勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

爽やかな稲刈り

10月の亀成園ハイライトはなんといっても初めての稲刈りだったのです。上の娘二人は小学校でもやったことがあったので初めてだったのは両親なのですが、鎌を持って田んぼに入り、ザクザク刈って束ねて干す、という昔ながらの田んぼ作業がアラフォーになってようやく体感できたのは私にとっては大きな大きなことだったです。そして家の前にはさ掛けした稲たちがあるのもいいもので、通りがかりにわざわざ車を止めて写真を撮る方もいることで、ますます上機嫌にもなろうものです。

 

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自分たちの米を毎年作る、作れるという営みと自信は、これからの時代、絶対取り戻さなくちゃいけないと思うのです。自然回帰思考の変わった人々が先陣を切り、そのうちもっとみんなができるようになり直したらいいのです。前時代と未来は混じればいい。口と手足があるのなら、食べるものを作ることは大事なことなのです。と鼻の穴に力の入りそうな気合に反して、うちのお米ができる前に飯南のお米屋さんで購入したお米(ミルキークイーン)が現在我が家で大人気です。飯高飯南地域の米作りを守ってくれている大事なお米屋さんのお米なので、美味しくてなによりなのですが、自分たちのお米よりも美味しそうな気がして複雑ですよ。ま、それでもいつか自分ちのお米が一番と言えたら幸せなだけの話で、最高でなくてもなんでも作っていくのです。

 

とここまで前置きで、本題は亀成園ではなく近くの町で田んぼを習ってきたところでの稲刈りの話です。前にうちの稲刈りを記事に書きましたが、私はおおいなる勘違いをしておりました。稲刈りは泥まみれで行うものではありません。秋の乾いた爽やかな田んぼで行うのが本来で、泥田んぼは非常事態だったのです。

 

やっと雨の降らなくなった秋の週末、すっかり実った田んぼを訪れました。ここの地域では四月に田植えをして八月末には刈り取る機械での農法を行なっている方が主流ですが、自然農法を実践する師匠さんと仲間たちは、遅く植えて遅く刈る昔ながらの米作りをしているので、近隣の何ヶ所かもまだ刈っていなかったり、刈ったばかりでハザ掛けしてあったりとノスタルジックなところなのです。泥まみれになる気満々で訪れた亀成っ子たちは、水はけのいい田んぼではちょいとおかしかったですよ。

 

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作業として、刈って束ねてくくって干す、は同じなのですが、田んぼがすっかり乾いているので、束ねた稲をその場に置けるのは大違いでした。刈ることに専念して、その後くくることに専念し、改めて干す場所を作ることができるのです。一日で行うのはたいした仕事量ですが、師匠さんご夫妻と弟子の二家族のうち大人四人と亀成っ子シニア二人が働き手となり、八名がかりで五畝の田んぼなので、無理なく作業できました。まだ小さな子たち四名はときおり手を貸してくれたり自由に遊んでいたり、それはそれで大事な役割でした。爽やかな田んぼの周りで遊ぶ小さな子って絵になるのです。この子たちがすくすく育つように頑張ろうって真っ直ぐ自分の心に響きます。

 

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あっという間に刈り終わり、ワラで束ねてお昼を挟んで、竹でのハザ作りも教えてもらいました。長持ちするには竹より台にむいた木材がありますが、量が必要な時に竹は便利です。なんでも八月から十月の新月に切った竹が保ちがいいとか。師匠さんは知恵の宝庫であります。ハザ作りの時、私はちびっ子たちのそばにいたので学びはお父ちゃんと姉たちに任せてしまいましたが、杭を打ち紐でくくりという昔なら基本的な作業も現代っ子(大人含む)にはなかなか難しい。だんだん取り戻していくのが楽しみです。

 

 

とまああれこれあって、爽やかな稲刈り終了です。二週間くらいでさっぱり乾いたら脱穀、籾摺りなどを経て、やっと玄米になります。きっとちゃんとできるのだろうけど、まだドキドキな今がなんだかとても楽しいです。

 

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