勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

飯高で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

宇宙旅行のその先に

飯高町のコミュニティスクール制度を利用した取り組みの一つで、元宇宙飛行士の講演会という、贅沢なイベントがありました。TBSの特派員として、日本で初めて宇宙ステーションに行った秋山豊寛さんが、峠を越えた大台町に二年前から移住しておられることを知った、コミュニティスクール関係者が、招いてくれたのです。つくづくいい時に居合わせたものですよ。

金曜の夜、朝からずっと続いたエラい雪で、道は滑りかけておりましたが、諦めずに訪れた甲斐はありました。

秋山豊寛さんは確かに滅多にない宇宙旅行の経験者としてそのお話もしてくださいましたが、テレビ局を早期退職して、農業を志して一度福島に移住されています。それが放射能で続けられなくなり、京都の大学で教授職をされてから、こちらに移ってこられたとのことです。

宇宙はすごいぞ、子供たちよ、宇宙に飛べ、というメッセージではなく、その後の人生を考えに考えて、「農業をして、自力で生きることこそ必要だ」と伝えてくださいました。

超エリート、どこを切っても賢くたくましい大先輩が、なんだかちょうど同じようなことを考えて伝えてくれたのは、私の人生にはたいした支えになりそうです。

宇宙ステーションでの映像や、宇宙から地球をずっと観察して感じられたことなどもどれも面白く、はるか上から地球が朝日や夕日に染まっていく様子は聞いただけで涙が出ました。でもそれ以上に響いたのは、悪ガキだった子供の頃のちょっとした話や都会から一気に田舎に移って前向きに四苦八苦されている話です。

質問者たちからの若干悲観的な、切実な悩みにも、しっかり突き抜けて楽観的というか、真の頭と心でしっかり答えて頂きました。制度がどうあれ現状がどうあれ、今これからを生きていくのは自分たちで、できることはいっぱいある、田舎暮らしの自分たちは全くもって生き抜ける人たちだと、強く後押しをして頂いた感じに私は受け止めました。

人との出会いが未来を作っていくのなら、家族そろって雪の中会いに行った縁と価値を信じていきたいです。子供たちの未来がここにあるのか宇宙ステーションにあるのか他の星にあるのか、それこそ可能性は星の数ですが、私とお父ちゃんがここで根を張って踏ん張っている限り、きっと飢えずに生きていけます。すぐにじゃなくても、きっとね。