確か大学4回生の冬でした。
どうしても冬の能登に行きたくて、一年で最も寒い大寒前後に能登半島をグルリとサイクリングしたのです。
私が大学生でいれたのは4年間だけでした。院に進学はせずに就職だったので、卒業までの残された時間は追われるように何度も一人旅をしていました。その中の一つが能登だったのです。
4年間も学生でいられたなんて、そんな恵まれた境遇にも親にも感謝しかないし、それもとてもとても自由でいられたことは一生涯の宝物です。それでも周りの人たちは院に上がる人が多い中、休学してそれから院に行くなんて選択肢をする人(旦那様です)もいるのです。うらやましいなぁと思いながらもその時の自分の時間を精一杯大切に、震えながらペダルを漕いでいました。
当たり前に寒いですからね、冬の能登は。
棚田とか渚のドライブウェイとか輪島塗り工芸館とか、他にも覚えていることはいくつかありますが、一番の目的は「波の花」でした。
【波の花】冬の能登の風物詩で、11月中旬から2月下旬の海が荒れて波が高い、寒さの厳しい日に出現します。海水中に浮遊する植物性プランクトンの粘液が岩にぶつかるたびに空気を含んで白い泡状になります。その泡のことを「波の花」と呼んでいます。主に垂水の滝、曽々木海岸、鴨ヶ浦で見ることができます。
前情報は少しでしたが、響きに惹かれて行ったようなもんです。
旅を始めて何日か北上して、いよいよ海岸線を走る日の朝はもうむちゃくちゃ寒かったです。自転車のチェーンもガチガチでしたが、漕いで漕いで、海へ。
ああ、波の花はポンポン咲いていたのです。
旅の後はいつも紀行文を寄せることはしていましたが、作詞や曲作りの経験もなかったのになぜだか無性に歌が作りたくなりました。沸き起こる詩心につかまれてしまったのです。そして震えながら自転車を漕ぎながら浮かんできたのが『能登旅情』というベタな雰囲気の演歌でした。演歌の世界ももちろん奥深く人情溢れる文化ですが、JロックとJAZZばかり聴いていた身だったのです。なのになぜ演歌調に捉えられたのか不思議でしたが、ここでこの歌を捕まえておきたいと使命を感じるままに形にしたのです。
といってもAメロとかあったのか、ほぼサビだけですが
イメージはほとんど「津軽海峡冬景色」のままに
♪北の海岸 何を追って何に追われて
凍える身体を朝の光にさらけ出してた
波の花 消えて咲く花
砕けて散るのはわたしなのでしょうか
能登旅情〜♪
とまぁ、こんな歌を即興で作って頭の中でリフレインさせてながら能登の海岸を走っていたのが、20年近く前の話です。
続きの歌詞に棚田とか漆とか崖の下とか入れ込もうとうんうん唸りながら自転車漕いでいた気がしますが、頭に残っているのは極一部。でも、忘れられない歌なのです。
今年度、私は詩の創作に命を懸けようと思っていて
(自分の時間を積極的に投じるってことですね)
詩歌の言葉をあれこれ探っていじくってつかまえたくて、楽し苦しい時間を過ごしています。
そんなタイミングで、この創作演歌を思い出して掘り起こすことができました。
そういえばこの旅の後、旅好きな祖母と話をしていたことも思い出しました。
祖母も能登は行ったことがあるのに、私が訪れたところとは違ったところだったので、「ああ、そこも行きたかった」と当たり前に悔しがっていたのが印象的でした。気が強くて好奇心旺盛な祖母でした。
その半年後にはあっさり他界してしまいましたので、学生時代終わりに旅の土産話を持って会いに行けたことに感謝しています。
それとまた、能登の海岸(確か西海岸)で休憩していたら、手足のごつごつしたおっちゃんに会いました。桜貝拾って絵を描いているという人で、普段は漁師をしていて海に出てるけど、ちょうどその日は友達が亡くなったのだと。そんな日は海には出ないことにしていると。
あんたも貝で絵を作ってみろと言われたので、その時に桜貝を中心に拾っていって、うちに帰ってから拙い貼り絵をしてみたこともあります。
だいぶおっちゃんやったので、もう既にいらっしゃらない可能性の方が高いですが、今何を感じているのだろうかと微かに思いを寄せています。
能登への想いは人それぞれ。私はどーんと寄付をすることも現地に駆け参じることもしませんが、確かに自分が居た場所のことを、そこでのおぼろげな記憶を、じっくりゆっくり手繰り寄せて、好きな場所だなぁと微笑むことにしています。
笑っている場合じゃないのはもちろんそうなのですが
何もできないのに落ち込んでいる場合ではもっとありません。
大丈夫。信じてる。また訪れる。お魚食べる。
次に訪れたときは「令和能登旅情」が生まれるのです。
今度はもっと完成度の高い歌になる。
いろんなことがあるから、楽しいだけでない苦しいこともあるからこそ、歌には価値があるのです。価値を高められるかどうかは自分次第ではなくてご縁とタイミング。沸き起こるもの、降り注ぐものを大切に大切に、旅も日常もうたっていきます。