勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

ふわっと感じる幸せを。家族で海釣りしてみてる。

息子とお父さんの楽しみとして、時々海釣りをすることがあります。

ここは三重の山奥ですが、海にも1時間少しの距離で、空いている漁港でのんびり釣りをすることができ、だんだん腕も上がってきたので、最近海釣りの機会が増えてきました。

お父さんがドはまりでもなく、息子はいつでも行きたいけどどうしてもというわけでもないといういいバランスで、ぽっかり空いた休みの日なんかに楽しんでいます。

1年前までも何度かトライしていましたが、ぶっちゃけほとんど釣れずに時間が過ぎていて、ちょっと空しいような海釣り体験ばかりでした。周りの人らはどんどん大物を釣っているのに自分だけちっともかからないなんて、私ならあっという間にすねてあきらめてしまいそうです。お父さんは粘り強さが持ち味で、息子も(娘たちも)負けず嫌いです。だから楽しみとしてキープしたまま、釣れる時間帯をピンポイントで狙って、肩ひじの力を抜いて通うようになったら、あらあらと釣果が上がってきました。

釣り続けるのは息子で、娘たちは気が向けば。

お父さんはサポート全般と自分の腕も上げて楽しんでいます。

私はといえば、2回に1回くらい付いていくものの、なんか海が近付くと寒くなって眠くなって、しばらく車で寝てるのです。そんなひと時も家ではなかなかないのでありがたくて。頭がさえてきたら親子の釣りの終わりかけくらいにフラッと漁港に出て、静かに楽しそうな家族と静かで美しい海を眺めてうっとりするのです。

夕陽を見て、電車の音が聞こえて、波の音、魚の音、ちょっとはしゃいだ子どもたちの声など聞こえて、私は今海にいるなぁってことをしっかり味わうのです。

そんな贅沢な休日がチラホラあるのが最近です。

 

まだ小さい魚ばかりなのでちっとも派手ではない海行きです。

先日帰る頃に同じ漁港で座布団くらい大きなヒラメを釣り下げている人がいたことに比べれば、数十匹の小魚は、そりゃぁ雑魚と呼ばれるでしょう。

でも、贅沢だなぁってしみじみ感じられるのが現実なのです。

数十匹の魚を下処理して調理するのも、なんだかんだと一緒に淡々と。

さっぱり薄味でなんぼでも食べられる魚をちょうどいい量いただきます。

 

海が豊かでよかったな。

無理のない道具と仕掛けとエサで、腕が上がってきて素晴らしいな。

いつも一緒というわけではないけれど、家族の時間をていねいに感じることができるのは人生においても価値が高いな。

そんなことを噛みしめることができています。

 

そのうち子どもたちはすっかり大きくなって、ぽっかり空く時間もないかもしれません。一緒に居てはくれなくなるかもしれません。

逆にもっと小さい頃は親の方に心の余裕がちっともなくて、一緒に居てくれることの有難みを知りませんでした。

 

何の主張もなく、ただいい感じの今を少し書き残しておきたい。

ふわっと噛みしめた薄味の幸せを、自分の内側で温めていたいのです。

釣れた魚の一部は犬や猫にも。

下処理した部位は鶏に。

分け合って成長していった時間を少し留めたくなります。