勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

今生きていくのにいくら必要なのか

今週のお題「100万円あったら」

4週間前のお題でした。かなり期間を逃してしまいましたが、ずっと引っかかってクルクルと考えていました。100万円あったら何がしたいとかは面白いことが出てこなかったですが、今お金について思っていることエトセトラ。

 

ちなみに東京圏から三重県に移住されたら100万円支給されるそうですよ。どやどや。

https://www.ijyu.pref.mie.lg.jp/html/detail.php?no=20210609110326

 

 私の小さい頃の家は、どうもお金の出入りが結構激しくて、お金って一体あるのかないのかよくわからなかったのです。ないこともなかったのだろうけれど、あっても浪費にいっておりました。建設的な成長に投資されている感じがなく、何のためにストレス溜めながら稼いでいるのかがよくわからなかったのが印象的でした。わぁ、聡い子供ですね。皆が皆そんなわけでもないのでしょうが、見栄を張って人と比べるために収入を上げるなら、貧しくても真っ直ぐにストレスなく生きたいなと本気で願っていました。ちょっと嫌な子ですが、これは今振り返って思うことなので小さな頃の私はなんとなくモヤモヤを抱えているだけの可愛い子であったと擁護しておきます。

 とはいえ自分が親になったら「人並みに稼いで子供に苦労させたくない」よりも「子供たちが小さいうちは裕福であるよりも明るく貧乏でいたい」と漠然と願ってしまいました。裕福な楽しみ方を考えるより、貧しいからこその楽しみ方を工夫したいというのはあながちひねくれた欲求でもありません。稼ぐことに疲弊して、ストレス抱えて逃げるように楽しむのではなく、苦労は子供と共に乗り越えたいと思ったのです。それが脱サラ移住を後押ししてくれた願望の一つでもあります。まあ、私が骨身削って稼いでいたのではないので大きなことは言えないのですが。

 

 かつて一億総中流を目指していた時代は、子供に肩身の狭い思いをさせないように必死で金を稼ぐことが個人を超えて、社会全体のがんばりになったのです。ただしそこから進んで「何でも金で解決」という考えが出てくるようになったらその時点で、金を子育てに持ち込むべきではないとの疑問が離れなかったのです。親の経済力が子供の学力につながるとの分析もありますが(東大生の親は経済力が高いというやつですね)、それに振り回されて動く経済はなんだかイビツに見えます。お金を投資するという考えに基づいての教育費なのでしょうが、画一的な投資ってうまく回るのでしょうか。

 

 ともかくも、私の考えとしてはやたら滅多に買い与えるのが親の務めではありません。渋る子供のケツ叩いて少しでもいい学校に行かせるのが愛情でもありません。どちらも無意味でもなく金銭をかけてもらうことで親の愛情を感じることがあるのも事実です。ケチりまくった挙句に私は価値がない子なんだと思い込ませてしまっては可哀想です。

子供にかける時間を補うのにもお金は便利なツールであるし、自立するときの力になるために積み立てはしておいてやりたいとは思います。

 

けれども、お金は回るもの。

世の中そりゃ公平ではなくって、貧富の差は広がりばかりで、浮き沈みもします。お金はお金が好きというのは、水は低いところに流れるようなものでしょうか。集まるときは多分一気に集まるし、流れがないとちっとも溜まりません。水脈を探すのと金脈にたどり着くのはかなり似通っていそうです。

 

そしてお金の価値は人によって、社会によっても違います。百万円を一瞬で飛ばす人もいれば、1年間持ち堪える人もいます。どちらの人生を望むのでしょう。そしてお金は何のために誰のために使うのでしょう。

 

子供たちを見ていると、相当低レベルではあるのですが、気前の良い子とケチ臭い子がおります。執着せずにお金を回せる子としがみついて価値を下げる子。その差はどこからくるのかまだよくわからないのですが、他人を喜ばせるためにお金を使える子には、託したくなります。溜めるだけで人に使わせようとする子には、あまり渡したくはありません。

 

浪費を反面教師にしてきた私はシブチンよりです。もっと気前よくなりたいという思いもありながら、まだ恐れがあります。自分に回ってくる自信を育てられていません。価値を信じなければいけないなとようやく軌道修正しているところ。自分にはいくらくらいが相応しいのか、百万円は私にとってどのくらいの価値なのか、そろそろイメージを固めていこうかな。

 

今の時代、実はそんなに大きく稼がなくても幸せに生きていけます。

田舎で自給暮らしをしていると、家賃や食費は浮きまくりです。ガソリン代は地味にのしかかりますが、街で散財もせず自然豊かな地域で外遊びして、そうでないときは家で読書なりネットなりで気持ちよく過ごしていたら、あれ、今日もお財布開けていないなんてことはザラにあります。

 

それでも自信もって子育てをしていくのにはお金がかかるのも事実。

仕事をふくらませて、十分お金が回る仕組みを今のうちに作っておきたいのが本音。ギリギリラインの計算と壮大な計算との間のギリギリよりでもがいています。

 

100万円あったら、すべて経費に充ててしまいそうです。みみっちいのか欲望がなくて満たされているのか。いつも十分すぎるほど頑張っているお父さんと上の子たちをねぎらうことができたらいいな。

 

それともやっぱり自己投資かな。学んでみたいことはまだまだあって、使える時間との調整を付ける能力がほしいですね。