマゴになります。稚魚放流も漁業協同組合により毎年行われており、そのうちの一回は小学校の児童による環境保全教育として行われます。学校から徒歩で行ける川原で一人一つずつのバケツにたっぷり入った稚魚をゆっくり放ち、きれいな川を守っていくから大きく育ってね、と約束します。
 
アマゴ漁は3月上旬から9月まで解禁されており、釣り人たちに親しまれています。でも知名度が低いためか、他の流域に比べると釣り客はうんと少ないです。レジャーの形が分かれに分かれて、釣り人というのが減っているのかもしれません。押し寄せて川が保全できなくなっても困るのですが、せっかく放流している魚が鵜(ウ)や鷺(サギ)のエサになるだけはなんだか惜しい気がしますね。ちょっとずつ香肌峡で釣りを好む人が増えたらいいのにと願っています。釣りは朝が早く、ほぼ単独行動で、道具は手入れすれば永続的に使えて魚が手に入る、大変健康的な時間の過ごし方です。
 
今週末は鮎漁も解禁です。
 
 
 
解禁に先駆けて、鮎の試し釣り(もちろん、後で傷つけずに放します)を見せてもらいましたが、腹びれが白くぴかぴか光る美しい魚です。きれいな川で、柔らかい苔を好むこの魚は渓流釣りの上級者に好まれますね。おとり鮎を狙いの場所に入れてなわばりの鮎を誘う友釣りは、本当に楽しそうです。私はまだ経験もなくセンスもなさそうでおとり鮎を申し訳なくも無駄にしてしまいそうですが、上級者の見事な釣り道具さばきを眺めるのは気持ちのいいものです。昔の香肌峡は夏前になると川から鮎の香りがしたそうです。スイカのような夏の香り、夏の味。はらわたまでさっぱり食べられる草食の魚は、清流だけの恩恵ですね。
 
 
 
 
 
亀成園の園主も今年は子供たちと一緒に鮎釣りに挑戦です。なのでまだご案内できるレベルではないのですが、素人がやってみるからこそ、その後お伝えできること、伝えたいことが山盛りになりそうです。
 
アマゴでなくても鮎でなくても釣りの喜びは味わえます。大味な小魚であっても、新鮮なうちに素揚げにして塩をふれば、なによりのご馳走です。ゲストハウスに泊って釣りをしてすぐ食べる。夏の旅はそんな豊かな時間を描いてみませんか。

アマゴの稚魚放流

子供たちの通う飯高町の香肌小学校では、毎年川にアマゴの稚魚を児童が放流する体験をさせてもらっています。例年5月に行われるので今年は中止が危ぶまれましたが、なにせ少ない児童です。広い川です。ソーシャルディスタンスをきっちり保って、梅雨入り前に無事行われました。私はその日は毎年外勤があって見に行けなかったのですが、今回初めて田んぼの草取りの合間に見学することができました。先に着いて川原に降りると、まあ美しい風景です。

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アマゴは綺麗な川にしか生息しないので、アマゴが育つ川を守ることは環境保全教育にあたるそうです。それでダム管理者の方も来て、釣具店を展開する川遊びのスタッフも来て、釣り専門チャンネルのカメラマンも来て、アマゴを沢山積んだ漁業協同組合の面々も来て、散らばって児童を待ちました。


一、二年生五人に四年生三人の八人の児童に教員は三名、他に集まった大人は何人になったのか。ぐるりと見守られて、児童は元気よく挨拶をし、話を聞いて、いよいよ放流です。


一人一人の前にアマゴの稚魚が五、六十匹入ったバケツが配られ、川岸に運びます。ヌルッとした小さな魚がウヨウヨ泳ぐのをみて、可愛い可愛いと大喜び。出会って早速放すのは惜しいけれど、大きく育ってね、また会おうね、とメッセージを伝えて放流していきました。

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大きな川に放されたチビたちは、すぐに泳いでいくのもおり、岸近くに固まっているのもいます。一匹でスイスイ行くより何匹が集まっています。ちょうど二年生は国語で『スイミー』の勉強が始まった頃。小さな魚たちの姿を目に焼き付ける活きた学習になりました。この日は本当に川が濁らず澄んでいたので、放したあとも裸眼で稚魚たちを眺めることができました。

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その後の質問タイムではまた盛り上がりました。どのくらいで大きくなるのか、メスとオスの見分け方、どんなところに潜んでいるのかなどなど、知りたいことを次々聞いてくれました。オスは成長するとアゴが出っ張ってくるそうですよ。


このアマゴ稚魚放流は四年生までの体験です。五、六年生は釣り体験をします。漁業協同組合が協力的な学校とはなんと恵まれたことでしょう。

他に先生方の撮られた写真がまた小学校のブログにアップされるはずです。私も待っています。よかったらチェックしてみて下さい。


香肌小学校ホームページはこちら

https://kahada-es.jimdofree.com/


新しい灯

亀成園HPをアップグレードしました。憧れの独自ドメインになりました。

https://www.kamenarien.com/

価値のあるサイトになるよう日々少しずつ動いていかなければいけません。

 

そして初のゲストがお泊りになったので(実は義母とお友達なのですが)ブログ記事を更新しました。以下引用です。

 

「新しい灯
 
ゲストハウス亀成園を開業して初めてのお客様が泊まられました。登山慣れしている女性客で寝袋も食事もご持参だったので、ホストとしては一番手間のかからない有難い客層です。松阪市飯高町の辺りは水が豊富で木の種類も多く、山好きには魅力あるところです。それなのに公共の交通手段が少なく、関西方面からはアクセスしにくく、山小屋のように使える宿がありませんでした。山に行く前夜に身体を休める場所。早朝からの登山に便利な場所。手軽に使える場所になればいいなとの思いがあったので、早速ご利用頂いてなによりでした。体験メニューを選んでじっくり田舎の良さに開眼して頂くのももちろんホストの喜びですが、飯高町で登山や釣りをする人の一助になれたらいいなと描いていたのが一歩踏み出しました。
 
お客様に来て頂けたことはなにより嬉しいですが、もう一つ嬉しかったのが、夜にゲストハウスの建物に灯りがついていたことです。外の道を通ったときに新しく灯りが漏れていました。楽しそうな声と一緒に。

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ゲストハウス亀成園から漏れる灯り
過疎地域ではどの集落でも毎年空き家が出ます。空き家になると当然人が住まなくなるのでその場所はひっそりとして、夜になっても灯りがつきません。週に二回ほど子供や自身の習い事で夜に出かける機会があるのですが、家から灯りが漏れているとなんとなくホッとするのです。飯高町は星好きが大絶賛するほどの暗い場所で、コンビニもないしネオンもなく、外灯も少ないうえに光が弱いので、確かに星空観察にはもってこいなのです。暗さにはメリットもあります。よく眠れますしね。それでも、人の活動時間にどこの家も真っ暗になってしまっていて人けがないことは望んでいないのです。木造住宅から弱い灯がそっと漏れている。それだけでどんなに安心感があることでしょう。
 
亀成園のある集落はここ何年も家が空くことはあっても埋まることはなく、人の暮らしは減っていくばかりでした。でも今回一晩だけとはいえ、集落の建物の一つに新しい灯りがともり、人の気配がありました。亀成園は集落の奥のほうなので、この道を通る人は極僅かで、時々灯りがともっていたからといってすぐに集落が活気づくということにはならないのですが、少しずつでも新しい灯りの一つにはなっていけばいいです。
 
以前私たち家族が大阪で暮らしながら月に何度か今の家に来る暮らし、昨今言われるところのデュアルライフをしていた頃、お隣の方に言われたことがあります。「電気がついてると来てみえるんやと安心する」と。その頃は街から田舎へ訪ねるほうだったので、そんなものかと聞いていただけなのですが、受け入れる立場になるとよくわかります。
 
家に人がいるだけで他の人の安心感になる。結構いいことを実感しました。」
引用終わり。以下ちょっとだけ所感。

 

ゲストハウス営業の際に気を付けなければいけないことの一つに、迷惑行為があります。近隣の住民とのトラブルはなにより避けなければいけないことで、旅先で羽目を外して夜遅くまでわいわい騒ぐのは迷惑行為として注意しておかなければいけません。自戒も込めて。ところが多くの人がまだ起きている時間に灯りが漏れ、少し話声がするのは迷惑どころか安心作用があることに気付きました。やはり、旅人には来てもらわなければいけません。

 

もう一つ気を付けなければいけないかもと思うのは、朝です。田舎では朝早い人が多く、朝一番にチェーンソーの音が響くこともあります。いつもではないですけれどね。早起きはどうにも得意になれない私は越してきてすぐの頃は早朝の機械音は好ましくなかったのですが、今では「あ、また頑張ってるな。元気があっていいこっちゃ」とものすごく前向きに受け入れるようになりました。朝もだいぶ強くなりましたしね。それに亀成園からは毎朝鶏の声が響くし、野鳥も朝は騒がしいので日が昇ってからの音はちっとも迷惑ではなくなりました。とはいえ普段夜の遅い都会の方には好ましくない環境になってしまうのかもしれません。野鳥の声くらいならいいけれど、雄鶏とチェーンソーまで好ましく受け入れてもらえるかは、レビューを待たなければいけないかな。

 今回のゲストはむしろいつもより朝が早いタイプだったのでトラブルもなく無事に気持ちよく送り出すことができましたが、今後様々なゲストを迎えるに当たって、臨機応変に心を配っていきたいなと思います。

 

ご縁があればもうめちゃくちゃに嬉しいですね。

 

弱りゆく生き物と向き合う

先月下旬に新しくやってきたヒヨコたち。寒さから守られてひと月の間は元気に育ってきたのですが、ここにきてたくましさを失う子が出てきています。ヒトの赤ん坊が生後半年を過ぎると免疫力が弱まって病気にかかりやすくなるように、ヒヨコは今が難しい時期のようです。


それでも元気な子は元気いっぱい飛び回る中、弱っていく個体との差は何なのでしょう。鶏舎からまた家屋に移して、暖めて優先的に生き餌を与え、飲み水に酢を混ぜたりしてみましたが、あえなく生命を失わせてしまいました。


かましいほどピヨピヨ鳴いていたのがだんだんか細い声になっていき、静かに静かになってしまうのは、毎年何羽かは経験していても、慣れるものではありません。結構辛いです。本当に可愛かったのに。


更に今年は頑張って面倒をみることにした植物たちも思い通りには育ちません。種が発芽しないのはもう慣れましたが(種が古かった)、せっかく苗まで育ったのに、植え替えに失敗したのか枯らしてしまったり、水をあげてもしおれていったり、なかなかどれもたくましくというわけにはいきません。縁あって興味を持つようになった多肉植物たちも折れたり枯れたりしおれたり。つい先日分けてもらって一生懸命名前を覚えた花の苗も、私の庭にはほとんど根付いてくれませんでした。ああ、みどりの指が欲しい。


みどりのゆび (岩波少年文庫)

みどりのゆび (岩波少年文庫)

面倒見の悪い私はたくましい生き物が好きです。弱肉強食の中で勝手に強者となって勝ち伸びていく生き物が好きです。それは弱い自分の憧れであり、心を奮い立たせるためでもありますが、勝手に育つものが好きだからです。頑張っとるなぁと認めて力をもらえます。叩き落としても叩き落としても増えるハエなどは除外としても、抜いても抜いても生えてくる雑草、摘んでも摘んでもすぐ伸びるハーブ類、茶葉、雑穀、それにたくましい我が子たち。

それに比べて園芸種たちのなんと弱いことか。私が正しい知識と道具(園芸の土)を持ってそのためだけに心身捧げればもしかして応えてくれるのかもしれないけれど、心を配らなければいけないものが増えるともう面倒見切れない。頼むから勝手に育ってくれいっと放っぽり出したくなるのが悪い癖です。面倒見の悪さが災いします。たくましい生き物にはこのくらい放任の方がいいことも多いのに、相性がありますね。でも申し訳ないですね。ごめんなさい。

というわけでこの大好きな陽気な五月なのに、ちょっと落ち込みがちです。育つものもあるし、咲く花もあるし(ドクダミを筆頭に)いいことももちろんあるけれど、ヒヨコと園芸用花がバタバタ弱り切ってしまうのにひどく影響されて、ちょいと弱っております。一回だけ弱音を吐いて、また立ち直りますが、こんなこともありますね。

見えているものでも思い通りにはならない。私はなんと無力なことか。それでも何もできないわけではなく、日々できることはあるのです。きっときっと、あるのです。せめてたくましいドクダミが他の花をこれ以上侵食しないように、せっせと摘んで干すのが今の課題。でも、もう少し、小さな生命を守ることができたらいいのにな。