勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

里山の過去・現在・未来についての講演会

おひな祭りの日に、飯高町の少し上流の方で下記講演会がありました。

各地でいろいろな催しも多い年度末で、30名くらい集まればいいのかなというところ、50名以上の参加があり、本当にいろんな立場の人が一緒に話を聞けたことは大きいです。

その講演について、またそこから派生した話や私が感じたことなどのまとめです。

参考リンクは今回の講演と無関係なものも多いのでややこしくなっているかもしれませんが、関連する話を自分用にまとめておきました。

講師の先生は、6年前かな、飯高・飯南地域での移住促進活動が本格的に始まる頃に何度も来て頂き、たくさんの立場の住民を集めての話し合いの場でアドバイスをして下さり、その後もこちらの動きを見守ってくれていた方です。

 

一般向けに書かれている著作はこんなかんじです。

自然の哲学(じねんのてつがく)――おカネに支配された心を解放する里山の物語

この『自然の哲学』はここ数年での勉強会でもたびたび用いられて、反響を呼んでいる良書です。

エネルギーの少ない暮らしの実践をされてのまとめはこちら

人は100Wで生きられる ~だいず先生の自家発電「30W生活」~

ご自身も岐阜県里山に移住され、机上の空論ではない体感を持って、大きな視野で話をしてださる人です。

持続可能な生き方をデザインしよう――世界・宇宙・未来を通していまを生きる意味を考えるESD実践学

今回の飯高での講演会は、まつさか香肌峡環境対策委員会が主催という事で、前半は再生可能エネルギー事業者と地元民の葛藤についての話でした。

3年前に飯高町で計画されてしまった大規模風力発電のような話が日本各地であります。

大規模ソーラーパネルを地主が不在になった山に建てたことにより

森林が雨を受け止める機能がなくなってしまい、

里山での水害につながっているなんていう流れは

想像するだけで恐ろしいのに実際起こっていることなのです。

 

山の水源涵養機能や土砂災害防止機能、地球環境保全機能も台無しにする開発行為が行われている日本の歴史をきちんととらえ直しておかなくちゃなりません。

↓森林の役割について少し詳しくはこちらのまとめを

www.pref.mie.lg.jp

 

明治時代以降明らかに爆発的に増えた人口が、今は明らかに急降下しているのに、経済政策など拡張経済のままで続いているゆがみがのしかかっています。

高度経済成長期などはとっくに過ぎ去っていて、都会で大企業に就職して年功序列による安心な終身雇用なんてもうありえないのに、急激な変化についていけない人の習性もあって、あちこちにズレが出ています。

そんな背景があり、国策としては経済優先になり、地方も経済活性化してほしいけれど、担い手不足で土地が使われていないくらいなら、山地を投資対象にしようとします。なんてこったと思うけれど、考え方によってはそれが真っ当な流れなのでしょう。

住んでいる人にとってはたまったものではないけれど、利を得る人もいて

「争いたくはない」気持ちがくすぶります。

 

対立したくなんてない、特に相続や金の絡む話は火種になりまくるし、住んでいる地域内で恨みを買いたくはないです。でもそこに付け込まれて山が荒れてしまったら困るのは誰か。ふるさとを失う人も、住処を失う人や他の生き物も。

けれど立ちはだかるには壁が大きくて、入り組んでいて、どうしようもないのかと憂いがたくさんたくさん積もります。

積もりましたとも、とあの頃を思い出して胸がヒュンとなりました。

 

そんな中、地域住民が力を合わせて都市部からの魔の手(仮)から大切な森林を守った地域はどうなっているのか。

後半がみなの知りたいことですね。

大きなマイナスがあると、反動のプラスがある宇宙の原則があるのでしょうか。

疲弊はしたけれど頑張って耐えた地域には、なぜだか新しい住民が来ます。

もちろん呼び込み活動や新しい仲間との関係作りなどがあってこそですが、

人が人を呼び、移住のホットスポットとなる地域が確かにあります。

それは便利な田舎とかスマートシティという都会目線でのなんだか良いところではなく、もっと奥地であることが知られています。

 

能登半島でもそういう地域があり、今もがんばって息を吹き返そうとしているという話も聞いたことがありますよ。

にぎやかな過疎 - 全国町村会

 

新しく来た人たちと元々いた人たちが一緒になってにぎわう地域は、

都会から出たい若い世代にはうってつけの新しいふるさとなのです。

子育てをし、人々との温かい絆があり、先人の知恵も吸収でき、大地に根付いた暮らしこそを望ましく思うのはもはや特殊な人々ではありません。

どの地域でもというわけでもなく、極一部ですが、人が増えるところもあるのです。

jbpress.ismedia.jp

人が増え、子供が増え、地域が息を吹き返し、人々の暮らし方も変わっていく。

そんな新しい循環が起こっている地域はあるし、私たちの飯高町は十分可能というかもうその流れに入っているのです。

 

大規模風力発電計画による大混乱をいまのところ防いでいます。

その次に移住促進活動が実を結び、各地に新しく来た子供たちの笑い声が響いています。

開発を食い止めることと、移住者を増やすこと

どちらもなかなかできることではないのによく頑張っておられると言ってもらえたら、涙腺破壊されましたよ。

 

でもまだ未来があります。

その次の近未来、Uターンが町内あちこちでおこり、新しい人々による仕事も活発になります。もちろん元々の人との交流も盛んで力を合わせて元気に生き延びていきます。

まだ実態はよくわからないし、青写真描くのはこれからですが、農村RMOという取り組みも現実のものになってきています。

www.maff.go.jp

頑張る地域のことは、国だって応援してくれます。

 

事なかれ主義で波を乗り切ることは出来ません。

ソーラーパネルも風車も一度建設されてしまえば撤回を望んでも後の祭りであることが多いので、非常事態には迅速に踏ん張る必要があります。

そしてマイナスを耐えてのプラスである人の流入だって、いいことばかりでもありません。

地域活性化にはトラブルなんてつきもので、それがまた次のエネルギーになる、くらいの気構えでいなければ、未来を選び取っていくことなどできないかもしれません。

 

そんな話を居合わせた人たちと共に受け止めることができました。

想いはそれぞれで、今後何を描いて何をするのかもそれぞれです。

でもみなが共通して、自分たちの暮らす自然豊かな仲良しの多い地域を荒らしたくはないと思っています。守り抜きたいとの願いも少なからずあります。

先陣切って動く人は誰よりも失敗する人なので、支えてくれる人々の大きな力があってこそ、地域活性化は止まらず進んでいくことができます。

 

集まった人々の中には、上流地域の地元民、少し下流地域の地元民、上流地域の移住者、などの他、飯高中学校区の2小学校1中学校の校長先生が3方そろっていらっしゃいました。香肌小学校の校長先生が来て下さることは知っていたのですが、宮前地区の学校からも来てもらえると思っておらずだったので、種まきはしていたとはいえ結構驚きでした。

地域の課題や希望はそのまま教育につながっていて、縁あって学校に赴任している方の関心も高いなんて、ありがたくてなりません。

私はいつも役得だなぁ。

心に残る機会をありがとうございます。次につなげていきますのでね。