勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

移住したい人に必要な情報は「脱サラしたこと」ではないと思う

 自給自足を大方実践し、田舎で農家体験のできるゲストハウスを営み、移住促進事業に際してなんだか出番の多い亀成園は、時々ですが取材を受けることがあります。

新聞記者さんや雑誌記者さんなどメディアの方が、ご自身の目線で紹介してくださるのはとてもありがたく、どんな風に見られているのかの興味もあり、時間をとって話をする機会を設けます。亀成園家族が精一杯試行錯誤して、体当たりして豊かさを享受する今の暮らしについて、心を込めてお話し、伝わったかなと希望を抱いて話を終えるまではいいのです。後日出てきた原稿に辟易することがもう何度目か。

 

 原稿書くのをお任せしていますし、話が下手だったかもしれないので、あまり文句も言えないのですが、流石に何度目かでちょっと腹立ったので珍しく愚痴りそうです。何も誰も批判はしないと決めているのに、グラグラ。とはいえただ「わかってもらえないよー。いい加減にしてよー」とわめいてもどうにもならないので、私がどんなことを伝えたいのになぜ伝わらないのか、どうしてすれ違いが起こってしまうのかを、自分なりに必死で考えてまとめてみます。

 そうすることで次に話をするときはすれ違いが少なくて済むはずです。

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 何に立腹するかと言えば、話をして何日か後にまとめてもらった原稿での話の中心が、

里山で必死に暮らしを模索し、豊かな未来を残そうとの希望をつなぐ亀成園のこと」ではなくて

「大手企業から脱サラして農業に挑戦し、家族との時間を大事に第二の人生を過ごす、憧れの自給暮らしを手に入れた男の話」になっているからです。

・脱サラ

・独学で農業

・自由な時間

こうしたものを謳歌する男に憧れるサラリーマン男性はやはり多いのだろうと思います。特に人口の多い中高年男性で働く意味が少し揺れている人には魅力的なのでしょう。こちらを取材するのは自身が時間に追われる記者などメディアの男性です。どんなスケジュールで暮らしているのか、前職は何をしていたのかなどを聞き、自分の興味のままに記事がまとまるとどうしても、「元企業戦士が自給暮らしに挑戦!」といったストーリーが好ましくなって書いてしまうのでしょう。

 

だがしかし

記事に触れてほしいのは誰なのでしょう。

 

記者さんと同じ立場の「脱サラに憧れるけれど自給暮らしするのもなぁと、社会的立場も家庭での立ち位置も気にしながら、そう悪くない現職を一所懸命こなすおじさん」ではないはずです。新聞ならまあそういう読者層が一般なので、それでもいいのかもしれませんが、移住促進を目的としたメディアで、「こんな前職についていた人が田舎にいますよ」をPRしても、ちっとも響かないと私は思います。

 その前職が余程面白い職(落語家や宇宙飛行士、棋士や騎手、タカラジェンヌなどそうそう出会わない仕事を経験してきた人たち)であれば、その人自身に俄然興味が湧きますが、上場企業に勤めていたと言われてそんなに興味が湧くでしょうか。私の信条の一つは「仕事に貴賎なし」でありますし、上場企業ももちろん大切な仕事でそこで一所懸命に働く人の話は大きな価値があると思います。今そこで真剣に働いているならその話はおおいに盛り立てるべきだと思います。マジに仕事に取り組む人の話はいつだって聞きたいです。

 

だがしかし

今、全然違うことをやって必死で生きているなら、前職の話って価値あるのでしょうか。今何を思ってどんなことをしているのかに重点を置かねば無意味ではないでしょうか。移住前がどうあったにせよ、人生を動かそうとしたのはなぜなのか。価値観の大変換があったから暮らしの大変換につながったのです。肩書にしがみつかないから自由を手に入れたのに、いつまでその色眼鏡に縁どられてしまうのでしょうか。

書き手と読み手の立場や思いが一緒ならそれで「そんな暮らしもいいよなぁ。でもなかなか難しいよなぁ」で終わっていいのかもしれません。けれど取材されたこっちにはちっともよくありません。移住促進につながると思って話題に出してもらっているのに、よくある脱サラ農家ストーリーに当てはめられただけで結局誰も何も動かないのでは、何のために時間をとって話をしたのか意味がわかりません。腹も立つというものです。

家族で田舎暮らしのキーになるのはお父さんよりお母さんの声なので、母目線に響くように作ってくださいと釘を刺しておいたのにも関わらず、男性記者好みのストーリーに仕立てられていたので余計に腹が立つのです。

 

読み手が本気で移住に興味のある人ならば、知りたいのはきっとこんなことです。

・移住した大きな動機

・決め手となったこと

・移住前と移住後のギャップ

・今の暮らしに対する本音

・未来への展望

 

こんな話をしたほうが余程参考になるのではと常々思うのです。

そして上記にたいする短い答えは以下です。

→子供が伸び伸び育つ環境のために

→土地と住居との出会いがあったから

→生計を立てるのは並大抵ではないが、工夫次第

→家族で共に苦労をし、日々発見や学びに満ちた暮らしは楽しくて仕方がない

→ここでずっと生きていくのにはもっと仲間がほしい

 

これらに興味を持ってくれた方に情報が届いて、未来の仲間につながっていく一助となるのなら、時間も精神力も奪われる取材だって受けようではないかと思います。

 

そうでなく、「脱サラして自給暮らしとか憧れるよねー」で終わる話なら、金輪際お断りしたいです。時間を奪われるだけなのは、もう許さなくていいなと思います。

 

こんなすれ違いがどうして起こってしまうかの考察がなかなか進みませんでした。立場の違いや考え方の違いが大きいのなら、メッセージは伝わらないのでしょうか。メディアを担う多くの人が本気で移住促進を考えていないのに、移住促進メッセージを出しても無意味なのでしょうか。そうではないはず、どこかでつながるはず、伝わるはず、そう信じてメッセージを磨いていきたいものです。

 

田舎暮らししたい方、いつまでも悩んでいる時間はありませんよ。

でもまずは一度でも足を運んでみることです。亀成園じゃなくても全然かまわないので、農家体験民宿に行くとか移住支援の窓口を訪ねるとか、お金を払ってでも移住した人の話を聞くとか、行動してみなくちゃ動きません。

 

さて、この話はどこにつながっていくのでしょうか。頭を冷やして柔らかく毅然と対応しなくちゃいけませんね。愚痴が多くなり申し訳ありませんでした。もっと伝わりやすくて使いやすいイメージをまた練り直していきたいです。

 

ああ、カッカとしてしまった。次に進むために必要なことだと思いたいものですが、落ち着いたら自己ケアが必要ですね。