勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

子育ては田舎がいいのはいつまでか

親子の黄金時代は園児から小学生の頃

そう思い、田舎で子育てを目的に移住してもうすぐ10年です。

7歳の子は17歳になり、一番下の当時0歳がもう10歳です。

本当にキラキラした遊びを通しての成長を実感させてくれたし

それぞれに生きる力をたくましく身につけた子たちを尊敬しています。

 

田舎で暮らすのは確かに楽なことではないです。

虫が多い。買い物がままならない。お風呂がワンタッチでは沸かない。

草刈りがめちゃくちゃ大変。近所付き合いが良い面も微妙な面もある。

よくわからない噂が飛び交う。ガソリン代がのしかかる。

 

けれどもちろんとてもいい面もさまざまあって

人目を気にし過ぎずにのびのび遊ばせることができる。

旬のものが手に入りやすく、お裾分けの付き合いができる。

裏山探検、渓流釣り、里山の生き物探しなどはその辺でできる。

鶏の飼育ができるし、田畑もどこまでもチャレンジできる。

狩猟をすれば肉も自給でき、食料の心配がほとんどなくなる。

夜は静かだし星空は息を呑むほど美しいし、薪ストーブは至高。

 

自分の暮らしを自分で成り立たせる覚悟があれば、田舎での暮らしは素晴らしいです。

緑と清流に囲まれて、精神は安定して、家族が協力して育っていきます。

 

ただ一方で、高校生以降ずっと田舎で暮らせるかといえばそれはかなり難しい。

もっと大人になったのなら、仕事はリモートで自由な暮らしが合う人は沢山います。

車もあってお金もあって、自分に合ったことややりたいことが固まっているのなら

田舎暮らしは程よくチャンスもあって、噂になれば仕事が軌道に乗りやすいかもしれません。

困っている人に寄り添う仕事を創ることができ、身の丈にあった暮らしをするならば

高い家賃を課される都会より田舎が生きやすい人も多いでしょう。

 

けれど高校生やその少し先の年代の若者が、田舎のままで何ができるでしょう。

経験がなければチャンスも見えません。

自分の活かし方を知って、初めから自分を売り込んで前向きに仕事に取り組んでいくことができるなんて、どんな育ち方をした若者でしょう。

田舎でのびのび育てられたからといって、皆が起業家に育っていくわけでもありません。

むしろ一度故郷を離れて田舎で鍛えられたこととは違う面を鍛えられて後々

ふるさとの活かし方や田舎での生き方がわかるのかもしれません。

 

もちろん実家が安定した商売を営んでいて、後継として十分なポストがあるのなら

滅多にないそのチャンスをつかんだらいいのでしょう。

資本、設備、人脈、歴史の全てを引き継いでの仕事とは、羨ましい限りです。

 

そうでない場合、または縁故採用でのポストに魅力を感じられない場合

自分を活かすのに一旦田舎を出るのは当然の流れだなぁとつくづく感じています。

高校生になった子どもたちの興味関心は周りの自然や生き物より、ショッピングやアミューズメントになっていて、今までしっかり田舎にいた分、スレもせず楽しそうです。

高校を出たら家を出る気満々で、それも子育てを終えていくのにいい気がします。

そこに至るまでを支えるのは送迎や資金面で思った以上に大変ですけどね。

 

やっぱり田舎で子育ての親子の黄金時代は小学生までなのです。

中学生もなかなか良いですが、合う人は選ぶかなという実感があります。

けれど園児から小学生の頃に、子供が子供らしく育つ環境として

ど田舎は最強だと確信持って伝えることができます。

 

子どもが少ない地域ではありますが、地元の子らも移住の子らも

この10年かなりの幅広さで我が子とその周りの子らを見てきました。

顔見知りで話ができる子が育っていく姿も見てきました。

引っ越してきてどんどんたくましくなる様子もまた見てきました。

少ないからこそ、子どもたちは違ったままで関係性を築いています。

気が合わない子はいても、尊重し合う社会性が結構ある気がしています。

特に小学生のうちは幅広く遊び相手がいることが育ちにとっても重要なので

異年齢が混じって、ローカルルールたっぷりに遊ぶことは健康的です。

 

ただしこれもまた思春期はそうでもないという反面があります。

狭く深くなる思春期の人間関係を乗り切っていくには

ものすごく限られた人だけよりも、同年代がそれなりにいる環境が望ましいです。

そういう意味で田舎から街の学校に行くのは子供の成長には相応しいのですが

そこまでですね。それ以上抑えておくのは却って不健全な気がしています。

 

小さな頃に田舎でのびのび育ったからこそ

心身丈夫で柔軟で、幅広く愛想良く育っているなと感じています。

「田舎でのびのび子育てする」そう決めた過去の自分は表彰ものです。

けれどしっかり育った大きな人を、ずっと繋ぎ止めようとは思いません。

 

今年も小さな小学校では親子山村留学生を随時募集しています。

小学生一人以上、保護者一人以上で転入してくる制度で

地域の空き家に入り、周りのサポートを受けながら田舎で子育てをします。

いつまででもよく、とにかく小さな学校をめいっぱい楽しんでもらいます。

www.kahada-es.com

お試し田舎暮らしということで、都会から一定期間ここで過ごすことを選んだ人が集まっています。

長く暮らしそうな人もいれば、半年や数年で田舎暮らしを卒業する人もいます。

移住だけどちょっとハードルが低いのが親子山村留学です。

www.kahada-es.com

 

子どもは育ちます。

当たり前のことですが、子どもが小さいうちはなんだかずっと小さな気がしていました。

必死で育てて、遊びも教育も人付き合いもなんだか必死でこなしていました。

よく頑張った私はつくづく思うのです。

豊かな周りの自然にどれだけ助けられたことか。

子どもが小さかったおかげでどれだけ田舎での暮らしをより楽しめたか。

周りの人にも助けられ、関心を寄せてもらい、目一杯恵まれての10年です。

 

この先もまだ田舎に居着いたままではありますが、どんどん子どもは送り出します。

だから近所に小さな子が増えたらいいなぁと心から思います。

 

子育て環境と住居と仕事

どれも100%満足する選択はなかなかハードルが高いですが

子育て環境にフォーカスするなら、数年暮らしてみるのなら

田舎に親子山村留学ってのはかなりお得な生き方ではないでしょうか。

 

オンライン説明会にオープンスクール、そして体験入学

香肌小学校はかなりすすんだ受け入れ体制を培ってきました。

オープンスクールに来たものの、転入までには至らなかった親子もおりますが

実際に移住を選んで後悔している人はいないのです。

なぜって環境を変えた子どもが楽しそうに過ごしてくれるのですから。

もちろんみんなそれぞれ田舎ならではの苦労もあるのですけどね。

しなやかに乗り越えて、家族での思い出を増やしてほしいなぁと願っています。

お申し込みはホームページのフォームより



 

 

 

 

3月の終わりに

4月はなんだかいつも急に慌ただしくなります。

チャンレンジは好きだけどバタバタの変化は苦手な私には3月4月はいつも手強い相手です。そのための力を蓄えていた最近は、めっちゃ暇にしていました。

猫もかくやというほどの暇っぷりに、我ながらどうかなぁとツッコミもありつつ、そんな時期を前向きに過ごせるのは幸せなことです。

 

大きな変化の前には一度とびきりの静けさが必要

そんなことを聞くと、さてどんな変化がと怖くもなりますが、何かあるような気もします。

仕事、生活、子どものこと、地域との関わり

40数年生きている中で同じような日々なんてなかったのですから。

 

自分に与えられている貴重な時間

何に使って何には使わないのか

ダラダラ怠けがちな私がそんなことを思うだなんて驚きの春です。

とはいえすぐに充実の納得の完璧な時間の使い方ができるわけはなく

ぬらりぬらりと進んでいくしかないのですけどね。

 

近頃、さらに悩みが少なくなりました。

子育ても人間関係も仕事についても。

数年前はズブズブに悩んでいたので、同じ中身とは思えません。

悩むことがなくなってわけではきっとなくて、もう飽きたのかなという実感です。

そのステージにはもういない感覚があります。

なにせ子育ては幼児期に向き合いまくったら、あとは子どもたち自身を信じるしかなくて

手助けはするものの、受け入れて、送迎して金策して。それしかできません。

人間関係はシンプルでいいし、必ずしもいろいろ必要でもないです。

また必要な縁はつながるのだろうし、しばらくは仕事関係の縁がふくらんでいけばいいなぁと描いています。その仕事についても何を育てて何をしないのか、随分気持ちの余裕ができました。

 

そんなわけで2026年3月末

きっといい流れの中にいて、これからの展開が楽しみです。

 

 

 

バズりから考える生き物との向き合い方

1月末にInstagramのリールに出した短い動画が初めてのバズりとなって、色々な声を浴びました。

軽トラの荷台に大きな鹿が乗っていて、犬がそれを見つけて興奮しているという15秒ほどのシーンなのですが、万を超えて今では30万までいくようになるとは。

それまで1,000もなかなか伸びないようなフィールドだったので、いきなりのことにびっくりです。そして今までも狩猟のことは時々出していて、日常ではないけれど非日常でもないうちでは当たり前に必要なシーンなのですが、非難轟々だとは、当事者になってみなければわからない経験でした。

 

常日頃、里に降りてきた鹿や猪、猿やハクビシンなどに田畑を荒らされたり、イタチに鶏をとられたりする暮らしでは、鹿をお縄にするのは極当たり前の前向きな流れなのです。それも廃棄ではなくできるだけたくさん頂くので、むしろ環境に優しい、しかしこちらも命懸けの狩猟という意識でいました。

そしてジビエがもっと一般に普及したら、もっと次々と捕獲する動機にもなって、田畑や森林も守りながら人々の食糧が担えて、本腰入れて取り組む課題解決だなともうわかっていました。

 

それがふとしたことで、ジビエを毛嫌いする方々の目にも止まってしまうことになり、わざわざコメントを残して批判するんだという不思議な体験をしました。

SNSって広告ですら自分の興味ある内容が優先で出てくるもので、興味なければスルーすればいいのです。ちょうど時期は歴史に残る衆議院議員選挙とも重なり、私も今回は似たような話題ばかりからどれだけ幅広く心地よい話題を集めるかに必死になっていました。

不快なところからはスルー!

でも実際は不快なところに引き寄せられてしまうのもまた人間らしい。

目で覆いながら見てしまうのはもしかして本心からの興味でしょうか。

 

そんなわけで批判的なコメントがたくさん集まったからこそ伸びに伸びた投稿でした。

いい感じに興味を持ってくれた方からのフォローも増えて、おかげさまで今までの投稿も全体にそこ上がりして、バズるってすごいです。

 

非難のお言葉ですが

「鹿さんが可哀想」

「わざわざこんなの見せないで」

「ひどい。残酷」

などなどです。

鹿さんまだ捕まっただけで、残酷なのはその後なのですが、言わないでおきました。

 

ユニークなのは

「犬も悲しんでるよ」

「この犬は鹿さんと友達だったのに」

ですね。もちろん犬は精肉した一部をもらったわけですが。

肉食獣と草食獣の友情といえばこちらですが、これも一筋縄ではいかない話です。

「神が怒っている」

というコメントもありました。

いつもそんなことを思って苦しんでいる人もいるんだなぁととても興味深く受け止めたのですが、もしかしてどこかの神からのメッセージだったのでしょうか。

私の認識では怒る神の筆頭は旧約聖書です。怒りを鎮めるのに子羊を捧げていたような気がします。

怒られたからこそ肉を捧げるというのはあっても、狩りをしてそのことを怒る神というのは勉強不足でした。掘り下げてもらえたらいいのですが、批判コメントって一方的ですね。

 

まただいぶアレ、なことをおっしゃる方もいたのでどんな人かなと覗いてみたら、子ども対象の魚つかみ取りイベントも批判されている方でした。保護猫活動に人生捧げている感じでしたが、猫も食肉の獣であることは意識外なのでしょうか。

 

不思議な感覚を持った人が同時代にいる。

なかなか正面切って会うことは難しいのに、ネットを通じてなら一瞬で批判してくる。

私が真剣に向き合うのはそんな人々ではなくて、目の前の人や獣たち、生き物たち、地域そのものです。なので世界観がかけ離れている人たちにあまり時間や意識をかけられないのですが、初めて食らったのでそれなりの効果はありました。

 

ジビエ普及は前途多難かもしれません。

けれど刻一刻と獣害は広がりますし、鹿肉はもっと美味しく食べることができます。

生きることはそれだけで残酷なのだなぁと噛み締めて、発信と普及を続けなくては。

 

 

 

選挙とその後が楽しみです

全くちっとも政治はよくわからずに長年生きてきて、政府がどうあれ自分ができることを楽しくやればいいというスタンスでした。

選挙にはほぼ行きますが誰に投票したかもよく覚えていないことすら多いという程度の国民でした。

 

なのに近頃は政治の話題も面白いのだなぁと波に乗っている気がします。

政治家の方の中には、本当に国民のことを考えてくれている方もいるのだなぁとようやく知ることができました。

 

日本の魅力や底力を知って、信じて、守ろうとする。

明るい前進。具体的な改革。やるべきことを貫く。

そんな人たちがいるんだなぁとやっと知ることができました。

 

私が個人で心がけて目指していることはいろいろありますが、まとめると

  • いろいろな人の話を受け止める
  • 身近な人を優先する
  • 自給率を高めて安定させる
  • エネルギーの持続に責任を持つ
  • 明日より10年後、その先を考える

かなり大事にしてきているのはこのあたりのことなのです。

 

だから特に他の人がどうしようが政治がどうなろうが、自分を守ることをずっと考えて行動してきたのですが

意識を広げると、国ともつながっているのだなと気付くことができました。

 

諸外国の人とも明るくコミュニケーションをとって尊重しながらも

責任ある自分の立場を安定させて、22世紀のことを語る。

今、そんな人が国を引っ張ってくれていることが、素直に嬉しいです。

 

本当に時代が変わることってあるのです。

明るくて強くて優しくてお茶目

私もずっとそんな人で生きていく。

手帳のWISH LISTを100埋めています

今週のお題「チャレンジしたいこと」

 

今年の手帳にはWISH LIST 100というのがついています。

2026年にしたいことを大も小もどんどん書いておけるスペースです。

年始に願いを100書くってめちゃくちゃ効果があるそうですよ。

とはいえあっという間に書けるって人ばかりではなくて、100も!って場合が多いですね。

でも1月中に100を埋めることで願いが実現するパワーが上がるそうです。

大きなことから小さなことまで、自分が何を望んでいて、どうなりたいのかを具体的にイメージすることが大事なのだとか。

ありありとした実感はまだありませんが、とりあえず埋めてみています。

年末から進めて90までいきました。

ええ、それこそすぐできるやんってことから、図々しいにも程があるってことまで

バラバラな私の妄想リストです。

 

稼ぎたい(飢えとるなぁw)

バズってみたい(報われたがってるなぁ)

大物に会いたい(漠然としてるなぁ)

とかの夢みがちなやつから

 

子どもたち一人ずつと何かするというほぼ予定や

パルケエスパーニャに行く、名古屋港水族館に行くという

予定ではあるけれどそんなことずいぶんしてなかったちょっと大きなワクワクやら

ズラズラ記載してあります。

 

私はいつも手帳に書き込むのはボールペンです。消えないタイプ。

だから思いついて書いたら消すことはできず、パルケエスパーニャは2回書いていました。

だから2つ目は「記録を残す」にバージョンアップw  

 

そんな遊びたいリストとは別の、宿の仕事や移住促進成果に関する願いもあります。

田畑への願いもあります。

家をスッキリさせたいという片付け渇望も毎年ながらありますね。毎年あるってことはできてないことの象徴的な項目でもありますが、百のリストには入れなければいけないのです。

だってもしかしたらスッキリした家になっているかもしれないですから。

 

とまあそんな数ある願いの中でも、結構しつこめに強めに願っているのはやはり

書くこと、詩歌にすること、物語ることなのです。

短歌を公募に投稿してみる。選ばれちゃう。とかね。

好物の歌を作るってのもありました。

読み返してみて、なんだこれはというくらいのが真実の願いなのでしょう。

 

移住促進に関しても、これはもうほんと他人の動きを見守るしかないので、どう願っていいやら長年悩み続けてきたのですが、

新しい住人に会う、でいいのかなという気がしてきました。

呼び込むとか空き家を見つけるとか情報発信を頑張るとかもできるけれど

他人の動きを変えることはできなくて、近い将来私に起こりうることは、出会うとか迎えるとか仲良くなるとかです。

 

そうそう、願いを放つときは肯定的に、叶った状態を当たり前として書くのですね。

さて、今年のチャレンジにはどんな光が当たっていくのでしょう。

書き終えて、眺めて、満足したら忘れます。

その後、どんなことが待っているのかな。

パルケエスパーニャの報告をお楽しみに!

 

 

 

 

午年の君と並んで歩く

今週のお題「馬」

新年明けて少し過ぎましたが、スロースタートの私は今頃こんなお題で。

 

うちの犬は午年です。

犬に干支が適用されるのか、上の世代にも下の世代にも驚かれますが、私にとっての干支は割と単純に12年の区切りなので、ああ今年で愛犬も12歳になるのだなぁというくらいの感覚なのですね。

中型犬で12歳。5歳くらいにしか見えないイケおじですが、視力・聴力共にそりゃぁ衰えているわけで。

近隣の犬たちが15歳を待たずにいなくなることが多く、飼い主も高齢となってきて次の犬がなかなか現れずにうちの子ばかり残っていく環境です。

全然衰える兆しはない。けれどもういつ何が起こるかはわからないから今を大事にしよう。

とりわけ12年巡ってきた午年をありがたく過ごそうと日々声掛けをしています。

田舎で養鶏家をしている我が家では、健康ほど価値あるものはありません。

鶏も犬も猫も亀も人間たちも、元気で日々を過ごしているならそれでいいです。

 

つい先日もイタチの侵入により、鶏を2羽亡くしてしまった事が悔やまれます。

異変に気づいて、犬の協力もあり、無事だったのもいるのですが

散歩に出ているわずかな隙を狙われたり、犬の監視が届かない距離であったり

相手も必死で狙ってきます。これはもう仕方ないです。

 

猫も時々軽く怪我をして帰ってきたり

子どもたちだってぶつけたり切ったり熱を出したり

私だって無敵の健康というわけでもないので、予防はしつつ気楽に生きるしかありません。

 

喪中ということでしんみりしがちなのでしょうか。

いえ、むしろ騒がしさをかなり手放した年明けの日々を過ごすことができています。

挨拶回りにヤキモキすることもなく、縁起物に必死になることもなく

まあそんな中で、愛犬が午年だなぁと思ったくらいです。

 

ついこの間提出してきた短歌がこちら

【うろ覚えの冬の星々仰見て午年の君と並んで歩く】

君が同年代の連れ合いなのか、年配の肉親なのか、はたまた立派に育った子どもなのかでかなり印象が違ってきます。

あれはシリウス、ペテルギウス、嗚呼あとなんやったかなぁと話しかけながら、暗い道を共に歩むのはどんな存在なのか。

実際は犬なので、私は空を仰ぎ見るけれど独り言、犬は地面を嗅ぎながら歩くだけでそこにロマンもへったくれもないわけですけどね。

それでも煌めく星の下を、リードを持って安心して犬と歩く時間が私はとても好きなのです。

 

夜間を歩くときの反射するタスキはかっこ悪くてつけるのをかなり抵抗しましたが、それより今の時間が大事だなと、平気で装着するようになりました。

最近は首輪が光るのも出回っているようですね。

ピカピカが苦手な私はこれをつけた犬との散歩は今のところ抵抗したいですが

ドライバーからするとめっちゃくちゃありがたいです。

え?猫用もある?うーんこれは惹かれます。

2026年、これから健康大事に自分らしく突き抜けていくために

愛犬たちには元気でいてもらわなくてはね。

あ、これはいつでもお互い様です。

昨年度実家の母が長期入院となり、そんな中で父が亡くなったので、実家の猫たちが不便していました。共に労わって仲良く生きていけばよいのですが、もしもの事態に備えておくのは人間だけの役割です。

私はお恥ずかしながら世間の常識にしっかりハマってる気がしない者なので、両親健在の時は思いもよらなかったことがずいぶん色々あるなぁと気付いた昨年度でした。

これからうまいこと人生の波に乗っていくのに、考え直すきっかけがあったことはありがたいです。

星の時間と犬の時間と自分の時間。

冬の夜道はそんなことを考えながらの散歩が心地よいです。

 

 

 

2025年の挑戦10選

さて、年末はふりかえりタイムを設けるものでありますが

2025年はどうだったのか。ほぼ1年前とか昔すぎてびっくりしますが

同じように365日ほどを過ごしてきたわけで、

頑張ったこと、続けてきたこと、変わってないこと、手放したこと、それぞれあります。

挑戦という意味では頑張ったことと手放したことが該当するのでしょうか。

捨てる勇気、なんていいますからね。得意ではないけれど時々意識します。

続けてきたこと、変わってないことはもちろん自分の大事な根幹です。

それを踏まえた上での挑戦はどんなことがあったのか、まとめてみました。

  1. 子どもたちの部活をしっかり支えたこと
  2. 田んぼの収量が倍近くに増えたこと
  3. 大阪万博に行くと決めたこと
  4. 上記の資金集めのために発掘バイト
  5. インバウンド需要拡大のため発信力強化(継続中)
  6. 狩猟免許試験
  7. 自分の資金管理を意識したこと
  8. 音楽活動を停止したこと
  9. 地域の人付き合いを減らしていること
  10. 父の訃報による家族関係見直し

ぎゅっとまとめて10項目

2番は私のというか旦那さんの力がほとんどですが、意識はしたのです。田んぼをずっと気にかけ続けて過ごしたのは今年の大きな変化でした。

 

とにかく1が大事でした。今年は長女が高2、次女が中3、長男が中1で、吹奏楽部のコンクールはもう最後で、演奏の機会なども一つも聞き逃したくはありません。それ以上に帰りが遅くなることや本番前の緊張を支えることができたらといつも余裕を持つようにしていました。それが私には大事なことだったのです。次女のソフトテニスも昨年度まではほとんど観戦できていなかったのですが、最後に近付くとスケジュールをぐいっと空けて応援し、友だち付き合いの送り迎えもなるべく応えられるように意識していました。

そして長男の野球部が土日の送迎が当たり前で、わりと前々日に担当が決まることも多いです。スポ少あがりなら当たり前の保護者協力かもしれませんが、うちには初めてのことなので、なかなか慣れませんでした。それでもせっかく始めた野球部を諦めずに少しでも楽しんでもらえると嬉しいので、両親で分担して大体の日は私が送迎し、興味深そうな試合の時はどうぞで行ってもらうなどして、宿の仕事にも支障のないようにやりくりしてきました。

この関係で、8や9にある自分の音楽活動や近所付き合いは敢えて減らすことでバランスを保つことができました。

人によってはスケジュールを詰めて、何足も草鞋を履くことに価値がある場合もありますが、私は本来ゴロ猫のような存在なので、無理はしません。

けれど付き合いを減らすのも挑戦ですね。居場所や気配りを絞っていくことは怖くもあります。だから随分考えて、できる人もいるのに私はダメだなぁという感情もいっぱい味わって、その上での子どもたちを優先に支える覚悟があったのです。密かに。

 

頑張ったことには自分のお金をちゃんと見直して、これからの資産形成を小さく始めることがあります。お金の器を育てるとか目標を決めて働くことを考えるとか

今まで何をしてきたのだ、この中年って感じですが、ずっとふわふわ生きてきたのです。

自分の財産についてあまり責任を持つこともなく生きてきたのです。

母はいまだにそんな感じだと父が亡くなって改めて気付いてびっくりしましたよ。

大事ですね、お金の教育も。現在そんな風潮になっていますが、誰からの影響を受けるかは本当に大事で、さあ親としてこれから何ができるのか真剣に向き合わなくてはいけません。

 

狩猟免許試験も受けたのでした。いろいろややこしくてまだ猟師の登録はできておらず、どう活動していくかは定められていないのですけどね。知らないままでは過ぎていかなくて、これからの地域を考えるのにどうしても核となることがあるので、先に学びは深めました。

 

まあそんな感じで2025年は充実していたのではないでしょうか。

家族との時間を以前より大事にするようになりました。

なぜってもういつ手離れてしまうかわからないくらい大きくなったのです。

年末年始を一緒に過ごしてくれるのはいつまでか。家族旅行なんてついてきてくれるのか。

いつまでもそばにいて欲しいけれどいつ巣立つのもその子の自由です。

だから、2025年に揃って万博に行けたのは私にとってはとても幸せな日でした。

 

仕事のまとめは別記事に