勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

どうして三重でワ―ケーション?

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都会の人々が働き方、生き方を変えるのにワ―ケーション環境がもてはやされているということで、地方は頑張ってワ―ケーションニーズを満たそうとしています。なにせ地方は過疎少子化高齢化です。働き盛りの若い世代がおらず、田園風景が荒れて大規模ソーラーパネルになっていくのを指をくわえて見ながら衰えていくしかないなんて嫌なので、なんとかして若い世代を呼び込みたいのです。若い世代が何を求めてどう動くのか。その流れに乗るために何ができるのか。

 

答えは一つではなくて、漠然と若い世代とくくらずにもっと見極めて多角的アプローチをしなければならないのでしょうが、政策が動くのにはキーワードが必要です。

「ワ―ケーションを誘致しての移住促進」が動き出しました。

 

そして立ち上がったのがこのサイト

workation.pref.mie.lg.jp

 

三重県でワ―ケーションをするモデルプラン

Wi-Fi環境が整ってワーカー受入に好意的な宿泊施設

・通信環境に優れて研修なども行えてコワーキング可能なワークスペース

・ワーク以外のおすすめアクティビティ

・三重の暮らしってこんなかんじ

 

上記5視点を軸に、三重の各施設が紹介され、リンクするようになっています。

 

ここに亀成園も載せてもらっているので紹介しておきますね。

workation.pref.mie.lg.jp

 

代表写真を雑誌NAGIさんに頂いた画素数の高い、プロ目線の写真にしたおかげでクオリティ高く見えます。ありがたいものです。

 

「三重 ワ―ケーション」で検索してもまだ出てこないサイトですが、このサイトを活用して、三重の尽きぬ魅力に夢中になってくれる人がいることを願います。

 

さて、ここまでは三重がこうなってほしいなという流れなのですが、どんな施設があっても、どんなに誘致を欲していても、動くのは都会の人たちです。ゲストハウスも農業体験も移住促進も山村留学も、都会の人の動きがなければどうにもなりません。農村自体が平和に生きていくには都会とそんなにつながっていなくても大丈夫なのですが、人を誘致したい場合はのほほんとしていられないのです。見込みのある人にどんどん通って頂きたい。そして仲間になってほしいのです。

 

三重でワ―ケーションをして、あわよくば農村仲間になってくれる人は一体どんな人なのでしょうか。

まず、ワ―ケーションを必要としている人でイメージするのはこんな人たちです。

 

1.十分に金も地位もあるエリート。バケーションしながら会議に出席。プールサイドで最新ニュースや株情報をチェック。保養先のオーナーであることも。

 

2.世界を飛び回りながら息抜きも必要とするバリキャリ。エステしながら電話で指示。ロハス的食事をとりながら資料作り。バカンスは話題のためと美容のために。

 

3.売れっ子クリエイター。旅先の風景や接した素朴な人たちからインスピレーションを得るのが尽きぬ創作エネルギーの秘訣。若者ブームの仕掛け人。

 

私の貧しい想像力ではこんなかんじです。なにせバケーションワークってどうにも特権的イメージがあります。バケーションなんてずいぶん縁がないものでね。旅に出たらとにかく旅を満喫し、日常は必死で働くのが庶民のあるべき姿だと思うのに、しれっとバケーションに出ていながらも仕事を続けているなんて、どうも恵まれている人たちのようにしか思えない。ああ、ひがみっぽくなってしまいます。

 

けれど今の時代はワ―ケーションニーズはそんなに特権階級だけのものでもないのかもしれません。むしろ旅先でも仕事とすっぱりとは切り離れられない多くの人が通信環境の有無や速度で出先を決めているのでしょう。もしかして私とて無縁ではなく、キャンプしながらもゲストハウスの予約管理はしたいし、ブログは書きたいと思うのでしょう。もしかしてもう少し仕事が安定すればワ―ケーション向き?なのかもしれません。リモートで家畜管理ができればね。そして家畜管理をしなくていい多くの人は、もっと気軽に旅に出れて、そこで仕事ができるのでしょう。特権階級じゃなくとも。

 

そこまでいって、もう少しワ―ケーションする人のイメージをふくらませてみます。

4.マーケティング担当者。情報集めや分析はオフィスにいなくてもいい。

5.会計士や診断士など〇〇士の仕事の人。送られてきたデータを分析するので場所を選ばない。対面しなくていい。

6.広い意味での物書き。正業でも副業でも。

 

うん、こうして考えてみると1~3よりは近い人になりました。場に縛られずに仕事ができる人って思っていた以上に多そうです。何も皆が皆、店をもったり園をもったり田畑をもったりしているわけではなくて、決まった場所に通い続ける必要があるわけでもないですからね。そんなことも昨年度までは覆い隠されていたのですが。

ほんと、職業って星の数ほどあって、それでも人の数よりは少なくて、いろんないろんな立場の人がいて、求めるものがいて悩みがある。当たり前のことだけど、どういう人がお客様になるのかを考えるきっかけがあると、目からうろこがポロポロ出て、役得です。

 

そんな星より多いような人の中で、日本の他のどこでもなく三重で、亀成園にワ―ケーションに来たらいいなと思うのはどんな人なのでしょうか。

 ・週4くらいはオフィス勤務だけれど、とにかく子供に自然体験をさせたい需要があって、休みの日+1日くらいは持ち場を離れられる人

 とすると漠然としてしまったので、もう願望丸出しにしてみます。

 

 ・画家

 ・作家

 ・山菜料理研究家

 ・昆虫学者

 ・易者

 

一体何を考えていたのやら、台無しになりましたね。会いたい人はこんな人たち。芸術家にぴったりの場所だと思うのです。でも芸術家が「ワ―ケーション 三重」なんて検索するわけないとも思うのです。彼らにたまたまではなく必然的に目に留まるような仕掛けを、真剣に考えていきたいですね。会いたい人が来てくれる。亀成園はそんな場所になっていかなくっちゃ。

 

 

 

 

 

SAKURA プロデュース夢想

今週のお題「下書き供養」

誰も見てないとは思うけど、見てほしい気もする話を恥を忍んで、がテーマです。

 

【桜って罪】

花に浮かれる気はあるものの、桜の季節を素直に喜べない気持ちを永年抱えてきました。咲く前からそわそわして、咲いてからは各地の花を急いで追いかける。わずかな時期しか咲いてくれない花を見逃すのは申し訳ないけれどどうしたって間に合わなくてもったいない。でもだからこそいいのかもしれないと焦りながらの2週間。この落ち着きのなさは何なのだろうかずっと不思議で、もっと長く咲いていてほしいけど早く散ってしまってほしい矛盾した気持ちもあり、「もう、なんなん、桜!」が精一杯の小さな叫びでした。

 

なぜこんなにも気が惑わされるのか、この春急に気が付いたことがあまりにも恥ずかしかったけれど、残しておきたい気持ちでもありました。

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SAKURA もちっ娘 5

 

 

 

花の命が短い故に、あらん限りの力をもって咲きまくる桜の花たち。

他の花より先駆けて咲く河津桜エドヒガンに期待を持たせられ

校庭や公園や並木道で一斉に儚く咲くソメイヨシノに圧倒され

少し遅れて存在感を見せてくる、和菓子風の山桜。

時期をずらして咲き、佇むラインが艶っぽさを放ちまくりのしだれ桜。

また遅れて登場するポップで柔らかさ抜群のぼたん桜。

 

短い時期にこれでもか、これでもかと魅力的な個性を咲かせて散っていく桜を追いかけている

私はもう、秋元康だったのです。

 

期間限定の若い花をきゅきゅっと閉じ込めてプロデュースしたい。

愛でて褒めて輝かせたい。

自分に潜む親父心の大きさに愕然。

 

 

以上。

封印。

 

糸掛け曼荼羅体験ワークショップをしてみたら

不器用でめんどくさがり屋のくせに手を動かして物を作ることがけっこう好きな身には、「糸掛け曼荼羅」という代物は大変ありがたい主題です。

初めてやってみたのは1年半程前で、それ以来何度か機会を持っておりますが、人々のおうち時間が増えたこともあり、糸掛け曼荼羅ブームはこの1年で急速に広がりを見せています。たくさんのたくさんの画像がWebでも出回っていて、うっとりすると同時に一体これはなんなのだろうという疑問が湧いてきます。基本的なことは日本糸掛け曼荼羅協会のHPに実直に記載されています。アートであり数学であり資格とするのにもふさわしい奥の深い世界であることがわかりやすく書かれているので、私がごちゃごちゃ言うより余程ためになりますね。

 

www.itomandala.com

 

画像検索でも本当にたくさん出てきますが、個人的に好きなのは木目が美しいこちらのギャラリー。いつまで公開されているかわかりませんが、イメージをふくらませるのにぴったりです。

morinotsuki.com

 

 基本的には板に釘を打って、法則に従って糸を順番にかけていって美しい模様を作ることを目的に作られた作品たちです。厚紙に切り込みを入れて作ったり、透明なアクリル板で作られることもありますし、板も化粧板やベニヤ板、板に和紙を貼ったりとバリエーション豊富ですが、とにもかくにも土台を整えての糸掛けです。細かく糸を重ねることと幾何学要素が合わさることで、驚くほどの美しい作品になります。円(とは限らないのですが、代表して円)を描いてぐるぐる回りながら作品を仕上げていくので、涅槃図の曼荼羅という言葉が使われるようになっているようです。なにやらエキゾチックな宗教めいた印象を与えておりますが、元々はシュタイナー教育の算数を発端としています。12の数を数えるのに、2ずつ、3ずつ、4ずつと3パターンの糸掛けを2年生でするそうですよ。

 

シュタイナー教育で生徒がこなす美しい課題に切ない憧れを抱いて止まない私なので、どうしても自分でも作りたくなりました。キットを買った方がうまくいくのですが、木材があり釘もあり糸もあったので、無謀にもやってみました。いびつさはあるものの、自分の手が生み出したことに驚きの喜びがあり、娘たちも気に入ってくれました。何度も作って、これはもっといろんな人と楽しみたいなと思って、亀成園でも体験メニューとしてできるようにしています。お粗末なものですが、有難いことに先日お申し込みがあり、10名程で楽しんでもらったので、改めて思ったことを残してみます。

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 体験としてやってみる糸掛け曼荼羅の魅力を挙げてみます。

・手を動かしだせば思ったよりスムーズにできる楽しさ

・糸が形に、模様になっていく面白さ

・色の選び方や色重ねによってくすぐられるおしゃれ心

・数字と静かに向き合うことで心が落ち着くこと

・「このきれいなものを自分が作ったんだ」という深い満足感

 

こんなところでしょうか。

作業中は手作業を疎かにしてはいけないので、普通の女子会(もちろん男子参加も歓迎です)よりもうんと静かです。全くしゃべるの厳禁というわけでもなく、教えてもらったり自画自賛、他画他賛(造語です)は構わないのですが、集中して糸掛けを進めていくのはそれだけで楽しいので、口を動かさなくても気にならないのです。

手助けをするのに距離が離れすぎていたらやりにくいことはありますが、大盛り上がりでしゃべらなくても皆満足できるところに何気なく大きな価値があるのではと思っております。

 

作業中はこんなかんじ。

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集中すること。素材と向き合うこと。満足すること。

目と手と頭をしっかりつなげてきれいなものを作ることは、いくつになっても人が喜びとすることです。

小さな子は難易度を下げてじっくりと。

器用な人、慣れた人は難易度を幾らでも上げて挑戦して。

細かいものが見えなくなってきたら太い糸で。

心に闇や課題があるときはそれを具現化して次に進むために、綺麗じゃなくてもいい。

 

糸掛け曼荼羅は絵が描けなくても作品になります。古人が着物を重ねてきたように色の組み合わせを考えることができます。滑らかな木材に触れ、柔らかな糸に触れ、ピンとして金属の力を借ります。この3つの素材がまた可能性に満ちていて好ましいのです。

 

子供の頃に糸掛け曼荼羅やストリングアート(釘を打って糸をかけて描く絵)に触れたら、何が琴線に響くのか、人によっていろいろ差がありそうなので、見てみたいですね。シュタイナー学校関係者の楽しみの一つではないでしょうか。

・ものすごく素数に興味を持つ子

・大作に挑戦したがる子、逆に小さな物を沢山作りたがる子

・ありとあらゆる色合いに興味を持つ子、逆に単色を貫く子

・釘打ちにばかり熱中する子

・作品の展示にものすごくこだわる子

・もしかして何も響かず投げ出す子

 

繰り返しますが私は不器用で絵を描くことにはコンプレックスもあるので、めちゃくちゃ精巧な作品に仕上げることにはそんなに熱がありません。浸食忘れるほど没頭するまでもいかないし、ものすごく質にこだわるわけでもありません。けれど素数は好きで、活かせることは嬉しいです。そして色の世界を楽しんでどんなかんじか言葉にすることが好きです。さらに板に釘を打つ時や糸を掛けるときの集中力は、快感になります。

 

人によって楽しみ方の幅がそれぞれで、門戸が広いのが糸掛け曼荼羅。いろんな人に試してもらって、体験者のニッチな喜びをもっと集めていきたいものです。

 

そして飯高町はあらゆる木材がそろうといっても言い過ぎではない程の林業の町。もっと興味を持つ人が出てきたら、是非美しい木を仕入れて、木材の違いを感じる作品作りもしてみたいです。桜の木板で春色曼荼羅、欅の明るい板で夏色曼荼羅、楓の赤茶色に秋色曼荼羅、そして黒っぽい板で真っ白な冬色曼荼羅、なんか整ったら素敵ですね。

 

可能性に満ちた曼荼羅体験を進めていくのに、どうぞお力添えて下さいな。

 

 

↓参考までに、一昨年の夏の過去記事です。その前にももう一本初めての糸掛曼荼羅がありますが、自作品が赤裸々過ぎるので、きれいなイメージを抱くのには娘作品で彩られたこちらを参考に。数の考え方は今とはちょっと異なっています。

kamenarien.hatenadiary.com

 

 

落ち込むときはめいっぱい

桜の季節は浮かれた後のぶり返しがあるのが悩みです。咲くのも散るのもすごいエネルギーなので、それについ影響を受けてしまうのか、花の散り際に調子悪くなることが多いことに気付きました。というわけで今日は黒々吐露です。

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メンタルを強く保とう、頑張って生きていこう、世の中を信じていこう、と心がけております。そうすると単純なもので、まあ大体のときはあっけらかんと明るい心でいられるのですが、万能ではありません。素直に言い聞かせられているうちは良くて、私は大まかには素直に生きていて、笑ったり感謝したりを標準装備にしているので、弱りに気付きにくいです。


でも時々その反動があって、急に途方もなく落ち込むことがあります。季節の変わり目とかちょっとつまづいたとか面倒ごとが重なったとかきっかけは様々ですが、落ち込む原因は大抵自分に自信が持てないことに直面した時です。

なんで私今こんなことしてるんだろ、とか

なんでこんな惨めな気分になっちゃうんだろ、とか

なんでいつまでも報われる気がしないんだろ、とか。


大抵の時は目の前に集中できることがあって、些細なことも楽しくて、幸せだなぁ報われてるなぁと思うのですが、何かのきっかけで穴に落ちる時があるのです。大した理由でもないのに深く思える穴に落ちるのだから困るのです。


落ちたならピョンと飛び出せばいいのに、なかなか時間がかかってズブズブとハマり、できるだけ沢山卑下してぐるぐる落ち込んで、穴から出ようとしない自分がいます。せっかく落ちたなら穴を経験しておこうと思うのか、孤独風吹かせて脱出を遅らせます。


いつも気付かない、封じ込めている自分の心と向き合うのは、たまには必要なことだとも思います。頻度が上がると第三者の適切なケアが必要になってしまいますが、このくらいなら大丈夫かなというラインで見つめてみた黒い気持ちはこんな感じ。


・自分のやっていることが誰の役にも立っていない気がする

・自分の立場がすごくどうでもいいポジションな気がする

・自分の能力になんの価値があるのか意味不明すぎる

・自分の代わりなんていくらでもいる気がする

・未来が明るく見通せなくて絶望してみたいのになんでだかできない


書き出してみるとどうでもいいなぁと思う自分もいるのですが、落ち込んでいるのを突き放すのも気の毒です。きちんと向かい合って倒してやらなきゃいけません。なぜ倒すのかというと、こんな時に思い出すのは名言の宝庫である『宇宙兄弟』でもとりわけ好きなシーンだからなのです。主人公ムッタが最高にかっこいいいいところ。

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何度も目に焼き付けているシーンですが、泣きそうに力をくれます。半端なく賢くてタフでピュアで面白い男であるムッタから力をもらうなんて畏れ多くて悶え死にしそうですが、それでも私は自分の敵を見つめてしかるべき手順で倒した後に友になりたいです。


赤の他人なら距離を置けるし放っておけばいいしさっさと許せばいい。家族なら距離を置くのは難しいけれど全てに責任を持たなくてもいい。信じて愛して何だって許せばいい。

でも自分ならどうでしょう。

距離は置けないし、大人なんだから責任持たなくちゃいけません。信じるのも愛するのも許すのも、できるはずなのにプライドが邪魔したり臆病になってなんだか難しい。


でも、やっぱり自分でケアするしかありません。持っている力や経験や気質を認めて、秘めた価値を信じて、情けなさを許さなくちゃいけません。ああ、難しい、難しい。


なので見える化してみました。

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ほんとは小説、漫画、絵本と列ねたいところなのですが、それでは自分を大事にする武器にならないので、頑張って作りました。中心は私の心です。


人の脳は単純です。

私は大事、私は大事、私は大事と毎日百回唱えていれば多分羽も生えてきます。でも百回飽きずに唱えられる自信はないので、見える化です。なんなら写真貼って脳に焼き付けます。


理由もなくカラ元気になる必要はないけれど、落ち込む正体がわかればきっとやっつけるか近付いてわかり合うことができます。


私は(公言するのはめちゃくちゃ恥ずかしいけれど)

頑張っていることを認められたいし

ユニークさやアイデアを評価されたいし

ワクワクする役割を与えられたいし

バリアを張らずに気を許してほしいし

可能性を信じてほしいのです。


だから自分で決めなくちゃいけません。

・頑張ってるって認めること

・面白いもの持ってるってこと

・素敵な役割があるってこと

・のびのび気を抜いていていいってこと

・まだまだ溢れる可能性があるってこと


なんだか青臭いイメージ像になるからいつまでもこれでいいってことはないのでしょうが、

今自分がしてほしいことを自分に許可すると、やたら青臭くなりました。


駄々こねて穴から出てこない姿は、どう考えてもガキっぽいのですね。けれど今はその欲求を満たす時期なのかもしれません。ひとつひとつ封印してきた欲求を満たしていくことが、もしかすると近道(どの道の近道なのかははっきりわからないのですが)なのかもしれないので、幾つになっても自分に対して

「やれやれ、そんなこと思ってたんだ」

と、ちょっと離れた目線で気付いて許して共感するプロセスを通ってみたいです。


黒々吐露スッキリ。

貴重な時間を煌めかせることができました。

結構時間はかかったので無駄遣いしたのかもしれませんが、

『人生に無駄なんかない』が好きな言葉のひとつなので


これにて一件落着



地域がハッピーに続くために

今年学びたいこと、というお題記事です。何を学びたいのかと立ち止まって考えてみたらピンと来たことがあるので書き残しておきます。


 学びきれていないことが多くて学んでいると公言するのは恥ずかしいのですが、なんやかや学ぶことは好きなのです。それも一つの分野を極める学び方ではなくつまみ食いのようにあれやこれや多読して雑学を溜めるのを好むので、モノになっていることは何もないけれども、いつも何かを考えていることはできます。人生80年〜100年あるならば、できる限りのことを知って考えてひらめいて、大切な学びをできるだけ引き継いでから次につなげて、人生の幕を閉じたいとの欲求があります。


今年学びたいことは

・野鳥の声

中央構造線

・稲の種類

などもあり、どれも少しずつ進めていきたいのは山々ですが、是非とも短期間でがっつり学んで活かしたいのは

マーケティング】です。


・自営業であるゲストハウスに人を呼び込み

・小学校の親子山村留学をなんとか動かし

・飯高地域がこれ以上過疎化に呑まれない

そのためには交流人口を増やすことをはじめとして多くの人が動く必要があり、是非とも人の動きを学ばなければいけません。

誰かなんとかしてくれるだろうと様子見ではもうどうにもならないので

とにかく自分から学んでもがいていくしかありません。もし検討外れだとしても、そんなに地域に迷惑をかけることもないだろうし、当たれば人が増えて地域がハッピーになる一助になれるかもしれません。


最終的な願いはいつだって

「豊かな里山地域で育つ子供が増えて欲しい」ことと

「自然から学んだ人が森や川を守って欲しい」

ことです。


里山や森はここに限らず、子供たちが健全にたくましく育っていくのなら世界のどこの地域だろうと望ましいのですが、近くで見守っていけたら愛情100倍なので、この地域も選ばれてほしいなぁと思います。


子供たちがいるとそれだけで、人々の間の空気は明るく軽くなります。ひと1人育てるのは並大抵ではないけれど、先に苦労をしておけばのちの人に優しくなれるし、もっと後には温かく見守る幸せが回ってきます。


原始的とも言える人々の歴史を長く見守るためにやっておきたいのが「マーケティング」とは無茶苦茶な流れかもしれませんが、言葉のニュアンスが違うだけで、いつの時代も人の流れはあったはずなのです。人が集まったり離れたりするのは何らかの原因がありきっかけがあり、学ばなければ流れを変えることもできません。


頑張らなくっちゃと身体を震わせてくれて後押ししてくれる言葉を見つけました。

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読みにくいですが

「世界で重要なことの殆どは、助けがないときも頑張り続けた人達によって、成し遂げられた」デール・カーネギー


デール・カーネギーさんはものすごく沢山の名言を残されたアメリカの作家兼セミナー講師の方です。一番有名な名言は

「笑顔は1ドルの元手もいらないが、百万ドルの価値を生み出す」

です。 

アメリカらしいわかりやすい教え方で、自身を鼓舞するときにはものすごく有力な言葉を沢山残してくれているので、少しずつ恩恵があればいいなと思っています。

人を動かす 文庫版

人を動かす 文庫版

『人を動かす』ってめっちゃ今年の願いそのものです。臆病さの抜けない私はまだそんな偉そうなことは言いたくないのですが、はっきり言わないと願いって叶わないので、カーネギーさんの教えを学ぶべきなのでしょう。
0が1になれば、スルスルと動くことがあります。いくつも壁があっても、流れがあれば越えていくことができます。いつまでも机上の空論にしないために、現実的なことを学ぶのが今年度の課題です。継続力も突破力も自信がないままですが、立ち止まるよりは歩く方が好きです。一歩一歩歩いて千里を目指すのがずっと描いている人生の道筋なので、学ぶことを宣言できるのはきっと追い風なのでしょう。

今年、学びたいこと

#今年、学びたいこと
by Udemy

香肌イレブンマウンテンに登るなら

ここんとこあれやこれやと作成に励んでいたのがゲストハウス亀成園の宣伝動画作成です。

YouTubeに出していないのでここでは動画の貼り付けはできませんが、使っているのはこんな画像です。

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いろいろ組み合わせた5枚の画像を合わせて動画にするという作業。

 

専ら書き専門であることに誇りもありながら劣等感もあるので

ダメもとで手を出してみています。

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山への期待を膨らませて、宿へ

NAGIさんの写真を使わせて頂いてます。

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登山者さまの朝は早い。車中泊される方も多いですが、これくらいなら泊まろうかなと思って頂けたらよいなぁ。よいなぁ。

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最大の売りはグループ利用がお得なこと。

誘い合わせて大人の合宿のように使ってもらえたら楽しいです。

最後はロゴをどーんと

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そしてHPもわりといじりました。特設ページに動画も付けてあるのでよかったらご覧ください。

https://www.kamenarien.com/

 

動画作成に使ったのは昨年からいろいろデザインをするのに愛用している Canva です。デザイナーさんがどんな視点でお仕事をされているのか、ものすごく参考になります。そして自分のデザインを保存したときに、デザインに関する名言が自動で表示されるのが私のお気に入りポイントです。結局言葉なのですが、言葉をよりパワーアップさせるものがいいデザインだと思いたいです。

https://www.canva.com/

 

とりあえず自分がしたことの振り返りです。

参考になる方がいるかはわかりませんが、ちょっとでも何かのハードルが下がったら嬉しいです。

自営業も自由業も下手すれば背負うことが多くて途方もないですが、ひとつひとつ積み重ねていく過程でちょっとずつ結果が出ていけば、きっと生きていけるものだし、学びながら歩みながら頑張っている人がいるというだけで私は勇気をもらえます。だから私もそうありたくて、学びながら歩みながらつまずきながら頭かきむしりながら、でも楽しいことを積み重ねています。

 

歩み続けていれば進めるはずです。

正しいコースにいれば、エスカレーターで上がれるそうです。

 

やることを自分で増やしてしまって書けなくなるのはジレンマですが

楽しいことは絶対書きたくなるので、あまり制限せず日々チャレンジです。

 

登山者のことを考えていたら、なんだか気が大きくなりました。

やっぱり自然派行動派はずっと憧れです。

 

亀成園ファミリーは香肌イレブンまだ6座。まだ手ごわいのが残っています。

お客さんラッシュで身動きとれなくなる前に、出かけておかなくては!

 

ほんの数日。されど価値の高さは計り知れぬ。

あまりに心奪われるものには近寄らないでおこうという君子精神と、心のままにかき乱されても構わないという芸術家魂の狭間で固まってしまうのが、この厄介な桜の季節というやつです。


なにせもう、圧倒されるのですから。

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今日は完璧な青空で、私が撮った写真でも既に映画のように見えてしまいます。

(映画関係者の皆様、平にご容赦ください。なにせこの季節は錯乱しがちです)

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一斉に咲くなんて、なんだかずるいです。絶対に見逃している木がいくつもあることがわかって、悔しいやら申し訳ないやら。でも目の前の華やかさに夢中なのです。


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普段は何を見ても、見たものを言葉に捉え直さなければ気が済まない私ですが、翻弄されるがまま過ぎ去るのを待つしかないのです。ウロウロして素材だけは集めながら、なんにも思考は進まないのです。

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だってもう、ね。


週末は近くのとっておきの桜スポットに出かけます。そわそわして何も手につかないことがないように、自戒して自戒してここ数日をやり過ごさなくてはいけません。でもとりあえず今日は完璧な散歩タイムでした。こんな日に有閑でいられたことはなんと強運だったのでしょう。


今年はいつもに増して運が強い気がします。何についてかはまたそのうちに。