勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

浜辺の歌を届けたい

京都に実家が移って20年以上経つのに、未だに大文字の送り盆を見たことがない私は、よほど京都と相性が悪いのかもしれません。この時期に灼熱の盆地を訪れる気がしないので学生時代からひたすら逃げていた結果なのですが、とはいえ送り火が8月16日ということは知っているのです。よく登った大文字山と他の場所にも盛大に火が燃えて、それぞれの人が冥府を想う時が長い歴史の中で培われているのですね。

 

お盆の季節にあちらからの訪れがあるのかはわかりませんが、来てほしいなというこちらの気持ちは大事にしたいです。会えなくなっても忘れずに思い出すことで、話したいことを自分の中で膨らませることで、生きている人は今の人生をより尊く感じることができるのですから。

見ていてほしいな、見守っていてほしいな、まだ会えないけど会いたいと思って待っていてほしいな。そんな時間を過ごすために送り火の習慣があります。

 

昨年、こちらの地域に来て出会った本当に素敵な人にもう会えなくなってしまうということがありました。歌が大好きで友達が沢山いる彼女にとって、私は極最近の友人の一人に過ぎなかったのですが、私が書くことを楽しみにしてくれていて、認めてくれていた大切な人です。

 

よく歌う人でした。得意はゴスペルで、流行りの曲も懐かしの曲も、満遍なく好きな歌を歌っている人でした。そんな彼女が歌っていた曲の一つで、印象的だった曲を、つい先日アンサンブルで演奏する機会がありました。演奏の機会すらもう何年もほとんどなくなっている中、お盆の時期に舞い込んできた話でした。正直なところ今年は練習不足甚だしく、人に聞かせるレベルではなかったのですが、『浜辺の歌』はどうしても吹きたかったのです。

 

ホルンの波の調べにのせて、トランペットがメロディーを吹く楽譜です。アンサンブルはいつも5,6人で上手な人の影に隠れるようになんとかついていっているだけの私ですが、この曲は2人で吹く編成でした。つまり責任重大、やば過ぎる3分間でした。

でも、心から、吹きたかったのです。

空から、聞いてほしかったのです。

 

高い音を外すわ、伸びが足りないわ、なかなか苦しい出来ではありましたが、泣くこともなく一所懸命吹いた音は、もしかしてどこかに届いているかもしれません。任せてられなくて出てきて歌ってくれたらいいのですけどね。

 

40年生きていると、会いたいのにもう会えない人もチラチラ増えていきます。普段は空しさに引きずられることもなく前だけ向いて生きていますし、まだまだ新しい命にも会えることもあって希望たっぷりですが、早くに別れなければならなかった人はなぜか皆、思い出のスイッチが入る歌があります。音の記憶に刻みつけていくとは、どいつもこいつもチクショーめって小憎くなりますね。

 

まだうんと先ですが、私にも結びつく歌があるのでしょうか。どうせなら自分が作詞をした歌があればいいなと、また野心が育ちましたよ。そうでなかったら、一番上手に演奏できた曲かな。それって何かあったかしら。一番好きな曲かな。それって何だったかな。

まだまだ選び抜いて磨き抜くまで、私の一曲は決まりそうにないです。

そのうち好きな歌を10くらい絞ってリストアップしてみたいですね。

今までで一番困難極めるリストアップになりそうです。

 

浜辺の歌、イメージを高めるために随分いろいろ聞いてみましたが、この二つが好きです。古き良きに過ぎるけれど、美しい声を持った美しい女性って、キュンとしますね。


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良く歌う人は、良く飲む人でもありました。数えるほどですが、楽しく飲めたことが宝物です。