勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

大人になって得るものは多い

今週のお題「大人になったなと感じるとき」


成人式以来会っていない幼馴染がほとんどという現実に最近気付きました。そして後2年もすれば私もダブル成人式です。任意の集まりだけど、誰か何か仕掛けてくれるのでしょうか。仕掛けられる人になっているのでしょうか。


テーマ投稿「大人になったなと感じるとき」、つまり大人って何ってことですが、結論から言えば、「他者を守るための行動ができているか」が大人の基準だと私は考えています。


・家族を養うためにいろんなことを我慢して働く。多くの大人がこうして頑張っているのが成熟した社会。

・仕事仲間がミスをしてもかばって責任をとる。上司は大人である必要があるので。

・子供ととことん向き合う。非行に走った場合も子供は守るものだと信じて寄り添い続ける。

・困っている人のための駆け込み寺を作る

・地域の人の声を代弁して主張する

・子供を快活に育てる。真面目に育児に向き合って耐えることは大人化に抜群に効きます。


 在り方も仕事もさまざまですし、憧れに足る大人であるか、ややこしい大人であるかは関係なくて、守ることを役割とできる人は年齢を問わず大人であるなと思います。


 私は人よりも犬とか野鳥とか他の生き物を守る気持ちが昔から強いのですが、子供を守り育てる役目を得てからようやく大人になったと感じました。ものすごく沢山の不満があったけれど、自分の親たちもそれなりに大人であったのだと振り返ることができました。


 守り方は本当に様々で、守る対象も違うし、大人同士だからこそぶつかることもあります。けれど精一杯自分が守る者を自分のやり方で守っていくということでしか、人は大人になれないとも言えます。逆に言えば子供は子供である間は守られるべきで、大人に気を遣いはするけれど大人を守る役目はないということでもあります。自分を大切にして、しっかり守られた後に大人になっていけばいいのです。


 大人の皆が白馬の騎士や警察官であるわけではありません。でも大人になりたいと願う時は、どこかにそんな気持ちがあるといいのかもしれません。そして誰か自分を守ってほしいと思い続けないほうがいいです。何もかもたくましくはできないけれど、白馬の騎士を待ち続けるのは幼いお姫さまだけで、大人の女性は守られる時と守る時のバランスをとることができる存在であるとも思っています。


 月日が経つだけではなかなか立派な人にはなれませんが、自分を取り巻く状況と一所懸命向き合っていけば誰もがそれなりに守る者ができ、大人としての役目を果たしていけるようになっていると思います。20歳頃の自分はちっとも大人でなかったと自覚があるのでその頃の成人式が妥当かどうかはわからないですが、親にとっても節目があるのは有難いことです。どの子も成人になるまで子育てが間に合うのか。少し不安がありますが、それまではしっかり守ってやりたいです。

もしかして何もかも失ったとして、求める物は

年始に知り合いの方のおうちが火事になりました。素敵な家族の暮らしがいっぱい詰まっていた木造古民家は何の因果かすっかり燃えてしまいました。隣家に燃え広がることもなく、ご家族には怪我もなく避難できて身体は無事だったのがなによりですが、あまりに大きな出来事です。


今たくさんの方がサポートをして、たくさんの方がお見舞いに訪れて、これからどうされるかはまだわからないけれど、たくさんの想いが重なる時を過ごされています。私もさほど親しい間柄でもなく知り合い程度なのですが、せめて卵だけでもお届けしなければと会いに参じました。たくさんの方が続々と現れて応対も大変でしょうが、力が集まっているのはお人柄あってなので、少しずつでも受け止めて下さると嬉しいです。


住は時間がかかるとして、食や衣に関する物は続々と集まったようです。生活用具類も子供たちの学用品も。小さな頃からの写真も親しい方々が焼増しして集まっているようです。なんてぬくくて太いつながりがあるのかと、やっぱり憧れの人たちです。ご家族の歴史は途切れるわけでなく、組み立て直されていくというのを感じさせてもらえます。単純に「神は乗り越えられる試練しか与えない」などとは言えないし、何故そんな試練がと胸が詰まる想いですが、乗り越えた先にある何かに向けて、また確実に歩んでいかれることは間違いないのでしょう。


支援をと思った時、人によって思いつくサポートはさまざまです。とにかく食べ物を蓄えることを考えることも大事だし、お風呂に重きをおいたり、安らげるものを欲するだろうと思う人もいて、それぞれが自分の思いに従ってそっと差し出すのがなによりのサポートなのでしょう。そして勿論支援金が一番と考える方も多いのでしょう。本当にどれも大切です。だからたくさんの人が支え合わなければならないのでしょう。


そんな中、いわゆる役に立つ人ではない私が一番に届けたいと思ったのは、やっぱり本だったのです。どっしり読み応えのあるものではなく、装丁や中身の美しい本で、見て楽しむ要素が強く、それでも言葉はしっかりと真っ直ぐで、自分が弱っている時にもそっと心に寄り添うような本が、一刻も早く手元にあってほしいと思ったのです。


とはいえ本はかなり好みがあり、邪魔になってしまう可能性もあります。押し付けるのもなぁと腰重くクヨクヨしていたら、図書館の司書さんがこっそり企画をしてくれたのに縁がありました。図書館にある本を選んで、メッセージを付けてお預けすると「図書館貸し」にして届けて下さるというのです。なにかと頼りにされ、人と人をつなげることの多い図書館なのですが、今回もまたすぐに動いて下さるとは、さっすがさっすが拍手喝采でした(一人でですが)。


私が選んでお願いしたのは以下の三冊です。多分これらはきっと自分にもしも何かあったときに必要な本に違いないです。

増補版 富士山にのぼる

増補版 富士山にのぼる

  • 作者:石川直樹
  • 発売日: 2020/05/28
  • メディア: 大型

素直な疑問符―吉野弘詩集 (詩と歩こう)

素直な疑問符―吉野弘詩集 (詩と歩こう)

道のむこう

道のむこう


本は衣食住に必須ではないけれど、暮らしを支えてくれるもの。そっとそばに寄り添ってくれるもの。蔵書をやたらと増やすことはしなくなりましたが、もし自分の暮らしから本が一気に失われてしまったらと思うと、なによりゾッとします。そんなに貴重な本を持っているわけでもないけれど、焼け出される時に惜しくなるのは多分これ

藤城清治の旅する影絵 日本

藤城清治の旅する影絵 日本

生きていると多分これからも想像を絶するいろいろなことがあります。悲喜交々それはもうダイナミックに。恐れより楽しみが多いうちに、大事なものを確かにしておく作業はしておきたい。いつか寄り添ってくれる言葉や風景や人の存在なんかを、寒い空を見上げながら振り返ってみました。



年始はたくさんの抱負から

 2021年度もよろしくお願いいたします。寒波の覚悟に反しての穏やかな年始休み。家族でアナログゲーム三昧で過ごしておりました。子供4人で炬燵机囲んでのドンジャラは何やら将来麻雀につながりそうでドキドキの光景でありましたが、それはそれで4人要る意味が大きいのでアリなのかな。勝負が長引くとなかなか他のゲームに移れないところがこのゲーム一番のよさでありネックでもあり。

ドンジャラ ドラえもん 1000000 (ミリオン)

ドンジャラ ドラえもん 1000000 (ミリオン)

  • 発売日: 2015/10/03
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

「言葉には力がある」と信じている者とすれば、年始にはできるだけ沢山の抱負を掲げることが一番の自分の力となり指針となります。ゲストハウスとしての目標は亀成園HPに厚顔にも掲げておきましたので、ここでは個人的な言葉のフックを。ボクシング技ではなく「引っ掛ける」という意味でのフックです。3割達成できればよいものとして、身の丈の4倍くらい掲げておきたいですね。あまり深く悩まずにポンポン出していくのがいいようです。あれ、っと思う項目こそが今年度の課題になりますね。では図々しくどんどんいきます。

 

・餅つき上手になる

・薪割上手になる

・保存食の「干し」をマメにする

・日々の食を記録する

・ブログ記事を100書く(ということは週2ペースだから今までより随分頑張らないといけないけど)

・学校の読み聞かせを月1欠かさず行う(昨年度は随分適当になってしまいました)

・借りた本は最後まで目を通す

・子供のプリントはすぐ仕分けする

・服をもっと減らして更新する

・三重の山城を10以上尋ねる(飯高に5以上あります)

・人に会えるチャンスを逃さない

・子供の反抗期に動揺しない

・5本くらいは映画を観たい

・花壇を整えて手入れをする

・自分の植えた野菜に責任を持つ(お父ちゃん任せにしがちなので)

・世の中の流れをゆっくりと受け止める

・鳥の声を聴き分ける。姿まではまだ一致しなくても。

・珈琲を飲むときはゆっくり

・酒の二杯目からはゆっくり

・ちょっとした動画編集ができるようになる

 

以上20を挙げてみました。どうってことない日常系も趣味・自然観察系も亀成園の活動につながりそうなこともバラバラにありますが、この辺りをもがいているのが今の自分で、目標として努力することができれば(或いは挫折して興味がなくなれば)、次のステップになるのだと思います。長年なかなか進まないことからわりとできそうなことまで雑多ですが、時々見返して方向を定めていきたいものです。

 

 【追記】

 年始の散歩で橋の上から川を見ると、カワセミが岩に止まっているのを見つけました。しばらく見ていると、川に飛び込んで小魚を狩りました。私のスマホでは小さな写真しか撮れなかったので、お借りして感動を残しておきます。年始からいいことあったので、今年もきっと豊かに笑って過ごせます。一緒に笑っていきたいですね。

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AC写真。三毛猫たまさん の撮影

 

年末所感。スモールビジネス編

大掃除と並行して年末の課題が「一年の振り返り」です。並行せず淡々と掃除すればもっと進むのに、頭をごちゃごちゃと使いながらなのでどちらもなかなか進まない。二兎追う者は一兎も得ずにならずに済んでいるのは、うちによく働く人がいるからですね。有り難さがなによりの総括。

 

時間をどう使うかの選択権が例年以上に自分次第になった2020年でした。私はちょうど家業の亀成園を卵農園からバージョンアップさせてゲストハウスとして、広報&マーケティング担当としてもがこうとしていたので、仕事を進める時間がありました。正直に言えば、仕事を進める時間だけがあったのです。なにせ新規事業は観光業という逆境でしかない巡り合わせだったので、開業後八ヶ月、ずっと鳴かず飛ばずの閑古鳥でしたよ。とはいえゼロからのスタートでマイナスだったわけではありません。無借金の家族経営で挑んだので、自己資金回収にははるか及ばずですが、地味なプラス売上です。夏から秋に少しずつ伸びた手応えもあり、起業元年としては身の丈に合っていたと思います。亀らしくね。

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ゲストハウス亀成園が狙っていた客層は、自然体験を求める都会の親子連れ、ディープな日本の田舎を体験したい外国人、香肌近郊の登山客という大きくバラバラな三層でした。インバウンドが右肩上がりだったこれまでと比べて人の移動がとびきり制限された今年度、都会の親子も外国人もそりゃもうほぼダメでした。でもゼロではなかったのです。そして登山客はかなりの割合で訪れて下さり、見込み違いでなかった手応えがなによりの収穫でした。起業家講座の先生、ありがとうございます。

 

スモールビジネスは人とのつながりが何よりだと思います。大きなコネということではなく、一つ一つの人脈や関係性をどう丁寧に育てていけるかでチャンスをつかんでいけるので、人とのつながりをとにかく大事にすることを肝に銘じていた一年でした。ゲスト以外に対面で会えたのは県内の人ばかりでしが、情報発信や小さなやり取りの向こうにいつも人の顔があることを意識して、つながりの輪を広げて濃くしていくことに注力していました。

 

筆マメではあるけれど、挙動不審で孤独な仙人気取りの私には、コミュニケーショントレーニングは簡単ではなかったです。でも霞食って生きていけるほど小さな胃袋ではなく、更に大きな胃袋がいくつもある家族なので、孤独気取ってる場合じゃありません。一緒に明るく生きていくためにはお母ちゃんが先陣切らなきゃいけませんね。滑稽な緊張と頑張りの甲斐あってか、ゲストハウス亀成園を訪ねてくれた皆様、本当にありがとうございました。くじけそうなタイミングで思いがけず連絡をくれた存在に救われましたよ。

 

起業家としての力はまだ10点です。残酷にも100点満点中のね。なにせ課題が山積みですし、努力も勇気も根性も足りないことが見えています。見えまくっています。立ちはだかる壁は高く、道のりは果てしない。でも、見えているのです。きっとこの道だろうという道が。かつてサイクリングで散々峠道をヒイコラヒイコラ上を見ながら登っていった経験から言うと、見えるところには必ず行ける気がするのです。しんどいけれどキコキコペダルを漕ぎ続けていればそのうち着いているものです。逆に道に迷った時はかなり困ります。行きたい道が見つからない場合はもっと辛いです。だから見えてたら大丈夫。そんな気がしています。サイクリング中も自転車の故障や道の崩壊で撤退を余儀なくされることもありましたが、それはそれで大きな経験でした。とにかく見えている限りは進んでみたいのが呑気な強みです。

 

HPリニューアル、Web掲載場所を増やす、吟味する、体験プランの見直し、コツコツ分析と改善などキリがなさそうに見えて一つ一つのハードルはきっと跳べる。今年開業で前年度との落差がないので落ち込むことが少なくて済みました。時代の波に乗るのは得意な方ではないけれど、ゆっくり変えていくことはできます。先が見えないのはみんな同じなら、見えるものを一つ一つ確実にしかやることはありません。結局は努力と根性で粘り続けていく昭和っぽさが鍵になってきそうです。

 

大好きな香肌地域でスモールビジネスに挑戦して生きる糧を得ていくステージはまだ始まったばかりです。ちょっとずつ壁を壊しては進むことを楽しめる限り、しぶとく進んでいきたいです。今年関わりのあった皆様、本当にありがとうございます。影ながら応援してくれている方々にも限りない感謝を。そしてこれからつながりのできていく方々には呑気な微笑みを。今日は観測史上最大の低気圧だそうで暴風で(流石風の時代、ですかね)、月は見えないので昨日撮っておいた満月に近い月を。「新月の日は目標を立て、満月の日に感謝する」サイクルを取り入れています。最後まで読んでいただいた方に一番の感謝を。今年は投稿記事がだいぶ減ってしまったので、もっと書くのも課題ですよ。今後ともよろしくお願いします。

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2020年12月30日

ズケズケと刺さる歌を聴いて

松阪市内で今年引っ越した友達が家の外で餅つきやら焼き芋やらの感謝祭を行うというので、肉とみかんを携えて遊びに行きました。香肌峡を抜けて少しの場所にまたご縁があったことが楽しいです。石垣左右から迫る細い坂道をするすると登っていったところが素敵な会場でした。砦風の立地に息子が喜びました。

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大きなお鍋がシンボルの感謝祭テーマは「大地の恵みと人のつながり」

身体に優しくて美味しいものを持ち寄って、ご縁に感謝しながらの「いただきます」を求めて近場やちょっと遠くからも何人もが集まりました。


田舎で畑を持って人と支えあいながらつつましく暮らしていると、土の有難さと人の有難さが身に沁みます。ちょうどよい栄養の土と種、ちょうどよい距離間の人の巡りがあれば、もう存分に豊かに生きていけるなと実感するのです。私はまだまだ欲望と野心でいっぱいの若々しさにあえぐことを楽しんでいますが、大地の恵みと人のつながりへの感謝を保ち続けているならば、たぎる欲望と野心はいつでも降ろせる気がしています。先を見据えるために野心は是非とも必要なのですが、豊かに生きるのに必要なのは素直な感謝であることは間違いないです。とりわけ先の見えにくいこの世の中、どれだけ足元を見つめて笑って感謝できるかで次に見えるものが変わってくるのだと思います。

 

誰が集まるかもわからず参加して、知った顔があれば嬉しくてほころんで(私は戌年なのでか尻尾ふりふりです)、知らない方ともなめらかに話が弾み、餅つきをして薪割をしてカレー食べてトークライブを享受しました。ライブをしてくれたのはギターとパーカッションの親子ユニット、「RAMO」さんです。以前大台町のストーブ屋さんで聴いたことがあり、この辺りでもメディアでも有名な方なので知ってはいたのですが、トーク交じりは初めてで、距離も近く一緒の時間を過ごさせてもらえた感が強く、ズサッと心に刺さりました。今は楽器の店は松阪市の宇気郷地区にあるので少し前のですが、「RAMO」さんを紹介した記事がありました。

www.bunka.pref.mie.lg.jp

 

フリートークの中で、自分たちから希望を受け取る人もいれば、絶望を誘発されてしまう人もいると語っておられました。報道の仕方によってはキラキラした部分だけを切り取ったサクセスストーリーを作り上げられてしまい、追い込まれる人もいるのだと。前に出て立ち向かっていき続けているからこそ見なければいけなかった闇がなんと多いのでしょう。望まなかったけれど背負わなければいけなくなった重石を背負いながらも願いはシンプルであることが伝わりました。親への応援歌です。勇気をもってそのままの子供を愛することのかけがえのなさを謳ってくれました。

 

子供を持つ親の多くは子供が先に死ぬのが最大の親不孝だと思っています。ああ、もっと子供たちと一緒に居たかったと悔やみながら、でも子供と一緒に過ごせた人生に感謝して生涯を全うできたらいいなと思っています。けれどいわゆる障害を持つ子の親の場合は子を残して死ねないと責任を負っていることがかなりあります。社会も親が責任を持つことを圧していることがかなりあります。障害に限らず病気や道を踏み外した場合なんかもですが、社会のカチカチの枠組みに入りにくい子がいる場合、親への重圧は半端なくなってしまっているのがいつからなのか容赦ない現実になっています。立派に育っているような子でも「この子は十分立派で親の私なぞいなくともよい」とはなかなか思えないのが親心なのに、「私がなんとなしなくちゃいけないのに私ではもうなんともできない」と追い詰められていくのが止むを得ない道筋なのでしょうか。

 

私にはまだまだちっとも経験も実績も想像力も足りないし、肩代わりする力もありません。わが子に寄り添うのでさえ自信がなくなることしばしばで、「大丈夫、なんとかなる」と自分に言い聞かせ暗示をかけてなんとか船をこいでいます。そんな身なので大きなことは言えないのですが、どんな子もしぶとくしたたかにしなやかに生きることを抱擁する社会がいいなと描きます。私が暮らすところは人間よりも圧倒的に野生動物の多いところです。人間のルールにちっとも従わずに農家やドライバーを悩ませる彼らは、時に失敗もしながらもしぶとくしれっと生きています。人間ほど生きにくそうにはしていないなといつも獣が走り去っていく様子を見ては微笑ましく思うのです。もちろん全ての命が寿命いっぱいを全うできるわけでなく、循環の中で淘汰されていく厳しさがあるのですが、少なくとも精神的に追い詰められてお先真っ暗な親というのは考えにくいです。たとえ罠にかかったとしても子はしれっと逃げるでしょう。

 

 どんな子であっても子供が小さいうちは親の負担は大きいです。単純にお世話をしなければ生活がぐちゃぐちゃになるので、時間をかけて寄り添ってあげなくちゃいけません。けれどある程度育ってくると、親子は補完しあうようになります。かつて世話をし補助して導いた分、足りないところを補ってくれます。ような気がします。「おうた(背負った)子に教えられ」がリアルに実感できると、人生捨てたもんじゃないと思えるのです。

 

親子ソングを聴きながら、初めての場所を探検する子供たちを見守っていると、様々な思いが交錯していきました。後から尾を引いて考察しました。いろいろな巡り合わせがあって、今年も完成間近です。ほとんど三重県にしかいなかったけど、だからこそ繋がれた縁が満載で、実りの大きさを振り返っている時期です。


最近触れた言葉で気に懸かった一節があるので残しておきます。「誰にだって才能が与えられている。その才能を使うのは自分のためではなくて他人のためだ」と。惜しみなく歌と経験を露にしてくれる親子に触発されて、才能を与え合うことができるでしょうか。

軍手2枚の小さな手

ネタを詰め切れない日々が続いています。溜めているはずなのにどうもバタバタしていて取りこぼしてしまって落ち着かない。ここしばらくなんだか「やらなきゃ。やっておかなくちゃ」という意識が強かったのですが、ちょっと肩の力を抜いて書きたいことを書いてみます。

 

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寒くなって朝扉を開けたら車が凍っていることがあるようになりました。夜の間ずっと冷え続けていた車はとても寒くて、しばらくエンジンをかけておかないと温まりません。出発前に早めに気付けば落ち着いて対処できるのに、朝はギリギリ慌てるのが情けないけれど常日頃の話。窓だけ見えるようにして、寒いまま車に乗り込んで、手袋をして運転し始めました。

 

私がよく使っているのは指先が空いていて手の甲だけを守るタイプの動作にあまり支障のない手袋です。でもそれじゃ寒そうだからと昨年娘がプレゼントしてくれたしっかり分厚い手袋とその朝に目があって、分厚い手袋をはめたまま運転してしまいました。温かい幸せを感じたかったのです。ハンドルは握れるしボタンなどの操作もできるけれど、指だけでなく手のひらも分厚く覆われているのでハンドルを握る感触が違ってびっくりしました。運転はできるもののなんだかぎこちなくて危なっかしくて、車通りがわりとある道に出る前に急いで外す羽目になりました。

 

子供からもらった特別温かい手袋だったからか、すぐに思い出したのが以前なにかで読んだ「軍手2枚の話」でした。

 

まだ手を使いだして間もない幼児というのは、自分の手を使って、触れるし押せるし持てるし握れるけど、その手はいつも軍手2枚をはめているような使いごこちなのだとか。3,4歳の子供も持ったコップをすぐ落としたりひっくり返したり、クレヨンを握ったもののぐちゃぐちゃに描いてすぐ投げ出したり、靴がうまくはけなかったり着替えに時間がかかったりして、そういう時は大体親はイラっとします。さっさとやってほしいしきちんとやってほしい。自分にとっては手先を使うのは簡単なことで、子供にだって手があって毎日使っているのだから簡単だと思ってしまう。それで本当に悪気なく子供を急がせてしまうことのなんて多いことか。

 

幼児は軍手を2枚はめて暮らしているようなものと聞いて、実際自分も軍手を重ねて身の回りのことをやってみたことがあります。着替える、食器を出す、コップに水を注ぐ、スカーフを結ぶ、上着のボタンを留める、靴を履く。そうすると目の前の小さな子供よりもうんとぎこちなくて遅くって、もたもたと必死で頑張らなければ作業をこなすことができませんでした。面白そうに、でも優しく私を見守る子供を見て、いつもこんなに頑張っていたのかと自分が恥ずかしく、反省したものです。

 

久しぶりに分厚い手袋をしたまま運転をしてしまうというミスを犯してしまい、また反省なのですが、軍手2枚の子供感覚の記憶が蘇ってきました。上の娘たちはもう私より余程器用に作業をこなし、字もきれいだしお裁縫もできるようになったけれど、末娘はまだ5歳です。もう5歳かという思いのほうが強くてうっかり一人前扱いしてしまい、それが彼女を押し上げることもある反面、追い詰めてしまうこともあるのです。5歳なりに精一杯頑張っていることを忘れてしまい急かしてしまうのはやっぱりこちらの無神経ですね。彼女だって軍手2枚よりはいくらか器用とはいえ、10歳の手先よりはまだうんと不自由で、身体を自分のものにするために練習中なのです。あったか手袋運転をしながら一気にこんなことを思い出し思い起こし、なんだか手先がじーんとしました。

 

育児で必死の時期がずいぶん過ぎてしまい、今はなんとか仕事を自分のものにするのに一所懸命で、子供との接し方に不注意になってしまうことが増えてきてしまいました。元々育児が得意なわけでも好きなわけでもなく、とにかく必死で育児書を読みまくって、時間をかけて試行錯誤して子供と向き合ってきただけなので、すぐにメッキがはがれてしまいます。けれど剥がれ落ちてしまうにはまだ早いし、10年以上も何を学んで何を得てきたのか再確認するために、手に取った本があります。

 

佐々木正美の子育て百科2~入園・入学後、子どもの心はどう成長するか

佐々木正美の子育て百科2~入園・入学後、子どもの心はどう成長するか

  • 作者:佐々木 正美
  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 佐々木正美先生の本は相当数読んでいて、数ある育児書の中でもダントツで響いています。むしろ最初から佐々木正美先生だけ読んでおけばよかったかもしれません。よくぞ繰り返し繰り返し手を変え形を変えて、生きづらい社会の子供たちのために親の指南書を残してくれたものだと感謝でいっぱいです。2017年に亡くなられてしまったので手持ちの書で復習するしかなかったのですが、今年刊行されたこの本を見つけることができて、迷わず開きました。

 

今年一番泣いた本です。

 

この方は本当に子供の育ちをそのまま観察しておられて、子供にはどんなに母性が必要か、どんな子も特別に愛されなければならないということを根気よく伝えておられます。両親と祖父母で子供への態度は違っていいこと、お母さんが父親の役目まで負わなくていいこと、お母さんは自分の命令より先に子供の言うことを受け入れてあげること、育児は一人で行うものではないことなど、とにかく子供がどれほど親や近しい大人の愛情をエネルギーとして育っていくのかが丁寧に大きな視野で書かれています。母に都合のよい本ではなく本当に子供のために親が読む本なので、時に親に厳しいこともあります。けれど親でいることに誇りを持てる名著だと私は思うのです。

 

大きい人である大人は、子供に寛容でなくてはいけません。ニコニコと子供のそばにいて、いつでも望むだけ愛情を与えてあげなくてはいけません。そういう子育ては一人ではできません。ほかの大人と協力して、母を核としながら何重もの愛情を注いであげるとそれだけで子供は人の話を聞いて受け入れ、社会と関われる人に育っていくと。

 

私もほぼワンオペの時期がありました。旦那はんは家族思いの頼りになる人ですが、なにせ仕事が忙しい時期というのはあったのです。そうなると私は誰に頼っていいかもわからず誰にも頼れずキャパオーバーして子供たちを追い詰めていたことが幾度もありました。無様な子育てをしていたものだと申し訳なく思います。もっとやりようがあっただろうに。それでもいつだって「喜ぶときは一緒に」を実行してきたので過ごした時間は長く、目をかけてきたとは思います。そして飯高町に来てからは子供たちは両親やおばあちゃんだけでなく地域の他の大人との接点が多くなりました。学童期の子供は子供の中で育つというのが佐々木正美先生の主張の一つなので、児童の少ない香肌小学校で足りないところもあるかもしれませんが、異年齢の子たちと否応なく関われて、大人にどうしたって特別に関わってもらうという点で、やっぱり子供の育ちに望ましい環境かなと改めて納得し、子供たちを可愛がって下さった、下さっている方々(とりわけ先生方)に改めて深く感謝です。

 

子供が育つことで、親になった自分が学ぶものは計り知れません。時が過ぎると生々しさを忘れてしまうので消えたように見えますが、お互い一緒にいた時間が人生でどれほど濃かったのか、きっと後からびっくりするのです。軍手2枚をはめていた小さな手が軍手1枚なり素手になり、その手から他の人を喜ばせるものを作り出すようになります。ぐちゃぐちゃ描きしていた心のままに、家族が寄り添う絵を描いたり鳥が羽ばたく絵を描いたり節目の手紙を書いたりします。そんな素敵なものもらうほど素敵なことはなんにもしていないのに、巣にいる間は愛情を押し付けてきてくれるのです。

 

まだ小さい子もいるけれど、上の子がわりと育ってきたもので予防線を張っています。そのうちふいに巣立ってしまっても足をひっぱらずに送り出してあげたいと言い聞かせて。そして小さい子の今の時間を見落とすことのないようにしたいと。

 

明日も寒くなりそうです。散歩に行くときは分厚い手袋をして、慌てず子供たちを見送りたいですね。

行政番組のご紹介。オープンスクール

小学校で安全坊やを作った日は、同時に親子山村留学のためのオープンスクール開催の日でもありました。

 

市外からの親子に学校見学に来てもらい、この学校・地域のことをまずは知ってもらう日として、なかなかの好評を頂いたのです。その時の様子が行政番組に収録されており公開中です。

 


松阪市行政情報番組VOL.1406 田舎で子育て~香肌小オープンスクール

 

小学校→亀成園→小学校とうろうろしながらお話して、元気いっぱいの子供たちにのびのびと遊んでもらいました。

 

カメラを向けられているのにそんなに撮られている気もなく普通に食べてしゃべってしていたら、ちゃっかり放映されていましたよ。

 

なかなか成果を収めることのできていない「親子山村留学」の取り組みですが、市内ではこちらが思っている以上に多くの方に注目はされているし、応援してくれている人も多いです。新聞に取り上げてもらい、今回は行政番組取り上げてもらいました。素敵な学校があり、児童の減少に本当に困っており、けれど逆にこの学校を必要としている親子は絶対にいるのです。とにかく認知度を高めていき、どこかで必要な人のもとに届くためにも、まずは話題になってほしいです。だからこういう発信は本当にありがたいです。過疎地域を救いたい、過密な環境から親子を救いたいと思っている人々の想いがどこかで結集する未来を信じたいです。

 

子供と一緒に移住するのなら、子育てしやすい場所を選ぶことができます。何を豊かさとするか、毎日をどう過ごしてほしいのか、自分はどうありたいのか。考え出すとなかなか結論を出すのが難しくループにはまりそうですが、もし引っ掛かって迷っているならとりあえず現地訪問がいいですね。

 

大きな話題になって、好条件の賃貸物件が埋まってしまう前に、学校にご連絡下さいね。

お問い合わせ - 松阪市立香肌小学校

お題「気になる番組」