勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

道徳観に縛られずとも

子供の日をすっかりスルーしていたのに

娘たちから母の日プレゼントをもらうという

なんともバツの悪い恩恵にあずかってしまいました。

 

人並み以上に「○○の日」とか大事にしてきた身ですが

もう近頃は暮らしそのものが四季の巡りに囲まれていて

養鶏も農作業も季節の変化に合わせてしかできませんし

子供の学校行事もあれこれあって

更に家で行事を増やす事になんの意義も見いだせなくなりました。

 

ずいぶん前に街で赤子と暮らしていた頃は、日々に変化が欲しいし記念撮影もしたくて

わざわざ行事を掘り起こすように家族っぽく力を入れたものですが

やけに行事多すぎると思いません?

ただでさえ四季の変化がめまぐるしくて祝日も多いこの国なのに

語呂合わせの記念日も随分増えてしまいました。

商業目的の記念日もうんとこさ増えてしまいました。

楽しいことは基本的に好きですし

行事を節目に模様替えしたりルンルンと掃除をするきっかけになるのならそれでいい。

でも

「お雛様まだ出してない」

「ああ、まだ片付けてない」

「兜飾る場所がない」

「季節のテーブル作らなきゃ」

「ハロウィン衣装これ何年前のやねん」

「行事のおやつにもなんか意味あったけど覚えられん」

「いいふーふの日ってなんやねん」

 

なんか、近年はめっきり力が入らなくなりました。

 

それは私がただ怠け者になってしまったのではなく(元々です)

さほど祝う必要もないからでしょう。

節目つけて記念日っぽくして

特別感演出して残さなくても

季節の巡りにも子供の成長にも満足しているからです。

 

特に母の日に関しては

私がいなくなってから子供たちが思い出すくらいでちょうどいいと思ってます。

長生きし過ぎてなかなかいなくならないまま、母の日は子供たち、孫たち、ひ孫たちのものになっているでしょうが、それならなおいいです。

ありがとうの言葉は、日々にあるから。

むしろ「いつもありがとう」ってなんやねん、とツッコんでます。

 

自分が子供の日をスルーしたくせに

母の日の準備をした娘たちにツッコミを入れるとは何様か。

まあ娘たちは母の日にかこつけて、

カードを作ったり、プレゼントを用意する名目で小物が買いたかったり、

ママにゆっくり向き合ってもらいたかったりだったことがわかっているので

ちゃんと受け止められてよかったなぁとは心から思ってます。

 

いつもありがとうはこっちの台詞やねん!

 

毎日目覚めて笑ってくれるだけでありがたいから。

いってらっしゃいとおかえりが言えることが幸せだから。

田畑手伝ってくれてめちゃくちゃありがたいから。

手伝わない子も機嫌よくしてくれててありがたいから。

 

子供たちのおかげでつながったご縁がたくさんある。

子供たちのおかげで出会った本がたくさんある。

子供たちのおかげで大きな車を運転する機会がある。

子供たちのおかげでこれまで尽きずに果たしている母という役割がある。

 

だから別に特に記念って要らんがな。

 

というわけで現家族のことではなく

もう一段階上の母の話をしました。

私がお母さんから教えてもらったこと

そしてお母さんのお母さんのこと

ついでにお父さんのお母さんのこと

 

子供たちは私が小さい頃の話をするのがかなり好きで

話した本人はすっかり忘れていても、

後から嬉しそうにその話をしてくれます。

他愛もない話を共有することはが人にとって大切なことなので

私のネタで喜ばれるならお得ですね。

小さい頃の話ならまだ黒歴史とも言えませんし、安心安心。

 

里山暮らしを好む私としては、もっと「おばあちゃんの知恵」的なものを伝授できたらいいなと願います。

ネタとしてはこっち↓のほうがわくわくするけど、実体験が伴わないので、いずれ旦那様にはこんな話を孫にしてほしいなと望んでいます。

こんないわゆる「昔の話」っぽいものがいいと大人世代は思いますが

案外私たちの世代の昔話も食いつきがいいので

ああ、家族は歴史なのだと時々びっくりしますよ。

 

カセットテープが伸びちゃって鉛筆でくるくる巻き戻したとか

水銀体温計が割れて水銀転がして遊んでたらめっちゃ怒られたとか

犬は走ると追いかけてきて噛まれる、と言われたのを信じてじっと立ってたらそのまま寄ってきて噛まれたとか

運動会のPTA種目のつなひきで縄がぷっちーんっと切れるのを木の上から見てたとか

折り紙でだんごむしを何十匹作って対戦させてたとか

 

わぁ、ガキだなぁ、ちょっとレトロだなぁ、という話の数々を

子供に時々聞かせてやることが今の私の役割です。

 

GWは久しぶりに帰省の人も多かったようだし、あちこちで他愛もない家族の歴史が話されたかな。いろいろなちょっとぬくい想いが受け止められたかな。それもまた、家族じゃなくてもいいんですね。人と人とがしょうもない話を共有して、なんだか安心するってことで、世界全体の平和が少しずつ夢じゃなくなる気がします。

 

見た目じゃ通じない、実力と経験の世界

ゲストハウス亀成園はチラシで英語・中国語対応と記載してあります。

アウトドア発信基地と並んで、英語・中国語対応は目を引いてくれる人も多いです。

いちおう誇大広告ではありません。

園主は中国とフィリピンで現地になじんで働いていた経験がありますので。

 

だがしかし、亀成園母は、国際的な見た目ほどには語学が堪能でないのが事実です。ものすごく堪能そうに見えるのは単に血の巡り合わせであって、見掛け倒しの適当コミュニケーションであっぷあっぷしておるのです。

うう、なんというコンプレックス。

コンプレックスというのは本当に厄介なもので

気にしていないようでいて、ときどき不意に自分を傷つけてきます。

強靭なメンタルを鍛え、保つ練習はいつまで続くのか。

ずいぶん遠くに来たつもりで、ふと落とし穴にはまるような時があります。

まだまだ課題があるなぁと。そりゃぁ、課題はあるだろうけれど、結構進めてないなぁとげんなりすることが多いのが、語学習得に関してです。

 

そんなときにこんな話題。と思ってアイデアを温めていたらもう終わってたやん。

やはり縁がなかったのか、この話題。

#もしも英語が使えたら

#もしも英語が使えたら
by クリムゾンインタラクティブ・ジャパン

 

縁がないと注目されることもなかろう。ただ書くためだけのネタということで気軽に書いてみると

「もしも英語が使えたら」

・読める本が増える!英語に限るけど

・字幕なしで映画が見れる!英語版に限るけど

・英語の歌の歌詞も覚えやすくなる!

 

という個人的に楽しい能力に加えて

 

・集客ツール(HPとか紙媒体も)にばっちり使える

・国際的な三重県観光ガイドができる

・電話やメールにもびびらなくてすむ!

 

めっちゃ便利ですなぁ。ええなぁ、ええなぁ。

もしもボックスあったらとんでもなくかっこいい自分になっているのだろうか。

ドラえもんを想像した時点でまあうまくいかないだろうなとも思うけれど

一瞬いい気分にはなれそうです。

 

それでも、語学力ってどんな言語であっても表現力と追加の語彙力はまた別ですよね。

自分が今どのレベルにいて、どのレベルまでほしいのか、きちんと見据えていないとそうスマートに身につくものではありません。

 

言葉を大事にしているからこそ

語学の壁が大きいというのが私のコンプレックスです。

 

うん、もうここまでだね、こんな話題。

結局考察も進まないままでした。

 

英語習得に悩む人はグーグル翻訳などAIの力で昔より減ったのでしょうか。それでもスムーズにもっとコミュニケーションしたいと思う真面目な人が後を絶たないからスクールも進化し続けているのですね。そういえば以前駐在妻になったときは、中国語も習ったものでした。今はオンラインで学べるのですね。

 

 

 

もし子供たちがそのうち留学したいとなったら、どうやって語学力を強化するのでしょうか。「習うより慣れろ」と言いたいところですが、慣れなかった自分を振り返って、習うことも選択肢に入れてあげたいですね。

 

 

英語使えなくてもいいかなという思いもあれば、英語をしゃべる時の人のノリはやはり楽しいなとの思いもあります。気軽に気分を変えたい時、上げたい時に使える。そんなよくわからない動機でも英語が身近になればいいなぁとはけっこう強く思っています。

僕は絶対またここに来る

おかげさまでGWは大忙しのゲストハウス亀成園です。連日あちこちから素敵な友達やご家族が訪れてくれて、山河に囲まれて鶏の声が響く古民家でリフレッシュしてくれています。本当にありがたく嬉しいことです。

私が亀成園としてゲストハウス業をしているのは、高校生の頃に訪れたイギリスで見かけたB&Bという宿スタイルに強く惹かれたこととつながっています。普通のおうちのようなアットホームな小さな宿で、夕食は無くて朝食だけがつくB&B。それもあってゲストハウス亀成園は素朴なB&Bスタイルです。私自身が旅をしていて、更に旅がしたかったこともあって、観光には就職の頃から興味がありました。そして就職活動のときにも観光業やホテル関係は結構チェックしていました。その中でも星野リゾートは説明会にも足を運んで、随分惹かれていました。

多くの経験を積むために勤務地が定まらないのと、勤務時間の多くは休日や人が休んでいる時間帯というのにネックを感じて踏み込めなかったのですが、身につけられたスキルなど沢山あっただろうに、もしかして惜しいことをしましたね。

とはいえ星野リゾート代表の言葉で今も覚えていることがあります。

「ほとんどの人はいつも旅先を変える。その中で選ばれ続けるホテルにするにはどうすればいいかを考えている」といったことだった気がします。

 

確かにそうです。時々は一つの定宿を持つ人もおりますが、多くの人にとって非日常である旅は、やっぱりあちこち行ってあれこれ試してみたいものです。北海道グルメもいいし、大都会の高いところでも過ごしてみたいし、高原もよければ海もいい。その時々でやけに惹かれたところに飛び込んで思い出を作るのです。

また旅行形態も刻々と変わってきており、団体旅行や慰安旅行で定番の宿を押さえるのではなく、個人旅行で情報はネットで取る時代です。だれでもどこにでも行けます。

対して、ホテル側としてはリピーターはめちゃくちゃ有難いです。ホテルに限らず飲食や理容美容などでもですが、既に満足いただいたことのあるお客様と、お互い大丈夫かなぁと気遣いながらのお客様では、安心要素が高くてプラスアルファのおもてなしができそうなのは、前者のリピーター様の気がします。

 

けれど宿でリピーターはなかなか難しい。

そこで星野リゾートはグループとしてブランディングをすることを頑張ってきたわけだし、亀成園のすぐ近くにあるワンワンパラダイスのように会員制グループホテルが軌道に乗りやすいのも、顧客側ともてなし側双方の安心感をベースにしているからですね。

 

とはいってもあまりに小さな亀成園は、会員制にしたり何棟も同時経営するのはまだまだとっても難しいです。一期一会で来てくれたお客様を毎度毎度大切にして、実績や口コミなどで軌道に乗せていくしかありません。だから余計に、別れ際にお客様が

「また来ます」とおっしゃってくれたら

もう、めちゃくちゃ嬉しいです。

 

ほとんどは社交辞令であることはこちらも承知の上ですが、「また来る」「また来たい」にはお互い不快感はないのです。人と人をつなぐ場所としてもリピートの可能性はとても価値が高いです。

 

このGWも「またねー」と何組ものお客様をお見送りしました。再び会える人がどのくらいいるのかはわかりませんが、男の子が一人

「僕は絶対またここに来る」と宣言をしてくれたのは、とてもありがたかったです。たとえもう忘れちまっているにしても、その言葉をもらえたことは誇らしいです。

 

 

リピーターに働きかけるには、現在田舎で数を増やしている農家体験民宿という形態のほうが有効性が高そうです。母屋の一室に泊まってもらい、食事作りなどを共にする宿ならもっとお互いの愛着が湧きやすいそうで、修学旅行の学生たちの一番の思い出に残ったり、故郷のように思ってもらうこともあると、農家体験民宿の先輩方はおっしゃいます。私は料理の腕に自信がなく、おもてなしの余裕もなく、プライベート空間も重視したくて、亀成園は自炊型B&Bスタイルのゲストハウスという形になっていて、申し込んでもらった体験と時々やり取りする以外はそんなに話をすることもなくチェックアウトになります。それでも「また来ます」の一言はお客様の満足度がうかがい知れる一言なのです。

 

宿としてのおもてなしも、農家体験もまだまだ実績不足です。自信も足りていません。

だからこそ、交流できたお客様を思い出し、ご満足の顔を思い浮かべて、積み重ねていきたいです。

 

広々と寛ぐことで満足されるお客様もいれば

生き物との触れ合いに満たされる人もいるし

家主との会話をなにより楽しまれる人もいます。

 

その辺りのことなら、亀成園はけっこうアドバンテージがありそうです。

GWの盛り上がりに調子乗ることなく、磨くことができるかな。

 

訪れてくれたお客様、温かい言葉をありがとうございます。

また来てもらっても満足してもらえるように、ゆっくりと進化したいですね。

 

 

 

野原でサバイバルゲーム(山菜取りの話)

今週のお題「好きな街」

 

暮らしたところが好きな街。あ、街じゃなくてど田舎の集落でしたが、わが町飯高町と誇らしく言えるのは日々ここからの収穫物で美味しく楽しく生きているからです。

猟の獲物や畑の作物、欠かせない卵は園主の担当だけど、山野草は私の手足と知恵なくしては口に入りません。身土不二を体感できる里山暮らしが好きです。

独学で摘み草に親しんで早10年。四季折々、食べられる草はないかなぁといつもアンテナを張ってきました。猛獣でなく草食獣の血が入っているのかもしれません。或いは虫たちか。

 

南大阪にいる頃も、小さな子供たちを連れて散歩をしていて、住宅地になりそこねている空き地や池のほとりなどで野草と目が合うことがあり、調べては味見をしていました。なにせその頃は育児情報におぼれていた頃で、「幼児の頃に野草をかじった子供は味覚がよくなる」という一文を実践していたのです。「一流フランス料理店の名シェフは幼い頃草をかじって味覚を鍛えていた」が元だったかもしれません。我が子にシェフになってほしい気持ちがあるわけではないですが、なんでも食べられる人にはなってほしかったし、なんでも食べられることのメリットは私自身経験しています。英才味覚教育にかこつけて、共に野草をかじっていました。

 

その後、飯高町に移住を決めて、家の前でお父さんが畑を持つことになりましたが、初年度はあらあら散々な成果でした。土が固かったし時期も見極められていなかったし、手痛い経験を積むことがその後活きてくるので何の問題もありませんが、食糧不足のピンチは摘み草体験を深めたい私のチャンスでもありました。

 

まだバイオームアプリも使っていなかった頃、摘み草を調べるのは本でした。

小学校の時からの愛読書である『冒険図鑑』の知識をベースに

写真が多くレシピ付きのカラフルな本で夢をふくらませ

だんだんと魔法使いとしての心得も身につけられるよう、効用も意識して

野草の本も随分増えましたね。

 

時期が過ぎると出会えなくなるし、これでいいのかと散々迷いながらも、少しずつ少しずつその辺の草を見分ける力を育ててきました。

まだまだ薬草使いの魔女には程遠くても、ひよっこでもないなぁという道の途上。「人に伝える」を課すことでもっとスピード出そうだなぁと思ったので、来年から野草探しを亀成園の体験メニューに加えることにしました。その前段階として、ご近所の快いモニターさんと山野草探しをしました。

 

ヨモギやスギナ、フキなんかはもう説明するまでもないと思っていたら、

どうもそうではないみたいです。

一から丁寧に、初心にかえって向き合い直していきましょう。

 

その辺の草が食べられるようになると、どこでも生きていけるような気になります。

人は気に大きく左右されるので、生きていけるような気になったら生きていけます。

すぐに食糧危機がどうこうなることはなくても、自分を取り囲む自然が自分の味方であるという感覚を身につけておくことは、これから生きていくうえでなかなか大事になってくるのではという予感があります。

それこそ戦時中はどの人も生きるためになんでも食べました。好き嫌い以前の問題で、草かじりまくっていました。

現代は野草摘みはなんかオシャレな部類かもしれません。事前の知識がないと難しいところから、ハイソなイメージがあるのかもしれません。

いやいや、私にはただサバイバル力を高めるための楽しい草摘みですよ。

 

あれも食べられる、これも食べられると毎年2つ3つずつでも草と親しくなれば、それはきっと揺るがない武器(知恵)になります。

食べ方は、天ぷらだけでなく、お浸しとか湯がいてとかもっと気楽に、混ぜこぜにして炒めてもいいです。苦味とか酸味とかほの甘味とかいろいろ含んで、自分に春の草の伸びゆく力をプレゼントしましょう。

 

私が庭をそんな目で見ているからなのか、単純に日当たりと水加減なのか、この5年あたりでも庭の有用草はずいぶん増えました。フキもぐんぐん太くなり、三つ葉もあちこちに増え、ノビルやセリも。以前は気付かなかっただけなのかな。散歩中のワラビも増えたように思います。知恵も収穫物もおすそ分けしなくちゃいけませんね。

 

そうこうしてる間にまた草刈シーズンとなって、蛇が怖いのでうちの庭もほぼ刈り取ります。まだ食べられる草はあるけれど、惜しみながらも、また会える。そんな安心感がなによりです。

 

食べることってほんとに毎日のことで、命に直結します。料理が得意でなくても買い物が好きでなくても、生きることは好きなので、焦らず楽しく前向きに、少しずつ使えるスキルを高めていますよ。

 

 

パートナーシップ15年

4月は入学式や息子の誕生日やゲストハウス亀成園の2周年などイベント続きでしたが、こっそり結婚記念日もあったのです。15年を迎えることになりました。

 

10や20より15と25のほうが好きな数字です。

10歳よりも15歳、20歳よりも25歳の方に重みを感じるし

5という数字と相性が良いと感じています。

 

先日結婚15年を迎えて、ふりかえりや気付きなどサラっとしてみると,,,

 

24の時にわりとあっさり姓を改め

駐在暮らしを体験させてもらいながら

テンポよく4児が加わってくれて

6回目の引っ越しで飯高町に落ち着いて

自営の道をもがいて力を合わせてここ数年。

 

あっという間というより必死こいてなんとかやってきました。掃除と食料集めはわりと好きだけど、洗濯と片付けはとことん苦手な私です。ごちゃついた空間で、家族みな病気もせず騙し騙しなんとか生きているのは、痒いところに手が届く旦那様のおかげなのです。

パートナーは見つめ合って立ち止まるより、同じ方向を向いて共に進むのがいいと言われています。亀成園を協働する以前は「外で稼ぐ人」、「内で子供と共に居る人」という役割分担で、ありがたみは深かったけれどなんだか自身の虚しさがありました。

 

共に亀成園を始めることになってからうまくいったかといえばそうでもなく、ぶつかることも多かったです。まあ何についてもお互い忍耐せずに態度に出したり口に出したりしているので、穏やかな日々ってあまりないのですが、本当にすったもんだ年月を重ねてきました。

育児についても最初から協力的ではありましたが、「協力してもらっている」となるとなんだかこちらに負い目ができます。「好きに動いてもらっていて、それがなんだか居心地がよくて子供たちも楽しそう」が理想ですが、なかなかその形が見えてこずに

「相手になにも非が無いのになんだか不満がある」

という時期もありました。

 

なんだか居心地がいいなぁと気付けば感じるようになってきたのはようやくここ2年くらいでしょうか。協力でなく協働が形になってきた頃と重なります。

 

15年、本当に山あり谷あり日照りあり荒波あり、まあでも元気にやいのやいの力を合わせてきました。当初の人間関係と現在はずいぶん変わっており、15年の間にすり抜けていった人たちも多くいます。でも、パートナーはずっと変わらなかったですね。

 

たくさんの小説や漫画を読んで育っている私は、結婚への固定観念や偏見は全くありません。適齢期や形式にこだわりもありません。ただ単に自分の子供は4人以上との予感があったので、同年代の中では早くに育児ステージに入っただけで、仕事に没頭できなかったことのマイナス面は十分すぎるほど感じました。20代は遊んでいたかったという気持ちもくすぶらせていました。誰が遊んでくれたのかはわからないですけどね。

 

人生なんだってとりあえずで進んでいます。一期一会だけではないけれど、とりあえず動いてみることを続けているだけで、15周年まで来ていました。これからどう進むかわかりませんが、協働できればそれなりにいい感じに続いていくのでしょう。この地域での自給率を高めながらの暮らしはとにかく課題が多いので、協働には最適です。昨年度からは暴力的な風力発電計画に立ち向かうという強烈な課題もあったので、否が応にも力を合わせることになっています。力を合わせたり無駄に対立したり、まあ一筋縄ではいきませんが。

 

○○周年ということで、それっぽい話題も少し。

私自身は金婚式にしか興味がなかったのですが(昔映画で観て子供たちと老夫婦のオムニバスストーリーがやけに面白かった。タイトルも忘れていますが)

旦那様は○○婚にちなんだグッズを探すことを自身に課しています。ちなみにいろいろ探して結局酒器になるというパターンが多いですが。

www.kawaii-art.jp

 

15周年は水晶婚というそうです。

水晶といえば、昔話では再生の前の眠りというモチーフでよく出てくるなぁ、憧れの占い師の玉は水晶だったか、それとも水晶ってハンコの材料かなぁと、ぼんやりとイメージが湧きますね。湧かないかな。

 

そういえば、結婚式の後、ナルハヤで自分で買いに行ったのは新姓のハンコでした。大阪の地下街で探したはんこ屋さんで作ってもらったハンコを今も使っています。でもそろそろ更新してもいい時期なのかもしれませんね。最近よく見ているハンコ屋さんのサイトが以下↓ フォント好きのツボが押されます。

 

 

【シークレットメッセージ】

15年の間懲りずに見守って下さり手を取り合って下さり、ありがとうございます。本当に本当におかげさまで、元気に楽しく生きています。子供たちもお父さんの背中を見てたくましく、お母さんの行動を見てふてぶてしく育っています。日々の家畜の世話に、猟仕事、四季ごとの農作業、住居や敷地の管理や修繕にいろいろ増えてきた地域の仕事など、たくさんの役割をありがとうございます。食べさせても食べさせても身にならないお姿に多少の責任は感じておりますが、セルフイメージなのでしょうね。

 

いつも私の話を聞いてくれてありがとう。

わからないことを教えてくれてありがとう。

面倒くさいことをさらっとこなしてくれてありがとう。

家族の食料を確保してくれてありがとう。

あとはもう思いつかないけど、一緒にいてくれてありがとう。

 

もっと役に立つパートナーになりたいなとやっと思えるようになりました。

 

 

 

 

親子山村留学は通じる言葉なのか

2019年度から細々とではありますが

山奥の最高に素敵な小学校存続のため

移住促進も兼ねて小学校を親子山村留学という形でPRして、問い合わせを促したり学校見学の機会を設けたり、住居案内や住居発掘といったことを

地道に粘り強く続けています。

 

粘った甲斐あって、昨年度2組の親子が山村留学生(1家族は移住)として香肌小学校の仲間になってくれることになりました。

0が1となり2になった結果は本当に夢のようです。

 

だがしかし、小学校の存続のためにはここからもっと盛り上げていかなくちゃなりません。

毎年2家族くらいをコンスタントに呼び込むことができれば、小学校、そして地域の存続は現実味を帯びます。ちっとも不可能じゃありません。

 

その時に発信するための言葉として

「親子山村留学」や「山村留学」は果たして適当なのかという思いが湧きました。

確かに「山村留学」をキーフレーズとして盛り上がってきた学校は多いです。その場合は決められた住宅があったり、寮母さんもいて、小学生だけ親元を離れての数年間(一年でも)の田舎体験は都会の親子からのニーズが高いです。

 

教室では学べない生きた教育とか、

稀薄になりまくりな人とのつながりを濃くすることは可能であることを子供の頃に実感してもらいたいとか、

子供としても、その後に受験の荒波に放り込まれることをわかった上で自由な一年がほしいとか

夏休みキャンプの解放感が忘れられずもっと自然に囲まれて過ごしたいとか

 山村の引力はどうしてなかなかのものです。


最近では高校生対象で地域未来留学といって、地元から遠く離れた地方の高校に通うことを選ぶケースも増えています。その場合はもちろん親は同行せず、高校生だけで新しい地方に飛び込み、その時にしか体験できない学びを深めます。

 

高校生でなく小学生であっても親は同行せずに子供だけで生きる力を高めてほしいというニーズは高いようですね。実際、昨年度に三重県内の街中で暮らしてきた6年生の子が7月から卒業までを飯高町で過ごしたという事例もあります。香肌小学校ではなく隣の学校ですが、本人にも家族にも地域にもとても良い体験でした。幼少期からキャンプで訪れていて、預かってくれるおうちもあったことから実現した事例で、受け入れ先がなければ続くのは難しいのかもしれませんが、「小学生一人移住」との新聞見出しもありました。だんだん移住という言葉は一般的になってきましたが、山村留学は果たして。それも親子となれば。

 

かなりいろいろな方の伝記や自伝などからも子供時代を自然に囲まれて過ごすことは、その後の活動に大きな良い影響があることは間違いなさそうだと気付く人は多いのです。

けれどそれが子供には必要であっても

親も一緒にとなると望む人はぐんと減ります。

子供に自然体験をさせたい多くの親の希望は、自分は暮らしを変えずに子供が勝手にたくましく育ってくれること、更にそれがその後の人生にも活きること、なのです。

 

だから香肌小学校が「山村留学」で網を張っていても、ここは子供だけじゃないのね、とスルーされてしまうのが普通の流れです。そして「親子山村留学」という言葉の認知度はまだまだ限りなく低いです。

 

だったら、どう伝えればマッチするのか。


子供と共に親も生き直したい。

子供時代の憧れを子供と一緒に体験したい。

一年くらいなら人生寄り道してちっとも構わない。

とにかく面白いことに飛び込んでみたい。

 

そう思う親(特に母親)はどのくらい点在しているのでしょうか。そしてその人たちはどのような言葉を求めているのでしょうか。PRする立場としてここが本当に知りたいことです。

 

子供が就学前と就学後ではまた使う言葉が変わりそうですね。

兄弟の多い家族と子供一人の場合でも。

故郷と呼べるおばあちゃんちがある人とない人でも。

 

コンセプトとしては「親子山村留学」でいいのですが、もっと呼び水となる言葉が欲しいなと思っています。

「田舎で子育て」は漠然とし過ぎだし

「親子で生きる力を底上げ!」にピンときてくれる人がいればよいけど

それより「野生児募集!お母さんも一緒♪」のほうがいいかな。暴れ過ぎですかね。

 

「地域丸ごと動く図鑑」

「猿よりたくましく育つ家族に」

「最高の学童期を見逃すな!」

 

もう見事に空回りです。

神様どうか私に言葉を与えて下さい。

誰を通じてでもいいです。

今はそんな状況にあります。

 

今の時代、働く場所に縛られなければ、どこで生きていくことも選べます。便利な都会に居続けたい人はどんどん減っていく時代に変わっていくでしょう。地方が受入歓迎から受入過多になる前に(まあだいぶかかるでしょうが)、動く人は早く動いた方がいいです。子供が小さいうちだけでもという思いから、家族皆ここでいいやんとなる流れがたくさんの人に実現すればいいです。こんなところで過ごしたいなぁの想いは、実現できるんですよ。一朝一夕では難しくても、だんだん生きる力は身につきますよ。

 

求める人に突き刺さる言葉にさえたどり着ければ

こちらができることは大体決まってきて、丁寧に出会いを大切にしていけば、なんだかできそうな気もしているのです。親子山村留学の促進が!

だからもうとにかく、「はじめに言葉ありき」を体感したい。

宇宙に散らばる確かな言葉をつかまえたい。

なんだか壮大な妄想に入りそうです。良い夢を見て、実現していく喜びを感じたいです。これもまた、もがいた末の役得ですね。

 

 

おすそわけのハードルは限りなく低く

移住促進活動なんかにぼちぼちと関わっていると

田舎暮らしへの憧れと同時に、漠然とした不安みたいなものは耳にすることがあります。

実際移住されてきた方の戸惑いなどに触れることも少なくありません。

 

田舎暮らしの不安って

・仕事場

・子供の学校や習い事

・病院や公共施設

 

といった大きな側面の他に

・周りの人とうまくやっていけるだろうか

・一年を通じて快適に過ごせるところだろうか

・意外とどんなところにお金がかかるのだろうか

 

などもあります。それぞれ掘り下げておきたいところですが、人それぞれだったり環境が違うので何とも言えないこともあったり、ケースバイケースでありますが、考えが深まったらまたまとめてみたいです。

 

そしてまた、些細なことのようですが

「何かもらったときのお返しをどうしたらいいのかわからない」という声もあります。田舎暮らしを始めて周りの人との関係性ができてくると、思っても見ないほどいただきものが回ることに戸惑う人は多いです。そして何か返さなくちゃいけないのに何も返すものがないと心苦しい思いをすることもあるのです。

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 私も最初の頃はなんだか罪悪感が溜まってきたこともありました。なにせたくさん回してくださるのです。子供がほぼいない地域に小さな子供を何人も連れてきたもので、服やらおもちゃやら、お菓子やらなんやらかんやら、どさっといただくことが多くて、ありがたいやらどうしようという気持ちもあるやら、正直困ったなぁとも思いました。

うちまで持って来てくれて、「押し付けてすまんな。要らんだら捨ててくれてええから」とみんな口をそろえておっしゃってくれますが、はいはい、捨てときまーすというわけにもいかないし、すごく有難いのもあり、もやんとしていたのが本音です。

 

またその頃は、それまで何度も引越しをしていた暮らしに区切りを付けて、もう定住するぞ、引越しのチャンスは少ないぞ、自分できちんと物の管理をしなくちゃいけないぞと思っていた頃でもあります。断捨離メルマガを購読していた時期でもあります。

モノを減らさなくちゃと暗示をかけているのに、どさっとくる。

しかもお返しするものが何もなくて、それもなんだかプレッシャーがかかってくる。

 

そんな私をすくい上げてくれたのは、ある篤農家さんでした。畑にどっさり作ってしまって「助けてんかぁ」と持って来てくれるのです。「いつもすいません。何をお返ししたらいいか」と漏らすと、「わしもこの歳まで生かしてもろて、ずいぶんええ思いさせてきてもろたから、徳を回そう思てな。ほんまにそう思とんねん」とうなづきうなづき伝えてくれました。

 

 何かがパチッとハマった感触って時々あるものです。

 いただいてすぐにお返しをしなくても、いただいたなぁ、有難いなぁと一旦受け止めると、また他の形で回したくなるものです。本人に直接返すとキャッチボールですが、巡り巡って将来別のどなたかに返してもいい。そう思うと、今無理に出さなくてもいいと気が楽になりました。

 

 何年も経って、この地域にも新しい若い家族がやってきました。またいろいろな方が徳を回しています。私もお福分けなどさせてもらうこともありますが、もらい過ぎてこっちまでくることもあります。ここが回すチャンスかなと思っていたら、まだそうでもないようです。次の方、次の方、バトンはつながれていくのでしょう。

 

その間にも私のもらい分はまた溜まって、亀成園の卵でお返しをすることも増えましたが、返しきれてない分があることを知っています。けれどそんなに気にしなくなりました。「どうぞ」と差し出されたものに壁を作らず、「ありがとう」と受け取ることもまた、別の意味であげることなのです。心地よくいただくことであげた人がちょっといい気分になるのなら、にっこりもらうことに負い目を感じなくていいのです。そしてまた循環させていく機会があれば回していく。当たり前に流れに乗れるまでは上手でなくてもいいのです。

 

たくさん受け取ると、たくさん与える人に

たくさん与えているからたくさん受け取る人に

 

こういうのはもうなんだか、バランスの話なんだと合点がいくようにもなりました。

 

どうぞ。どうも。

もらっちゃってください。いただいちゃいます。

もらってもらえて嬉しいです。こちらも嬉しいです。

 

ちょうどいいバランスで双方よし、そしてまた次の流れで三方よしにつながっていけたらいいですね。

 

お返しで思い出す絵本が、そのまんまですがこちら。返し過ぎるとどうなるか。

 

与えまくりでどうなることかと思いきや、なんだかいい感じになった絵本がこちら。

 

与える人が成功しやすいと言われると、もらいっぱなしではいけないような気になって、与えなきゃ与えなきゃと思うのかもしれませんが、いただくことを自分に課していた偉人もいます。

お釈迦様ですね。何も持たず托鉢に出かけ、目の前の人が自分に与えるという機会を生み出してあげていたそうです。お金持ちはよく寄附をされますが、皆が皆「持てる者」だったなら寄附や布施の機会もないわけで、徳が積めません。そう思うと「持たざる者」って別に劣っているわけでもないかな、とも思うようになりました。

だいぶ混線しましたね。

とにかく、田舎暮らしのハードルはもっと下がっていいので、

「おすそわけは気にしなくていい」を今回は伝えておきたいです。

頂いたならその分また未来で返せばいい。

 

「迷惑かけちゃいけないからすぐに返さなきゃ」よりも

「受けた恩は次の世代へ」のほうが、子供に伝えることとしてもしっくりきませんか?

 

もう十分受け取っている。すぐに徳を積みたい方は、未利用魚を活用し、お裾分けにもよさそうなこんなサブスクリプションはいかがでしょう。流通ビジネスの一つとしてちょっと注目しています。