勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

山村留学促進のため、複式学級のすごさを語ってみる

日本の小学校に関わって7年目になります。

松阪市で一番小さな香肌小学校から、無限の学びをいただいています。親子共が心から満足して公立の小学校と関われるとは、今更ながらなんて素敵なご縁だったのでしょう。

長女が小学校2年生の途中からで、今年度4人目が入学しました。

少ない児童に占める割合といったらそれはもうなかなかのもので、それでも全部は把握しきれなほどの体験学習をさせてもらっています。

 

香肌小学校のHPへようこそ - 松阪市立香肌小学校 

ホームページにもあるように、香肌小学校の大きな特徴としては

・自然に囲まれた環境

・豊かな体験教育

・地域の人とのつながり

・きめ細やかな教育指導、配慮

・実は先進的な英語やICT教育

などが挙げられますが、

 

・児童同士の距離感

・児童と先生方の距離感

・保護者同士の距離感

というのも、なかなかどうして素晴らしいところだと思っています。

もちろん児童によって、保護者によっての違いはあれど、全体としてゆるく仲が良く、礼儀正しいというのが香肌小学校の特徴なのです。

 

そしてそれを支えているのが

【複式学級の存在】ではないかと思っています。

 

複式学級とは、複数の学年が一つのクラスになることで

単式学級とは違い、いつも少し上の学年や少し下の学年を身近に感じながらの学校生活になります。学年ごとの教育課程というのはあるので、全部が同じ授業なわけではなく、生活や図工などは同じ内容を学びながら、算数や社会などは学年ごとに分かれるなど、先生方がパズルのように工夫を重ねて授業をこなしてくれます。

 

国語や算数は積み上げ科目なので、1年生から順番に習っていかなければ身に付きにくいですが、音楽や道徳などは6年間通じて何を学習したのかをカバーしていれば、順番の入れ替えは可能です。3,4年生の社会も同時に学ぶことができます。先に4年生の内容を学び、次の年に3年生の内容を学ぶというスタイルでやれば、社会見学なども複式学級で出かけることが可能です。でも確か5,6年生は理科も社会も分かれていました。その場合は専科の先生に入ってもらって教室を分かれての授業になります。

 

そして複式学級名物とも言われる「渡りの授業」というものが国語の時間に行われています。

どういうことかといえば、同じ教室の前と後ろに分かれて他学年が陣取っており、先生は前後2つの黒板を使って、同時に授業を行います。

そうなると児童が先生から聞くのは授業時間の半分となり、残りの時間は自分たちで授業を進めるということになります。ちんぷんかんぷんですかね?

 

もう少し追加すると、例えば国語の場合、先生が片方の学年に教科書を読んだり課題の説明などをしている間、もう片方の学年は与えられた課題について話合っていたり、大事なところをノートにとっていたりします。授業の係が決められていて、それぞれに意見を求めてまとめたりもします。漢字の練習のこともあります。

しばらくして、先生が交代して、「どうでした?」と尋ねたら係の児童が話し合ったことを報告したり、分からないことを質問したりします。もう片方の学年はその間また自分たちで進めておきます。

 

私も何度か参観で見たくらいで自分が授業を受けたことはないので実感があるわけではないのですが、先生も児童もすごいなぁとめちゃくちゃ関心した想いが熱いです。

 

複式学級の国語では時々お互いの授業を発表する機会もあります。詩の朗読とか劇仕立てとか、演じる側と観覧する側に分かれて共有することができます。

上の学年の子は、あの単元去年やったなと思いながら、下の学年は来年はあの詩か、などと想像しながら、刺激を与えあいながら、複合的な力が身についていきます。

 

低学年では算数でも「渡りの授業」があり、九九の練習なんかは自然と耳に入ってきます。上の学年の子にとっても、既にできるようになっている下の学年の勉強を聞くと、脳がリラックスするらしいので、自分の課題に取り組むときにもいいのだとか。これも経験者ではないので実感はありませんが、無関係のものに気を散らすより、気を散らすと別の授業というのはなんだか面白そうです。

 

香肌小学校の子は将来的に勉強ができる子がけっこうおることも事実です。もちろんみんながというわけでなく、どんな子も受け入れる柔軟性の高い学校ですが、

これって複式学級と無縁ではないかもしれません。

複式学級を導入するということは必ず少人数です。一人一人の役割が大きいです。

確か目安は2学年合わせて16人です。

 

自分の意見をまとめて発表したり、他の子の意見を聞いて納得したりという機会が圧倒的に多いので、それが学力と結びつくと強いです。

 

複式学級は他学年が一つのクラスでありながら、学年の課題はそれぞれが学んでいける学級単位です。準備を2学年分しなければいけないので先生の負担は大きいですが、児童の主体性を伸ばしながら丁寧に指導してくれていることをよく知っています。力のある先生であることは、児童にとって勉強することを安心してできる大きな要素になります。

 

もう中学校になった上の娘に聞いてみると、確かに中学校は同級生が増えて面白いことも多いけれど、他学年と話す機会がうんと少なくなったそうです。中高生の頃は特に学年の上下関係があることもありますが、小学校時代に当たり前に一緒に異年齢が協力して日常を過ごしていたことは、大きな意味を持ってきそうです。

 

デメリットとして、少人数では社会性が身につかないと言われることが多いです。ですが35人学級の児童が社会性が身についていて、小規模の児童は非社会的であるかといえば、実感として全然そんなことはありません。35人いても仲良しは数人で後はほとんど知らない子というより、気が合う合わないに関わらず、協力せざるを得ない小規模学級の方がよほど社会性が身につくのではと私には思えます。まぁ、このあたりはどうしても贔屓目が入ってしまうので大きく主張はできませんが、闇雲に「複式学級のような小規模校では社会性が身につかない」という断定には大きく意義を唱えたいです。

 

異年齢の子と当たり前に協力する

遊びは自分たちにやりやすいルールを必ず工夫する

誰もサボることなく学校生活をこなす

 

あれ、なんだか社会性の塊になってないですか?

 

そんなこんなでどうも魅力的な複式学級

これから増えてくるのか、そうならないために学校が統合されていってしまうのか。

惹かれる直観が来た方は、どうぞ確かめに来てみて下さいね。

 

小学生男児とプログラミング学習

プログラミング学習が必須になったいう世の中になってしばらく。

そんなもの、もう当たり前やん、外国語学習も当たり前やん、投資の授業も当然やんって方もおられるのだろうけれど、私にはまだよくわからないのが正直なところです。

ほんと、世の中の変化に合わせて子供たちを導いてくださる学校の先生方は素晴らしい。ふがいない保護者としては自分ができたことは子供にもできると思っているし、自分が全く知らなかったことを子供たちが学ぶのだと思うとやたらに緊張してしまいます。タブレットを使うとか、プレゼンがけっこうできるとか、外国語も発音がみんな悪くないとか、そのぐらいは容易に受け入れられて子供たちいいなぁと思うのですが、

 

えーっと、その、あの、プログラミングですか。

ああ、そうね、もう世の中じゃ当たり前に使われてるよね(よくわからんけど)、それやっぱり小学生からやっとかないとね(多分、きっと、でもなんでだろ)

 

私の気持ちはこんな感じです。特にアナログ人間ということもないのですが、IT化が進んでいるということもなく、いつも一進一退で自信の無いままこのデジタル社会をなんとか生きている田舎のアラフォーお母ちゃんです。

 

そして上の娘たちは、学校で学んだことをわかりやすく教えてくれたり、わからないところは優しく尋ねてくれたりして、学びはいつも追えていました。でもプログラミングに関してはそんなに食い付きもないので、私もわからないままです。

プログラミングにはやたらに興味を持っているのは息子です。

この子はもちろん姉たちとは違い、漢字は間違うわ計算もこんがらがるわ、楽譜も読めず単語も覚えず、しかも何の共有もしてくれないのでどんな学習状態化もわからないのに、なんだかプログラミングが好きそうということだけは伝わるのです。

 

まあ単純に

ロボットを動かしたい

レゴならなお楽しそう

なんか先進的でかっこよさそう

 

多分、こんな動機です。いえ、間違いなくこんな感じです。

それはわかる。

しかしだからどう向き合ったりサポートすればいいのかが、わかりません。

親ってほんと厄介な仕事ですね。それもやはり単純な男児のむっつり思考に対して為すすべをもたない母というのは少なからずいそうです。いえ、もちろん機械に興味のない男の子も機械大好きな女の子もいるでしょう。けれど機械大好きな女の子ならもう少し親の道筋を示してくれそうだし、機械に興味のない男の子ももう少しわかるように話してくれそうです。なのにもう、むっつり男児ときたら。いやいや、いいんですけどね、むっつりでも衝動的でも自分勝手でも、やっぱりとても可愛いけれど、ただ、わからない。

 

というわけで今プログラミング教材がめちゃくちゃ人気なのかなと考察しています。

「小学生 プログラミング」なんかで検索しちゃうともう溺れるくらいヒットします。

そりゃここがねらい目なんだからみんな(保護者も企業側も)がんばりますね。

いろいろ迷ってZ会の資料請求もしましたが、毎月課題が届くのに難色を示されて申し込みに至れず。限りなく小学生男児が調子に乗り続けるような教材があればいいなぁ、どうやって出会えばいいかなぁ、誕生日過ぎちゃうなぁと思いながら、細いアンテナを張っています。

 

レゴがいいならこちらになりますが、おいそれと与えるにはハードルがあります。

 

幼児ならこのセットと与えてみて、親子共相当満足できそうですが。ああ、我が子が無駄に大きくなってしまっているのが恨めしい。

 

こういう玩具のビジュアルから入る商品もめちゃくちゃいっぱいあるのです。玩具好きとしては是非手に取ってみたいとうずうずしますが、でもそれでいいのかという疑問も解消しません。ロボットを動かしたいのなら、もっと自分で考えなきゃ意味ないかもなんてささやきが聞こえます。

 

となるとやはり本か。子供の為に興味のなかった扉を開いてみるときなのか。

しかしその学びは私にとってどこまで必要?学んだところではいはいと理解して適切な判断が下せるかな?そうなると息子の誕生日はいつまで先送りに?ああ、なんてまた罪作りな教科改変。やはりすごいや、現場の先生方。

 

もういっそ、自分が学ばないと何もわからないかも!ととち狂いそうにもなりそうです。向き不向きがあるし、自分の時間の使い方は自分で決められるのですが、こう選択肢が多いとやはり迷うものですね。子供に対しても同じくです。○○スクールはいつまで経っても五里霧中。あ、こんな書き方をしていたらいつまで経ってもアフィリエイターにはなれそうもありませんね。

結局何も決まらないまま、Z会の締切りも過ぎていきました。教材を自分で探して親に頼んで勉強していた過去の自分はえらいよ。

 

ゲストハウス亀成園2周年記念に

せっかく素敵な場所を持っているのに

それは自分の大事な場所で汎用性は低いかと遠慮していて

人を集めることをほとんどしてきませんでした。

来ていただくことはいつでも歓迎なのです。

けれど辺鄙なところであることもあり

来てくださーい、の呼びかけに躊躇ってしまっていたのですね。

 

わざわざ来てくれるからにはゲストの大きな動機があってこそやな、とか

イベント主催するほどまだまだ人望も何もないし、とか

まぁお恥ずかしながらいろいろ言い訳を考え付いては塗り固めて、人集めを避けていたのですが

 ※だってせっかく来てもらってたいしたことなかったら申し訳ないもん。評価怖いもん。自由に来てもらって満足してもらうのが一番安心だもん。

 

もう2周年なわけやし、なんかしなくちゃなぁと思いました。

最近接することの多い、周りのいろんな人を見ていても、ビビってなくて自ら動いて頑張っているところに魅力があります。惜しみなく呼びかけてくれる人に惹かれます。

もちろん企画力・段取り力・実行力・発信力&面の皮の厚さが噛み合わないと、なかなか大成功!には至らないと思われるけど、気にせず自分自身が楽しく、ちょっと使命感も持ってイベント動かしたりしているのはやっぱり刺激的で、やけに気になり出しました。それならばああ私も、小さなところからでも始めてみようと踏み出すに至りました。身近な刺激は有難いですね。

 

というわけで亀成園の2周年記念イベントは

「おいでよ、にわとりふれあいに」というシンプルなもの

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小さな小さな挑戦なのですが

いつもは宿泊客グループ単位か

日帰りお一人様単位で受けている

「にわとりふれあい体験」をちょいと気軽に提供することくらいなら

今の私たちにも無理なくできるのです。

 

追加で人呼んでステージ組むとか

屋台お願いするとか

ワークショップするとか

それはまた次の話。

いずれできたらなぁとは思いますが、そのうちの課題として

とりあえず実績を積むには小さなところから。

10時から15時までのフリータイムで、好きな時に来てもらって好きに過ごしてもらえばいいです。遠方からでも近所でもウェルカムです。

一人一人丁寧にご案内できるかは出会い次第。

ゆるく楽しくが亀成園らしいですよ。

 

当日、本当ににわとりふれあいだけでなく、何かふるまいができたらなどはこれから考えていきます。しゃべると書くしか特化能力のない私ですが、薬草茶の準備と亀成園便りのまとめ、田舎暮らし体験の話ぐらいならできます、できます、できますとも。

 

とにもかくにも、もうすぐゲストハウス亀成園が2周年です。ほぼコロナ時代の細々とした営業でしたが、おかげさまで少しは板についてきた感じです。この2年で出会いのあったお客様に惜しみない感謝を。そしてこれから2年、5年、10年と出会っていくお客様たちに小さな愛が届きますように。

 

桜を見下ろすには木登りです

雨が多くまだ寒い日が続く春ですが、確実に桜は咲いていて、日々を柔らかく和ませてくれます。入学式にはもうないかな、少し遠い桜スポットには間に合わないかな、嬉しいながらも全部の美しいものを見ることが叶わないことを思い知らされる少し切ない桜シーズンです。行動力がないわけではありませんが、一度にあっちこっち動き回ることはどうも苦手な私は、桜とは相性がそこまでよくありません。少し遅れて咲いてくる山桜をじっと眺めて「桜餅みたいだな」とニンマリするくらいが合っています。

 

そんな私でも毎年必ず訪れる絶好スポットが、車で5分の距離にあるのです。なんと幸運な。

何年か前までは桜まつりも行われていたという地元では大切な場所ですが、近年は少数の目利きたちが訪れてのんびり過ごすだけの贅沢なお花見場所です。

 

お花見というと、木の下にシートを広げて見上げるのが一般的で、その方が桜のエネルギーを浴びられていいそうですが

私は木登りをして見下ろすように花を見るのが好きです。

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人がたくさんいる有名な場所ではできないので、木登りお花見ができるのは

とても恵まれた環境ですね。

ダム湖畔なので、湖も一緒に見下ろします。そのうちここが花筏でいっぱいになりますよ。

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登りやすい木が何本もあるここで、子供たちも毎年木登りの腕を鍛えます。

かくれんぼも木登りありで遊びます。時々見上げないと見つけられない新感覚です。登りやすい木から中上級までいろいろ個性があるのを次々登る様子を見ていると、居合わせた他の子供たちも登りたくなるみたいです。

 

見上げる花と見下ろす花

どちらも綺麗であることは変わりありませんが、木に登って見下ろす方が、距離は近いです。香も豊かです。木に触れているところがなんだかほんわかと気持ちの良いこともありますね。木登りに慣れていないと幹で擦ったり枝がささったりの怪我もありますし、落ちると間違いなく怪我なので、気軽に人に勧めることができないのが辛いところですが、木登りは是非もっと身近であってほしいと思います。

 

そういえば、学生時代にお花見をしていた時も私は思い立った勢いで木に登りました。綺麗な花に手を伸ばして先の方へと身体を進めると

哀れ、見事に植え込みに落ちて多少痛い思いをしました。そして宴もたけなわの頃だったので誰にも気付かれなかったという。自分も酔いが回っていたので左程痛くもなかったという。葉っぱを引っ付けて戻ったので誰か気付いたかもしれませんが、そこはもう私の記憶もなく。もう恥ずかしいだけの話ですが、ちっとも苦い思い出でもなく、落ちはしたけど大きな怪我もなく、思い立って桜に近づける程、木登りに親しんでいてよかったなぁとその時も今も思っています。

 

木登りも今は習うものであるらしく、先月出会った三重県いなべ市の方が「ツリーイング」という木にロープをくくりつけて、自分の力でロープを引っ張って高度を上げて登っていくという体験を企画・実施されていました。立田公園の立派な木は、流石にフリーで上るのは難しそうで、是非やってみたいことの一つになりました。いなべ市の動画が上がっていたのでご覧下さい。


www.youtube.com

 

木登りとツリーイングは上を見上げると上から見下ろすという大きな違いがあって、ツリーイングは実施するのに資格が要るというもう遊びを脱した感じですが、木と共に生きる道の一つとして、もっと広がっていくといいですね。

treeclimbingjapan.org

私も身体がぴんぴん動くのならば、香肌の山々が豊かに美しく残り続けるならば、ぜひ実施してたくさんの子供にたくましさを身につけてほしいものです。

一度木登りに親しみ、いつでも登れる自信があると、その体験は子々孫々に受け継がれていくことになります。失われてしまった木登り体験ですが、20年、50年先を見て考えればちっとも絶望せずに取り戻すことが可能です。50年先私はもうほぼ90歳で流石にひょいひょい上ることは難しいかもしれませんが、テクニックを身につけていればあるいは。思い立ったことに真剣に飛び込んでいく。

素晴らしい桜の木々からたくさんパワーをもらったから、子孫に返していきたいですね。

 

仕上げはなんだかおいしそうなものの貼り付けです。

 

 

 

香肌小学校親子山村留学大作戦!

もうすぐ新年度が始まります。

今年度、やっと陽の目を見た香肌小学校での親子山村留学の取り組みをぐぐぐぐっと進めていくために、移住して来られた方々と校長先生が集まっての作戦会議を小学校で行いました。

手探りで心配しながら、勝算がイマイチ描けないまま進めてきた3年の後、新しい視点や手法、作戦を取り入れてものすごく躍進しそうな気配です。

熱い話し合いになり、本当に感謝です。

 

この機会に改めて、親子山村留学について振り返ってみます。

家族の暮らしを変えるに足るメリットは?デメリットは?

以前私が山村留学に対して考えていたことはこんな感じでした。山村留学についてというより、飯高町で暮らしていいなと思ったことの羅列ですが、実体験と実感を伴って、山村留学の活動が始まったのです。

kamenarien.hatenadiary.com

 山村留学を考える保護者(もしかして子供自身)にとって、きっかけはどうあれ

・もっと自然に囲まれて暮らしたい

・人工的な窮屈さを抜け出したい

・リアルな学びがほしい

というのが大きな動機づけになります。多分。

その上で、今いる場所からのアクセスの良さや受け入れ態勢、住居や学校の様子などを細かく検討して、いざ見学に行こうとなるのではないでしょうか。

 

逆に心配事は

・受け入れてもらえるだろうか

・合わなかった時に引き返せるだろうか

・思ったほどいい環境でないかも

・親は昼間どうしよう

・子供の将来の道は

などになるのでしょうか。

 

この辺り、多少ヒアリングはしたものの割と想像で書いてしまっているのでもっと具体的に掘り下げていきたいです。期待することも不安な点も。

なにせ親子山村留学は家族全員の人生をガラッと変える可能性のある大きな決断です。子供が小さい時にどのような環境でどのような学びを用意してあげられるかは、人生の根幹となる絶対的に大きな出来事なので、親も変わって当たり前なのですが、ホイホイと簡単に誰でもできるわけではありません。

 

・もっと、イメージしやすいストーリが欲しい。

・留学生の過ごし方が具体的に知りたい。

・留学以前と留学以後のお金の流れが知りたい。

・保育園や中学校、高校はどうなっているのか。

 

そんな要望がありそうで、そこを丁寧に発信することができれば、香肌小学校の仲間はもっと増えていきそうです。なにせ広々とした環境で、必ず丁寧に可愛がってもらって認めてもらいながら、結構勉強面も充実しているという夢のような学校生活が実現しているのですから。

 

・複式学級の利点

・地域との深い関わり

・四季折々の動植物との関わり(食も含め)

・礼儀正しくほがらかな児童の様子

・親同士の程よい距離感

 

こんなところも、想像もできない利点として、もっと丁寧に言語化していかなくちゃいけませんね。

 

香肌小学校の親子山村留学は、令和四年度大きく動いていきます。個性豊かな大好きな友達が続々と増えていく未来は、結構すぐそこにあるのかもしれません。

そのために私ができることはふりかえりと言語化です。できないところは頼もしい仲間たちが補ってくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しいですね。

 

香肌小学校の発信に、ご注目下さい!

ホームページはこちらから

www.kahada-es.com

 

 

地元マルシェは人脈が命綱

春分の日に飯高道の駅の隣にある香肌横丁で小さなマルシェがありました。主催者さんはご近所の方ですが、センスも良くとても頼りになる運営者です。長年の経験値があり、手作り作家さんたちとのつながりも深く、参加して心地の良いマルシェに、昨年秋から亀成園も入れてもらっています。スケジュールがタイトでしたが卵を売るのにぴったりのタイミングでしたので、さくっと参加させてもらいました。

 

3連休の後2日にマルシェがあり、1日目は大賑わいだったそうですが、私の参加した2日目は人混みにならず、ゆるやかな春のいい日でした。忙しくなり過ぎずに私としてはよかったのですが、こうして有閑に生きることを宣言している私はマルシェに参加してよかったのだろうか。もっと賑わって欲しかったかもしれない周りの方々には少し申し訳ない気もしましたが、限られたブースでも楽しそうな人々を眺めて、時々卵を売るのは楽しい時間でした。

こんなかんじのブースでした。雨対策なし!

ここでトカゲや亀のピアスが制作販売されていたので、うきうきと買い求めました。後から来てくれた娘たちも、布グッズや毛糸のポンポングッズなどに乙女心をくすぐられて、楽しくお買い物していました。出店者さんたちはみなさん、三重県ないではあるけれど伊勢市や津市など少し遠方からのようで、作品の魅力が命です。それに対して、地元の養鶏家である私の卵を買ってくれるのはほとんど顔見知り。売り手としてもっと磨かねばならないと大いに反省もしたのですが、人脈を広げておいたことがマルシェの売り上げに直結するなんて、ちょっと思ってなかったので驚きました。人は商品そのものも見るけれど、人のつながりなどその商品に附随するものにもまとめて「買う」という行為で表現するのです。かくいう私も同じようなものを売っている人が知り合いなら優先しますし、知らない人でも感じのよい方から買うとか、信頼している人におすすめされたから買うとか、当たり前に親しみが消費につながっています。ガソリンもできれば知り合いのところで入れたいと思っています。いつもできてはいませんが。そんな風なので、飯高地域で暮らして、いろいろ顔馴染みを増やしていたのは売り手の私にとってはものすごいアドバンテージでした。ありがとうございます。

 

さてその1週間後、今度は櫛田川上流地域の波瀬で、ワンデイカフェというイベントが行われました。

元小学校の美しい建物でのイベントは今回が3回目です。

こちらは亀成園は参加しなかったのですが、長女が中学校生徒会としてタオルやTシャツなどを販売することになりました。9時半に送り届け、一旦かえって1時過ぎに様子を見に行ったところ、人混みが去ったところでまた有閑タイムでした。ほんとにもう。

 

中学校のブースも人がまばらで、ちゃんと声挙げて売れたのだろうか、閑古鳥で空しい思いをしていないだろうかと心配していましたが、娘はなんと「私が一番売ったよ」と頼もしい言葉。どちらかと言えばシャイで堅苦しくて営業トークするところなど想像もできないのに、なぜ?

 

どうやらここでもまた、顔の広さが幸いしたようです。我が家にお客様がいらしたとき、話をするのは大人同士なのですが、できる限り子供たちにも挨拶をしてもらうようにしています。真面目で記憶力のいい長女は、そうやって挨拶させられた人たちをかなり覚えていたそうで、その方たちに「あ、どうも」のような反応をしていたら、かなり買ってくれたのだとか!

 

風力発電計画のことなので話を聞きに来てくれたことのある市議会議員さんなどに、中学校のタオルを売りつける娘!しかもミニタオルは2021の刺繍があるいかにも更新されていなさそうなものであるのに、顔見知りだからといって、ちゃっかり販売成功したのだとか。恐ろしい子

とはいえやはり、わざわざ足を運んだ上流地域のイベントで、知り合いの子供が学校のグッズを売っていたら、私もきっと買ってしまうでしょうね。人脈を広げておいたのも、娘が生徒会に入ったのも、ちっとも策略ではなかったのですが、期せずして学校活動に貢献することができたようで、学校好きの母として嬉しく思います。

 

ちなみにこのイベントで一番人気の鹿カツカレー屋さんは、飯高町での仲良し家族のブースなのですが、次女をお手伝いに送り込んでおきました。本業は服屋さんなのですが、食べ物や自然との関りが素晴らしくって、みんなの憧れの家族なのです。ワンデイカフェのイベントは今年中学校を卒業した下の娘さんも主戦力ですが、もう少し人手がほしい、それも娘さんがお願いをしやすい人が欲しいということで、うちの次女が適役でした。

www.nonbiriikoka.com

母たちはともすれば知り合いを顔を合わせればいつまでもお話が止まらなくなって、人手というより人の口になってしまいますが、娘たちはあくまでも手を動かして役割を全うすることができます。大好きなお姉さん(次女が小学校1年生のときの5年生で、めちゃくちゃ可愛がってもらってましたよ)の手下となって動けたことを、喜んでいました。邪魔をしてはいけないので、母は娘たちの働きぶりは見ませんでしたが、後から高校生スタッフのお姉さんに「カレーの子やんな」と話しかけてもらっていたことからも、スタッフらしく動いていたようです。別の方が撮った写真もいい感じでした。

 

地元の春のイベントで、久しぶりに人が集まっても良かった2つのイベントで、母も娘たちもそれぞれの役割を果たせたことは、地域からのギフトだったなと思います。卵を整えて、人々の間になって動いてくれているお父さんのおかげで、かなり役得できましたよ。娘たちはもちろん報酬があったわけではありませんが、賄や頂き物はたっぷりだったようで、また人の優しさに触れることができました。

 

そして素敵な場所でライブやシャボン玉を楽しんだ下の子たちもまた、役得ですね。

 本当に素敵な旧校舎なのです。また撮影会などで活躍しそうな予感がしますよ。

人が集まって、もっと楽しいことができそうなこの飯高地域です。風車の影がなかなかぬぐえないのがネックですが、そんな侵略行為みたいな計画のメリットを吹き飛ばすような、人々の笑顔につながる楽しい未来をいつもいつも考えています。

 

末っ子の卒園に際して思うこと(ちょっと暗めですみません)

外気温が上がったり下がったり

芽吹いたと思ったらあっという間に花が咲いて

そして進級行事の多い春は

あまりにいろいろなところでエネルギーが動き過ぎて、ワンテンポ遅めの私にはついていけない季節なのです。

この春も卒業があり卒園があり、年度終わりとなりました。学校に縁の深い暮らしをしていると、先生方の移動にハラハラして切ない思いをするのもこの季節です。

幸いというべきか、小学校は離任なしの継続ということがわかり、卒業の寂しさのみで済みました。

そして我が子が卒園したことで入学となり、次年度はまた小学校に意識を集中できそうです。

 

末娘は2歳児から保育園に通ったので、4年間を飯高町で唯一になった保育園改めこども園で過ごしました。クラスの仲間が12人だったのが10人になり、4月からはうちの子だけが別の小学校です。

1年前にお友達が大阪に引っ越してしまった時はしょんぼりしていたのに、卒園にあたって

「みんなとお別れするの悲しくないの?」と聞いたら

「小学校に行けるのめっちゃ嬉しい!」とのこと。

 

すくすく育った子には、こども園はもう小さくて物足りないようで、小学校の大きな遊具で遊べることを心から楽しみにしています。立派なものです。

 

月並みな話になりますが

4年間の保育園時代、前半は行事が多くて慌ただしかったけれど、後半は中止や自粛の連絡ばかりで、スケジュール調整をしなくてよくなって楽な分、他の園児たちの様子がよくわからないのは残念な日々でした。クラスの子でない下の学年の子たちのことをほとんど知らないのは、私にとってはとても残念なことなのです。何度か接すると子供の名前や特徴は覚えられるしコミュニケーションをとって愛情を持つことができるのに、この2年はまるで他の園児に対して心が動かなかったのですから。

 

バス通園をしていて園の送り迎えをすることがあまりないのもあり、他の子の様子を知れるのはほぼ子供の話からです。「◯◯ちゃんとブロックで遊んだ」とか「◯◯君は足が速いから楽しい」とかの話を聞けたのは、もう随分前でした。最近は自身の成長もあり、保育園の閉塞感に飽き飽きしていた様子だったのが、飾らない感想です。

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珍しく悩んじまうよ

現場の先生方は難しい状況でも丁寧に一所懸命保育をして下さいました。季節感を出し、縮小されても行事にできるだけ取組み、制限に飽き飽きして殺伐となる子供たちの間に入って、おおらかに導いてくれました。

それでも、なんだかカバーしきれない不自由さを娘は感じていたのかもしれません。「やれやれ、やっと卒園か」となってしまった現実を、どう受け止めたらいいのでしょうか。

 

「こんな中でも精一杯できた」と満足したくなる大人の気持ちはわかります。私もまあ「こんな中でも預かっていてもらえただけありがたい」という気持ちが一番です。

だがしかしその後に続くのは、本当にこんな日々を過ごさなくてはいけなかったのかな、という大きな取り返しのつかない疑問です。

 

保育園の最後半年くらい、娘は愚痴をいつもこぼしていました。

「保育園でな、みんないっつも喧嘩するねん。それがいややねん」と。元々そんなに喧嘩っ早い子が集まっていたわけではなかったのです。気が強い子たちではありましたが、目に余るような喧嘩をしだしたのは昨年度の後半くらいからで、だんだん茶飯事になっていったのは、環境のせいでないとは言えません。

 

不満がたまって、それを外でぶつけなきゃいけなかった子供たち。

こんな田舎ののびのびした環境の中でもそれならば

もっと大きな園やもっと狭い園ではどれほどの影響があるのでしょう。

表情も見えず、楽しみは中止中止中止で、大人の表情も暗いのが標準。

そんな時代を経た子供たちはこれから立派に育って行けるのか。

大人の責任、大きいのに、そんなに配慮できていないだろうなと感じてしまいます。

 

私自身は個人的にこれからの未来に希望しかありません。この2年も学びの多い、発見の多い、未来につながる大切な期間だったなと実感しています。自分のやることを絞り、できることを磨き、人とのつながりも絞ったり深めたり磨いたりしてきました。不自由さはあっても、不満は溜まりませんでした。けれどそれができたのは暮らしが広々としており、心に余裕があったからです。いつも喧嘩している人がいたわけではありません。

 

卒園おめでとうと告げた後、卒園してよかったね、もう羽伸ばそうねと思ってしまうなんだか残念感。こういう少し暗い現実を見るからこそ、自分の描くものは明るくありたいと強く想えてありがたいのですが、小さな子供に負担をかけてしまったなという申し訳なさは消えません。これから小学校は安心して過ごしていけます。伸び伸びと愛されて豊かな体験に満ちています。いつまでマスクをつけなければならないのかのしこりはありますが、逆にそれさえ受け入れることができれば、かけがえのない素晴らしい学童時代を過ごすことができます。

 

せっかく10人の大事な仲間がいたから、もっと保育園楽しめたらよかったのに。卒園したくないよぉ、離れたくないよぉと泣きじゃくる姿も見てみたかったのに。都合よく脚色する訳にはいきません。閉塞感の時代があって、それだからこそ、次に花開くパワーが蓄えられたと思える日がくるのでしょうか。そうなったらいいですね。

 

さて、もう10日後には新しい学年です。つべこべ言わすに入学準備を進めなければ。

なにはともあれ、保育園とこども園でお世話になった人たちには、心から感謝しております。末娘の小さな頃に関わっていただいて、本当にありがとうございます。