画家で絵本もたくさん残されている安野光雅さんが先月終わりに亡くなられていたそうです。94歳だったそうで、一部夭折の方もおられますが、私の好きな芸術家というのはどの方も立派に長生きしてくださいます。子供の頃から親しんできて、大人になっても新作をチェックしてはやっぱりいいなぁと思ってきた作家さんたちが亡くなられるのは寂しいものですが、よくぞここまで生きられて素敵な作品を残してくれたなと感謝が先に立ちます。
安野光雅さんの絵本といえば『旅の絵本』シリーズがなにより好きでした。どこか外国の中世っぽい街並みを、一人のスラリとした旅人がずっと通っていく文字のない絵本。小舟から降りて馬に乗って、道を辿って、ただそこを過ぎていく。どの町にも人々の暮らしがあって住まいがあって道があって。私も学生時代はずいぶんと旅人だったのですが、旅をするときに冒険要素よりも町から町へなんの気なしに辿っていくことを当たり前にしていたのは、この絵本の影響が大きかったのかもしれないと今気づきました。馬ではなく自転車でしたが、一人で目の前の道を進みながらその土地の暮らしの片鱗を感じるのが好きでした。
小さな頃楽しんだ本では『はじめであうすうがくの絵本』もあります。数が増えるとか数が分かれるとか、言葉よりイメージでとらえることができたのは後々ものすごい助けになりました。
こんな方がいて、素敵な絵本を残してくれたんだよと子供たちにも伝えたくて、月に一度の小学校での読み聞かせの時間に手元にあった安野光雅作品を持って行きました。旅の絵本はなかったので(何冊まとめ買いしようかずっと迷っているのです)とりあえず手元にあった『あいうえおの本』『ふしぎなえ』『森の絵本』の3冊を選びました。『ふしぎなたね』というのもありますが、一年生にわかりにくいといけないので、上の3冊が妥当でした。どれもメインページには文字はなくて、だまし絵だったりさがし絵だったり、発見の喜びに満ちています。木にヤギが隠れていたり、水が流れているはずが戻っていたり、「は」のページでははさみが描いてあるのですが、花鋏や蟹のハサミが一緒に描いてあってびっくりしたり。いつもはむしろ絵本でなく耳だけ貸してもらう読み聞かせなのに、今回ばかりは絵を見るだけの不思議な時間。少人数とはいえあまり寄り過ぎると密になるから気をつけて気をつけて、でもついつい覗き込んじゃって、という今しかできないだろう体験を共有できました。
- 発売日: 1971/03/01
- メディア: 単行本
人生の長く美しい旅の果てに、何を残せるかを考えることがあります。まだ半分も行程を進んでおらず、といってまだ残せているものがほとんどないので考えては闇落ちしそうになりますが、結果はおいおい付いてくると信じてなんとかです。言葉に縛られることを好む私ですが、時々絵そのものからのメッセージや歌詞のない音楽を取り入れて、脳をほぐすことが大事だと思っています。旅のワンシーン、ワンシーンを重ねていくことで豊かな世界を築いていくしかなくて、飄々としながらも重い足跡を残してくれた先人たちからのメッセージを受け取って大事にしていきたいです。子供たちがまだ一緒に絵本を見てくれるうちに安野光雅作品を見返す啓示があったのは幸せなことです。残してつないで、また後世の創造につながることを願っています。心よりの感謝を込めて。