勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

ランドセルとライフジャケット

いまだアフィリエイト五里霧中で何の成果も出せていない身ですが、もし私がアフィリエイターとしてそこそこの影響力を持つことができたら、何があっても紹介したいと願ってやまない商品があります。

それは、「ダイワホーサンのランドセル」です。

 

我が家には色違いで3つあり、扱いやすく収納しやすく飽きなくて、丈夫で軽くて目立ってと何年経っても感心しきりのランドセルです。

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一番右端の緑のランドセルが新品の時の写真です。真ん中の黄色は三年目、左の赤は4年目ですが、色あせもありませんね。この時から更に2年経っていますが、あまり変わっていません。パーツが壊れていることもなく、端っこがモケモケになったり ベルトが擦り切れていることもありません。頑丈な作りです。

 

収納力のわりに嵩張るランドセルは、だからこそ小学生ならではの持ち物としての価値が高いのかもしれません。けれど中身を抜いても嵩張るのはどうかと永年思っていたのです。そして重たい教科書一式を入れるのに、本体が重いのもいかがなものかと。また小学生が扱うものなのに、高価で汚してはいけない雰囲気があるのが一番疑問でした。

小学生の頃、お下がりのランドセルをぶん投げていた近所の子供の姿がうらやましかったのです。私はお利口さんなので、投げたことはなくて忘れるくらいでした。

 

ダイワホーサンのランドセルは、軽くて汚れにくくて、そして安いのです。

小さなサイズや大きなサイズもあり、成長に合わせて買い替えたとしても、人気のランドセル一つ分より安くて済みます。

 

ブランドランドセルにはブランドランドセルの価値があるのでしょうが、私が求めているのは丈夫で目立ち、その子らしいカラーがあって飽きないデザインのランドセルです。旅行にも使えたら尚いいです。

 

ダイワホーサンはもうこれしかないくらい私好みで、検索して見つけた時の喜びを覚えています。後から知ったのですが、会社は奈良の宇陀市にあるので、2つ目3つ目を買うときは現地まで足を運びました。工場直売でショールームにいつも人がいるわけではないので、事前に連絡して、希望カラー候補をいくつか伝えておきました。その前に色のサンプル生地も送ってもらえます。微妙な色ではなくはっきり目立つ一色なので、その子らしいものを選びたいですね。

 

小学校入学前はリボンのついたもの(ちょっと高価)にも興味を示した下の娘も、6年間使うことを考えて、シンプルなデザインを購入して自分の手で持ち帰ったのが、もう6年近く前になります。9色の記事サンプルは今でも手元にあり、お絵かきの参考にしているようです。

 

なにせ我が家は一度に最大3つのランドセルが必要なので、ダイワホーサン様様でした。末娘はお下がりですが、その時も古びていないというのもポイントが高いです。

 

そしてそのダイワホーサンが数年前からライフジャケットも作られているという話です。子供用となっていますが、S・M・Lの3サイズあり、Lは中高生から大人ということなので、大人の普通サイズなら十分着用できそうです。

www.h-daiwa.co.jp

素材の確かさ、しっかりと身体を覆って熱を逃がさない設計に加えて、子供が1人で着脱することをとことん考えて作られているのは、やっぱりランドセルの会社です。

 

自然体験施設補助金が採択されたらこのライフジャケットをお客様の分もそろえて、亀成園独自の川遊びガイドも磨いていきたいところです。

 

ちょっとお値段がとはなりますが、あまりペラペラなものを購入されるのはおすすめできません。川でもし流された場合、岩にぶつかる危険もあるし、沈みかけてライフジャケットがすっぽり脱げてしまう可能性もあり、身体も冷えてくるので、ある程度の厚みがあり、子供の場合は股紐が付いているものが必須です。

一番お手頃なのでも、この辺りにしておくのが安心です。

かっこよく決めて大きく安心も買うならこのくらい。

 

黒っぽいデザインも多いですが、何かあったときは目立つって大事なことなので、照れずに派手な色を付けておきたいですね。水着選びのついでにライフジャケット。収納を考えるならレンタルがよさそうですが、川遊びを何度も楽しむのなら子供用のは持っておきたいですね。

 

さて今回はアフィリエイトっぽく書いてみました。あまりむかないなぁとつくづく感じますね。目次をつけたり商品の詳細説明を入れたり、消費者ニーズを掘り下げたりすればもう少しなんとかなりそうですが、ゴテゴテになりそうで気が乗りません。

これもビジネスの勉強の一種と思って、時々書いてみたいですが、はてさて。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日も今も風の中なか

 

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

素晴らしい日がありました。

子供たちの小学校行事に少し参加させてもらったので、私が何をしたわけでもないのが恥ずかしいのですが、さわやかな風が吹き抜けた一日でした。

香肌峡の川の中でカヌー体験をし、自分たちが学校園で育てた野菜をふんだんに使ったカレーをお腹いっぱい食べ、キャンプファイヤーと星空観察をするという盛り沢山の午後から夜。私は昼間カヌー体験のサポートをして、夜はキャンプファイヤーから参加したのですが、午後は清流、夜は火と月と星。これぞ豊かな自然環境をめいっぱい享受したのです。清流も星空もいつもあるとはいえ、学校の皆と一緒に、それぞれの役割を果たしながら、手足を動かして、地域の支えをこれでもかと感じながらのこの日は、眩しい記憶になりました。

 

 それが最新の「素晴らしいあの日」の記憶です。

私は普段ほとんど過去を振り返らずに生きていて、人生のターニングポイントも特に意識していません。けれどふと思い出す日はどれも、自然の中にいて風が吹き抜ける日であることに気付きました。

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山の中で風を感じるイメージ

 

 はじめて山頂に立った日は、北海道の礼文岳でした。視界360℃何も見えず真っ白だったけれど、てっぺんの風を感じたのはあの日。確か20歳の夏で一人旅でした。

 仲間と一緒にてっぺんを感じたのは21歳の夏で、槍ヶ岳山頂でした。高山病で息が苦しかったけど、冷たい風の中、登り切らなければ味わえない高揚感がありました。

 屋久島の吹きすさぶ風の中、身体が浮いたのも忘れられないあの日です。

 内モンゴルで馬に乗った時の風も、吹き飛びそうなほどでした。

 フィリピンで火山の島を馬で登って火口を眺めながら感じた風は、温かいけれどなかなかの勢いでした。

 

 どうにも私は風にさらされると記憶がクリアになるようです。

 

 亀成園となる今の家をはじめて見に来たのは冬の寒い日で、山から茶畑に吹き下りる風が、ここで生きていく気持ちを後押ししてくれました。

 香肌イレブンマウンテンで一番印象に残っているのは桧塚。ここでも山の上の風があまりにも気持ちよくって忘れられません。

 初めてカヌーで川に浮かんだ日も、渓谷の風を川の真ん中で感じられるのが嬉しくてたまらなかったです。

 

 温かい海の風も好きだけれど、印象的なのは山の強めの風です。

 吹きすさぶ風の中でめげそうになったことも何度もあって、それはいい思い出ともいえませんが、身体がへとへとでさえなければ、強い風が好きです。

 

 人生の大事な日は、いわゆる節目となる日でもなく、自然の力に圧倒された日。

そんな日が自分を作っているのだと思うと、里山を守る使命が俄然輝いてきます。

 

 強い風が印象的に描かれていたなと思いだしたのが、『あらしのひ』という絵本です。絵と文が別々になっていて、読み流すことができない作りで、言葉をじっくり絵をじっくり味わうことのできる絵本です。 

少年から見たある夏のあらしの日。世界が全部吹き飛んでしまうようなすごい風と雨。牧草地も街も海辺も山も、びゅうびゅうごうごう吹きすさぶ風の中をじっと耐えて、それから。

 

強い風は危険をはらむものですが、吹いた後は晴れ晴れしくなります。風に運ばれていろいろなものがやってきます。変化が起こります。

 

いつも好奇心を持ち続けていたいから、変化を楽しんでいたいから、大風が好きです。大風でなくても風が通った自然の中が好きです。一人で受け止める風と、人々の間を流れてつなぐ風と、どっちも同じくらい大切です。

 

季節で好きなのは秋なのに、山の風や川の風を感じた記憶が強いのはだいたい夏の日。やっぱり夏は素敵な季節。今年も忘れられない日が何日もあるのでしょう。キャンプファイヤーを上書きするようなとびっきりの日があると嬉しいようなちょっと残念なような。記憶は塗り替えられて、子供の日々は忘れられていくけれど、さわやかな楽しさをときどき思い出させる風が吹いてほしいです。

 

 上橋菜穂子さんの著作で「風」が付いているものは以下。たっぷりの切なさを含みながらさわやかさが残る物語は、風の本質をついていて見事です。

 この作品が守り人シリーズの最終に充てられているのも見事です。大きな大きな物語が吹き抜けて、人生を彩っている。そしてまた次の風の中に旅立っていく。絶妙の演出に感謝して、また物語の海にはまっていきそうです。

 

何の話か、あの日の話。読んだり書いたり歩いたりしゃべったり。無駄に過ごしている日もないとは言いませんが(To Do リストが進まない日)、息詰まったらいつも古民家の外に出て、山から川に降りる風を感じます。耳を澄ませて臭いをかぎます。限りなく飾らないそのままの日が積み重なって、時々眩しく輝くのが今の日々。

 

 いろいろ思い出すとどうにも旅に出たくなりました。ゲストを迎える仕事をうんと頑張ってこなすことができたら、また別の大地の風に誘われたいですね。

 

 

夏休み前のご機嫌な懇談

 

シュタイナー幼稚園に通っていた頃、個別懇談は親へのご褒美でした。

日頃先生がどんなに子供を見てくれているのか、子供の作品を見せてもらいながら成長について話してもらう時間は、いろいろ褒められて、親にとってはこそばくも嬉しい時間でした。

それぞれの懇談のために時間をかけて準備をしてもらったことが伝わりました。そして温かい時間を共有できたことは、私の子育て歴史の中でも強運極まりない経験でした。

 

さて、先日は日本の公立校での懇談でした。

自然豊かな松阪市飯高町の小さな学校でも、懇談はとてもていねいに行われます。

中学1年生、小学3年生、小学5年生と一日で3人分なので、どんなことを言われたのか端から忘れていくほど話が進んでいきましたが

結論として、とても幸せな時間になりました。

まあ毎年のことです。懇談は子供の成長を先生目線で認めてもらえる絶好の機会です。

昭和に生まれた身としては、ショッキングなことを聞かされて肩身の狭い思いをし、凹んで帰るというイメージもあるので、毎度ドキドキして来校するのですが、あっさり朗らかな時間に変わって、ホクホクの帰宅になります。

 

まだ子供たちが大きくないこともあって、厳しい進学の話などはなく、主に日頃の様子を聞かせてもらったからかもしれませんが

やはり子供をよく見てくれていて、親にも気付きを与えてもらいました。

どの子ももう学校でのことはあまり話さなくなってきたので、ほんとに大丈夫かなと心配していたのですが、

親が満足できる懇談を与えてくれる先生たちはほんとにすごいなと思っています。

 

10年前にシュタイナー教育を学んでいる時にハッとして、ずっと心に留めていることがあります。

「子供にとって最高に安心して育っていける環境は、親が先生を信頼していること」

かぎかっこ内のまま書かれていたわけではないのですが、内容はこんなかんじです。

昼間の長い時間を共に過ごし、社会生活を導いてくれる先生と、家に帰って時間を過ごし、足りないものを補ってくれる親との間に、温かい信頼関係があることが、どんな教育内容よりも子供のためになるそうです。

私は子供の頃にそれを望んでいたのになかなか叶わなかった経緯もあり、自分が親になってその記述を見たときは涙が出ました。まだ幼稚園も入っていなかった頃ですが、この先子供の担当となってくれる先生方には多少の疑問はあっても最大の敬意を払って接していこう、と心に誓ったのです。妙な先生だったらどうしようとの不安もありましたが、いままでのところ良い関係が築けていることに感謝しています。

 受け持ちの先生が変わった時や新しく赴任された先生にお会いするときは、いち早くご挨拶し、どんな方なのかなと興味を持って前向きに受け止めるようにしています。

なので4月5月はまだ慣れずに緊張感が続きますが、子供の気持ちがほぐれてくるころには私も精神的に伴走できるようになっていて、共に学校を楽しむようになります。

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基本的に学校は楽しくあってほしい

 

というわけで、また先生に恵まれ共に成長を見守っておりますが

心配なのは、これからの子供たちの反抗期です。

まだ傾向が見られないのはいいのか不健全なのか。

無理をさせていないだろうか、私が押し込めていないだろうか、もう少し黙っておこうか、そんなことで心配をかけてはまたいけないだろうか。

 

いつまで経っても親心を持て余します。

なにせ、自分の日々の成長よりも子供たちの成長の方がずっと速いので

子供との関わり方はダイナミックに変化していき、こちらの頭と心が追い付くのにタイムラグがあります。

今までもたくさんたくさん失敗を繰り返してきましたし、これからもそうでしょう。

 

だからこそ、信頼できる先生に、家でとはちょっと違う子供の様子を聞かせてもらうのは最高に安心することで、親が安心していたら子供も気が楽ですね。

 

コミュニティスクールやボランティアで学校と関わる機会が多いので、児童・生徒や先生方にも「また来とる」と思われているのでしょう。昭和を引きずっていた頃なら鬱陶しい保護者で、平成真っただ中だったらほぼモンペだったかもしれません。いまのところ文句は言った記憶はございませんが、子供が辛い思いをしていたらいつだって噛みつく覚悟(或いは本能)があることがにじみ出ているってこともあるのでしょうから。

 けれども今のところ、飯高の子供たちも先生方もいつも温かく迎えてくれるので、そう怖がられても鬱陶しがられてもいないのでしょう。私のイメージよりうんと澄んでいるのがここでの暮らし、人々のつきあいです。いまのところはまだまっすぐ育つ子供たちを一緒に見守れている気がして、嬉しいものです。

 

 さて懇談が終わればもう夏休みです。ゲストハウスを運営しながら子供たちの時間がそれなりに濃厚である夏は可能なのでしょうか。思いつめても仕方ありませんが、夏休みを期待いっぱいで迎えるのは、楽しい人生でありますね。

 

 

 

今生きていくのにいくら必要なのか

今週のお題「100万円あったら」

4週間前のお題でした。かなり期間を逃してしまいましたが、ずっと引っかかってクルクルと考えていました。100万円あったら何がしたいとかは面白いことが出てこなかったですが、今お金について思っていることエトセトラ。

 

ちなみに東京圏から三重県に移住されたら100万円支給されるそうですよ。どやどや。

https://www.ijyu.pref.mie.lg.jp/html/detail.php?no=20210609110326

 

 私の小さい頃の家は、どうもお金の出入りが結構激しくて、お金って一体あるのかないのかよくわからなかったのです。ないこともなかったのだろうけれど、あっても浪費にいっておりました。建設的な成長に投資されている感じがなく、何のためにストレス溜めながら稼いでいるのかがよくわからなかったのが印象的でした。わぁ、聡い子供ですね。皆が皆そんなわけでもないのでしょうが、見栄を張って人と比べるために収入を上げるなら、貧しくても真っ直ぐにストレスなく生きたいなと本気で願っていました。ちょっと嫌な子ですが、これは今振り返って思うことなので小さな頃の私はなんとなくモヤモヤを抱えているだけの可愛い子であったと擁護しておきます。

 とはいえ自分が親になったら「人並みに稼いで子供に苦労させたくない」よりも「子供たちが小さいうちは裕福であるよりも明るく貧乏でいたい」と漠然と願ってしまいました。裕福な楽しみ方を考えるより、貧しいからこその楽しみ方を工夫したいというのはあながちひねくれた欲求でもありません。稼ぐことに疲弊して、ストレス抱えて逃げるように楽しむのではなく、苦労は子供と共に乗り越えたいと思ったのです。それが脱サラ移住を後押ししてくれた願望の一つでもあります。まあ、私が骨身削って稼いでいたのではないので大きなことは言えないのですが。

 

 かつて一億総中流を目指していた時代は、子供に肩身の狭い思いをさせないように必死で金を稼ぐことが個人を超えて、社会全体のがんばりになったのです。ただしそこから進んで「何でも金で解決」という考えが出てくるようになったらその時点で、金を子育てに持ち込むべきではないとの疑問が離れなかったのです。親の経済力が子供の学力につながるとの分析もありますが(東大生の親は経済力が高いというやつですね)、それに振り回されて動く経済はなんだかイビツに見えます。お金を投資するという考えに基づいての教育費なのでしょうが、画一的な投資ってうまく回るのでしょうか。

 

 ともかくも、私の考えとしてはやたら滅多に買い与えるのが親の務めではありません。渋る子供のケツ叩いて少しでもいい学校に行かせるのが愛情でもありません。どちらも無意味でもなく金銭をかけてもらうことで親の愛情を感じることがあるのも事実です。ケチりまくった挙句に私は価値がない子なんだと思い込ませてしまっては可哀想です。

子供にかける時間を補うのにもお金は便利なツールであるし、自立するときの力になるために積み立てはしておいてやりたいとは思います。

 

けれども、お金は回るもの。

世の中そりゃ公平ではなくって、貧富の差は広がりばかりで、浮き沈みもします。お金はお金が好きというのは、水は低いところに流れるようなものでしょうか。集まるときは多分一気に集まるし、流れがないとちっとも溜まりません。水脈を探すのと金脈にたどり着くのはかなり似通っていそうです。

 

そしてお金の価値は人によって、社会によっても違います。百万円を一瞬で飛ばす人もいれば、1年間持ち堪える人もいます。どちらの人生を望むのでしょう。そしてお金は何のために誰のために使うのでしょう。

 

子供たちを見ていると、相当低レベルではあるのですが、気前の良い子とケチ臭い子がおります。執着せずにお金を回せる子としがみついて価値を下げる子。その差はどこからくるのかまだよくわからないのですが、他人を喜ばせるためにお金を使える子には、託したくなります。溜めるだけで人に使わせようとする子には、あまり渡したくはありません。

 

浪費を反面教師にしてきた私はシブチンよりです。もっと気前よくなりたいという思いもありながら、まだ恐れがあります。自分に回ってくる自信を育てられていません。価値を信じなければいけないなとようやく軌道修正しているところ。自分にはいくらくらいが相応しいのか、百万円は私にとってどのくらいの価値なのか、そろそろイメージを固めていこうかな。

 

今の時代、実はそんなに大きく稼がなくても幸せに生きていけます。

田舎で自給暮らしをしていると、家賃や食費は浮きまくりです。ガソリン代は地味にのしかかりますが、街で散財もせず自然豊かな地域で外遊びして、そうでないときは家で読書なりネットなりで気持ちよく過ごしていたら、あれ、今日もお財布開けていないなんてことはザラにあります。

 

それでも自信もって子育てをしていくのにはお金がかかるのも事実。

仕事をふくらませて、十分お金が回る仕組みを今のうちに作っておきたいのが本音。ギリギリラインの計算と壮大な計算との間のギリギリよりでもがいています。

 

100万円あったら、すべて経費に充ててしまいそうです。みみっちいのか欲望がなくて満たされているのか。いつも十分すぎるほど頑張っているお父さんと上の子たちをねぎらうことができたらいいな。

 

それともやっぱり自己投資かな。学んでみたいことはまだまだあって、使える時間との調整を付ける能力がほしいですね。

 

 

穏やかに向き合う、命の話

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亀成園では「にわとりふれあい体験」や「パーマカルチャーの畑体験」といったいかにもハードルの低い明るい農家体験の他に、「鶏解体体験」「鹿の脚解体体験」「罠猟師体験」というなんだか重たい体験も通年のメニューとしてご用意してあります。卵と野菜だけでなく、肉が手に入るからこその自給暮らしであり、廃鶏は絞める必要があるし、罠にかかった鹿は必ず脚がついていて、脚一本なら冷凍保存しておけるので、3日以上前にご予約いただいたご要望のお客様に体験してもらえるようになっています。

 

体験メニュー| 亀成園(ゲストハウス・農家体験)

 

鶏にふれあうためにだけ、畑体験をするためにだけわざわざ亀成園を訪れる方はそう多くないです。体験される方のほとんどは宿泊ゲストで、子供の生き物体験や食育の一貫として選んでくださいます。卵を買うために訪れて下さったお客様が鶏小屋を軽く見学されることや松阪市のイベントとして子供向けににわとり抱っこ企画のときは、ふれあいがメインで好評でしたが、それも三重県内、もっと近郊の場合です。県外からそのために来られたお客様はまだいらっしゃいません。

 

けれど鶏解体体験のために、県外からわざわざお越し下さる方はいらっしゃるのです。

とにかく目の前の一羽を絞める体験をしてみたい、というよりも自分の人生の中でそうする必要があるのではと感じられ、亀成園を見つけて縁をつかんでくださる方がいることは、本当に有難いことです。

 

フィリピンで暮らしていた頃は、ナチュラル志向で知られた農園ではわりと気軽に鶏解体の機会はあったし、アジア圏や南半球ではハードル高くなく行われていることと思います。北半球の肉食文明圏では現在はと殺や解体は日常ではないでしょうが、昔は村総出で行うようなことでした。日本でも昭和初期くらいまでは、家畜をつぶすことはわりとどこででも行われていたようです。でも急速に農村社会を脱して経済成長してきた現在日本では、ふれあえる養鶏場や解体機会は稀です。なかなか公開で行っているところもありません。これから増えてくる可能性はもちろんありますが、現時点ではまだ。

 

だからそんな状況の中にあって、なにをきっかけなのかは様々ながら、湧き上がる気持ちで「命を決断する」ことを本気で思い立った人が、亀成園を訪れてくれるのはお互いにとって幸運なことなのでしょう。

 

さて、先日「自給暮らし」をキーワードに鶏解体体験をしていただく機会がありました。田舎で暮らして畑で野菜は作っていて、もう少し踏み込んだ自給がしたい。もう少し自給率を上げていきたい。そうなると考えられる一つが鶏を飼って、卵をいただくことだが、飼育してペットにしない以上、最後まで覚悟を決めておく必要があると考えておられました。つまり絞めるところまで覚悟しておかないと、飼うことはできないと。

 

多くの方が興味本位で動物を飼育し、成長したら持て余して山に放して自然に帰した気になる中、なんと立派なシナリオでしょう。ヒヨコを飼って、大きくなった雄鶏を引き取ってほしい、殺さず飼ってほしいとおっしゃる方がたまにいます。命を奪わないでと言いながら自分は責任を持たないでのうのうとしようとする姿には、私はマジでカチンときます。輸入動物を山に捨てて自然に帰した自己満足で、実は生態系を壊す人と同じくらい、想像力の欠如に腹が立ちます。他人を否定しないと決めているのですが、時々逆鱗がありますの。

 

比べるまでもありませんが、そうではなくて亀成園を訪れてくれた方は、自分のところにくる命を最後まで描いておられました。体験を通して決意を深めてから次に進もうとされる方もいるのですね。皆がそうである必要もなく、なんとなく飼ってから後で悩むのでもいいのですが、世の中捨てたもんじゃないなというストーリーはいつだって明るいです。

 

突然無関係のバナーを入れてみました。ちょっと気になっているサービス。

 

さて、そんなこんなで鶏解体体験を一緒にしました。

3日前から絶食させておいた鶏は、もうかれこれ一か月以上卵を産まなくなっていた雌鶏なので、ちょうど潮時だったのです。それでも抱っこで登場した彼女は毛艶もいいし、柔らかくて温かい命でした。長い事亀成園で暮らして、卵を提供してきてくれた雌鶏に対して、私も園主も無情ではありません。同じく命を絶つにしても、侵入者の獣より、狩りの獲物より、もちろん家の中の厄介な虫たちより、余程精神的ダメージは大きいです。それでももう絞めると決めていると、力を込めて抱っこして、手を合わせて、作業に入ることができます。

 

サクサクっと解体しようとしている私たちに一旦ストップをかけてくれたのはお客さまでした。本当に、もう、絞めるんですか、という感じで。そうでした。心の準備には時間がかかります。大きな決断に気持ちがグラグラします。そのために訪れたとはいえ、確かにそうあっさりとはできるものでもありません。私たちも無理強いはしないので、そばで見ていてもらってもよいのですが、それなら前に進めない。頑張ってやってみなければというところまで、静かに待たせてもらいました。

 

もしかしてそれでもあっさりだったかもしれません。命を経つのにはそんなに時間はかからなくて、その後の作業をこなすことに時間がかかるので、進めてしまいがちだったかもしれません。丁寧に丁寧に向き合ってもらった鶏はいい最期だなと思いながらも、淡々と作業を行うのです。

 

深刻になり過ぎず、無駄口を入れてのスタイルは、人によっては受け入れ難いのかもしれません。けれど生き物の多い里山で暮らし、命の巡りを日々感じていると、一つ一つにそこまで心乱れず静かに受け止めることができます。もちろん精神的ダメージはあって、一日にこなせる数は少ないですが、病気で失ったり外敵にやられてしまったりよりは余程穏やかでいられます。本人たち(鶏)がどう感じているかは知りたくない気もしますが、ありがたく頂く命とじっくり、でもわりとあっさり向き合うことは、年々必要なことになってきました。

 

ほろりと涙を流しながらも感謝いっぱいに淡々とこなす解体体験。今年はまだ15羽以上絞めなくてはいけません。できるけれど、正直すり減ります。永く飼ってきたものは特に。けれどこなすことは決まっているので、体験を共有できたら有難いなと思います。目を背けられるかもしれませんが、もしかしたら人々が取り戻す必要があるのかもしれない機会を、さらりと提供できる役割があることを、ちょっと誇らしく思っています。

 

 今回のではなく園主自己紹介に使っている古い写真です。

命と共にある暮らし。

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移住したい人に必要な情報は「脱サラしたこと」ではないと思う

 自給自足を大方実践し、田舎で農家体験のできるゲストハウスを営み、移住促進事業に際してなんだか出番の多い亀成園は、時々ですが取材を受けることがあります。

新聞記者さんや雑誌記者さんなどメディアの方が、ご自身の目線で紹介してくださるのはとてもありがたく、どんな風に見られているのかの興味もあり、時間をとって話をする機会を設けます。亀成園家族が精一杯試行錯誤して、体当たりして豊かさを享受する今の暮らしについて、心を込めてお話し、伝わったかなと希望を抱いて話を終えるまではいいのです。後日出てきた原稿に辟易することがもう何度目か。

 

 原稿書くのをお任せしていますし、話が下手だったかもしれないので、あまり文句も言えないのですが、流石に何度目かでちょっと腹立ったので珍しく愚痴りそうです。何も誰も批判はしないと決めているのに、グラグラ。とはいえただ「わかってもらえないよー。いい加減にしてよー」とわめいてもどうにもならないので、私がどんなことを伝えたいのになぜ伝わらないのか、どうしてすれ違いが起こってしまうのかを、自分なりに必死で考えてまとめてみます。

 そうすることで次に話をするときはすれ違いが少なくて済むはずです。

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 何に立腹するかと言えば、話をして何日か後にまとめてもらった原稿での話の中心が、

里山で必死に暮らしを模索し、豊かな未来を残そうとの希望をつなぐ亀成園のこと」ではなくて

「大手企業から脱サラして農業に挑戦し、家族との時間を大事に第二の人生を過ごす、憧れの自給暮らしを手に入れた男の話」になっているからです。

・脱サラ

・独学で農業

・自由な時間

こうしたものを謳歌する男に憧れるサラリーマン男性はやはり多いのだろうと思います。特に人口の多い中高年男性で働く意味が少し揺れている人には魅力的なのでしょう。こちらを取材するのは自身が時間に追われる記者などメディアの男性です。どんなスケジュールで暮らしているのか、前職は何をしていたのかなどを聞き、自分の興味のままに記事がまとまるとどうしても、「元企業戦士が自給暮らしに挑戦!」といったストーリーが好ましくなって書いてしまうのでしょう。

 

だがしかし

記事に触れてほしいのは誰なのでしょう。

 

記者さんと同じ立場の「脱サラに憧れるけれど自給暮らしするのもなぁと、社会的立場も家庭での立ち位置も気にしながら、そう悪くない現職を一所懸命こなすおじさん」ではないはずです。新聞ならまあそういう読者層が一般なので、それでもいいのかもしれませんが、移住促進を目的としたメディアで、「こんな前職についていた人が田舎にいますよ」をPRしても、ちっとも響かないと私は思います。

 その前職が余程面白い職(落語家や宇宙飛行士、棋士や騎手、タカラジェンヌなどそうそう出会わない仕事を経験してきた人たち)であれば、その人自身に俄然興味が湧きますが、上場企業に勤めていたと言われてそんなに興味が湧くでしょうか。私の信条の一つは「仕事に貴賎なし」でありますし、上場企業ももちろん大切な仕事でそこで一所懸命に働く人の話は大きな価値があると思います。今そこで真剣に働いているならその話はおおいに盛り立てるべきだと思います。マジに仕事に取り組む人の話はいつだって聞きたいです。

 

だがしかし

今、全然違うことをやって必死で生きているなら、前職の話って価値あるのでしょうか。今何を思ってどんなことをしているのかに重点を置かねば無意味ではないでしょうか。移住前がどうあったにせよ、人生を動かそうとしたのはなぜなのか。価値観の大変換があったから暮らしの大変換につながったのです。肩書にしがみつかないから自由を手に入れたのに、いつまでその色眼鏡に縁どられてしまうのでしょうか。

書き手と読み手の立場や思いが一緒ならそれで「そんな暮らしもいいよなぁ。でもなかなか難しいよなぁ」で終わっていいのかもしれません。けれど取材されたこっちにはちっともよくありません。移住促進につながると思って話題に出してもらっているのに、よくある脱サラ農家ストーリーに当てはめられただけで結局誰も何も動かないのでは、何のために時間をとって話をしたのか意味がわかりません。腹も立つというものです。

家族で田舎暮らしのキーになるのはお父さんよりお母さんの声なので、母目線に響くように作ってくださいと釘を刺しておいたのにも関わらず、男性記者好みのストーリーに仕立てられていたので余計に腹が立つのです。

 

読み手が本気で移住に興味のある人ならば、知りたいのはきっとこんなことです。

・移住した大きな動機

・決め手となったこと

・移住前と移住後のギャップ

・今の暮らしに対する本音

・未来への展望

 

こんな話をしたほうが余程参考になるのではと常々思うのです。

そして上記にたいする短い答えは以下です。

→子供が伸び伸び育つ環境のために

→土地と住居との出会いがあったから

→生計を立てるのは並大抵ではないが、工夫次第

→家族で共に苦労をし、日々発見や学びに満ちた暮らしは楽しくて仕方がない

→ここでずっと生きていくのにはもっと仲間がほしい

 

これらに興味を持ってくれた方に情報が届いて、未来の仲間につながっていく一助となるのなら、時間も精神力も奪われる取材だって受けようではないかと思います。

 

そうでなく、「脱サラして自給暮らしとか憧れるよねー」で終わる話なら、金輪際お断りしたいです。時間を奪われるだけなのは、もう許さなくていいなと思います。

 

こんなすれ違いがどうして起こってしまうかの考察がなかなか進みませんでした。立場の違いや考え方の違いが大きいのなら、メッセージは伝わらないのでしょうか。メディアを担う多くの人が本気で移住促進を考えていないのに、移住促進メッセージを出しても無意味なのでしょうか。そうではないはず、どこかでつながるはず、伝わるはず、そう信じてメッセージを磨いていきたいものです。

 

田舎暮らししたい方、いつまでも悩んでいる時間はありませんよ。

でもまずは一度でも足を運んでみることです。亀成園じゃなくても全然かまわないので、農家体験民宿に行くとか移住支援の窓口を訪ねるとか、お金を払ってでも移住した人の話を聞くとか、行動してみなくちゃ動きません。

 

さて、この話はどこにつながっていくのでしょうか。頭を冷やして柔らかく毅然と対応しなくちゃいけませんね。愚痴が多くなり申し訳ありませんでした。もっと伝わりやすくて使いやすいイメージをまた練り直していきたいです。

 

ああ、カッカとしてしまった。次に進むために必要なことだと思いたいものですが、落ち着いたら自己ケアが必要ですね。

 

 

 

子供が育つのにふさわしい自然体験ってどんなものか

今週のお題「住みたい場所」

 

都会の郊外で育った私は、住まいに関して、育った社会について特に不満があったわけではありません。駅から10分弱、図書館も近く公園も近く、小学校は2クラスで中学校も5クラスで習い事もいろいろやっていました。庭もあったし恵まれていたほうだとも思うのですが、小さな頃からいつも「もっと田舎で暮らしたい。山がすぐ近くで川のそばで生き物が多様にいるところで暮らしたい」と思っていました。今ふりかえればなので、ずっとそう訴えていたわけではありませんが、現在移住してきた場所を迷うこともなく自分の住処に決めたのは、どこかで描いていたからに違いありません。

 

・川というか清流に近いところ

・山に囲まれた谷の集落

・畑と田んぼと茶畑がある

 

これを最大の最低条件として、子育てにふさわしい場所を描いていたのです。

 

ちゃんと見つかってそこで子供たちが育っているのだから、思いの強さは形になるのだと嬉しくなりますね。

 

夏の田舎は特に憧れでした。川でスイカを冷やすこと、大きなカブトムシやオニヤンマを捕まえること、渓流釣りに田んぼ仕事など、焦がれるようにやってみたかったことがいつの間にか身近になるとは人生は楽しいです。

 

飯高町は思っていた以上に歴史があり、なにより小学校が最高です。

本当に児童減少が著しくて、あと何年持ちこたえるのか不安になろうと思えばどれだけでも不安になれる現状ですが、残るイメージを描いています。

 

なにせこの学校では、豊かな自然体験が確かにあるのです。

普段の環境も恵まれており、児童と先生や地域の方との関係もよく、給食もおいしくて、体験内容のレベルも高いのです。

 

そんなこんなは小学校のHPで掲載されていますが、児童に人気の高い活動であるアマゴの稚魚放流とアマゴ釣り体験が、YouTubeに上がっているのでリンクしておきます。

 

14分の番組で、前半が低学年、後半が高学年です。

メディア掲載不可の子以外、どんどんインタビューにも答えて、礼儀正しさや素朴な可愛さが伝わります。

 


www.youtube.com

 

低学年の頃に自分たちが放流させてもらったアマゴを、高学年になったら釣って、学校全員分の下処理をして、みなで食べることまで体験できます。自分のためだけでなく、学校皆の分を釣ろうと自分から思う子供たちなのです。助け合いの伝統が受け継がれている稀な学校で、いつもきびきびと人の役に立つ児童が現実におります。

櫛田川に残る漁業協同組合のおかげで、児童は毎年アマゴの食味体験もさせてもらっており、食の細い子も丸一匹食べて、おかわりを求めるようになりました。みんなでいっぱいアマゴ食べたなぁってことは、ずっと残る体験ですね。

 

自分の子供たちが育つ様子だけでなく、児童全部を見守り、愛おしむことができるとは、移住前は夢にも思いませんでした。そして自分もまた地域の大人たちに可愛がってもらっているなと感じられるのが暮らしていて安心感があります。

 

 ただ自然豊かなところにいても、何をしていいのかわからないことがあります。もちろん伸び伸びはするのですが、直に退屈するのが目に見えています。その点、人に恵まれた地域で暮らして、社会に溶け込んでいくことができたら、周りの人に沢山の事を教わって、感激しながら体験を重ねて育っていくことができます。この地域もいつまで知恵と体験を持つ人たちが残っていてくれるのかわからないところもありますが、今はまだ私たちも学べるし、学校と地域が連携していて豊富な体験を提供してくれています。

 

 子育てが一段落してからではもう遅いかもしれません。学ぶべき人がいなくなってしまっているということもありえます。過疎高齢化は急速に進んでいて、少子化も待ったなしで、そのうち中高年だけがぽつりと半ばゴーストタウンに取り残されるという未来もあります。目をそらしていいことといけないことがありますね。

 

 私は子供たちと一緒に谷に笑い声を響かせて、自然豊かな環境で子孫繁栄を願っているので、地域が丸ごと残ってほしいです。危機を乗り越えて、住みたい場所をよりよい場所にしていきたいです。そのためのキーワードが恵まれた小学校であり、美しい川であり、温かい交流だと思うのです。

 

小学校のHPリンクを載せておきます。

「親子山村留学」に飛び込む人を待ち望んで。未来の仲間に届く声がありますように。

 

香肌小学校のHPへようこそ - 松阪市立香肌小学校

 

一年前に書いた詳しいアマゴ放流の記事はこちら。

こんな体験をしたい子供たちはもっとたくさんいるのです。独り占めにする気はいつだってなかったです。田舎で子育て、最高ですよ。 

kamenarien.hatenadiary.com