勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

愉快犯が気付かせてくれるもの

先週終わりに三重県内複数の小・中学校にむけて、何者かから、「下校中の児童及び生徒を連れ去る」旨のメールが送られました。おかげでなんだか学校周辺がてんやわんやでした。

犯行予告を受けて、どの学校でも即座に先生方を始め、保護者たちや情報を得た地域住民などが警戒体制を固め、下校時の警察パトロールもお願いして、子供の安全見守りに努めました。

同様の犯行予告メールは他県でもあったらしく、実行はありませんが、なんだか空恐ろしいですね。いつもの下校時刻を警戒して迎えることになろうとは。

一体どの場所でどんな人が何を狙っているのかわからない。

こんな田舎でまあないだろうとは思うし、町中でもそう簡単ではないだろうけど、だからといって子供を守る活動をしない理由はありません。どれだけの人材がこの対応に追われたのかと述べ時間を想像するとなんだか気が遠くなってしまいますが、いざとなったときの体制作りを目の当たりにすることになりました。

探しているのは何だろう

私も午後の子供下校時に合わせて、小学校近くまでお迎えに行きました。徒歩のお迎えを低学年と高学年と二回に分けて行かなければいけなかったので、時間も取られてしまうし正直なところ負担感はありました。歩数も増えましたしね。中学生はバス下校ですが、無事に帰ってくるまでをいつもより関心を持って過ごしました。ほぼ大丈夫とはわかっていても、無事にそろうまで、前日からなんだかとても緊張を強いられました。けれど日常より少し子供のことをよく見てやる時間は、恩恵もあったのです。

 

子供が機嫌よく学校に通ってくれる日常は、朝送り出してからは子供のことを気にかけずとも時は過ぎていきます。いつもどこかで気持ちの糸はつながっているし、残された忘れ物や散らばったプリント類、片付けていない物たちが子供の存在を主張してはくれますが、本人と向き合いましません。

時々の用事以外は自宅で仕事をする私が、子供との時間が少ないと言ったらびっくりですが、末娘が入学して3か月経ち、確かに気が抜けていました。もう放っておいても登下校してくれるし、帰ってきても勝手に遊んでいてお互いにお構いなしです。程よい距離感がいい感じではありますが、時々こちらの用事が立て続けにあると子供が不安定になることがあり、ものすごく満たされているわけでもないのだなとは気が付いていました。

 

なので、連れ去られるかもしれない犯行予告をいい機会に、子供のそばにいることを最優先に、保護者の自覚を最大限見つめ直す大チャンスでした。

 

そしてまた、「知らない人があらわれるかもしれない恐怖」は「地域に知っている人が居てくれる安心感」も同時に味わうことになりました。

 

そんなに親しくはなくても登下校中に声をかけてくれる人がいる。

いざとなったら助けてくれる人がいそうな家を知っている。

トロールしてくれるおまわりさんのことも知っている。

 

もちろん屈強な人ばかりではないので、鍛え抜かれた複数の犯人に狙われてしまったら、ちょっと知っている人がいたくらいではどうにもならないかもしれません。中学校の先生方は、いざという時のために二人一組でパトロールするとおっしゃっていました。ここは私が食い止めるから生徒たちを!というイメージでしょうか。その間に110なり大声を出すなり、かく乱させるなり。そんな体制をさっと整えて、実行してくれたことが本当に頼もしかったです。

 

バス下校の後ろには、校長先生が追っかけをしてくれて、バスを降りた生徒を見守ってくれていました。ほんとにもう、ありがたくて仕方ないです。

 

結局犯人の狙いは何だったのでしょう。

下校時刻に学校や自宅が手薄になる隙を狙って別の犯行?

自分のうそっぱちメールで大勢の人が動くことが楽しい?

それとももしや防犯意識を高めるための訓練?

 

今のところ犯行のニュースはなく、ずっとないほうが勿論よくて、空振り万歳で、子供たちはみな無事に守られました。いつもいつも緊張を強いられて日常を過ごすことになると耐えられる自信はありませんが、今回の騒動はなんだか大切な見直しがありました。

 

そして、小学生の子たちと歩きながら帰ってきたので、話をする時間もとれました。せっかくなので普段は伝える機会もないこんな事件に絡めたことを。

私が小さな頃、変なおじさんが出た時がありました。げっと思ってすぐ逃げました。小さな女の子に近寄ってパンツを見たがる人も、真顔で追い返しました。また大人になって道案内をしてほしいから車に乗るよう再三言われた時も、明るい通りに出て、そしらぬふりしてきっぱり断りました。

うん、何もなかったわけではないです。過去は引きずらないわりにはこの手のことは結構覚えているのは、やはり怖かったり怪訝だったり気持ち悪かったりといった嫌な印象が強かったのです。

 

この先も子供たちはそんな人たちには出会わずにいてほしいです。周りの人を信じて、大人を変に疑うこともなく、素直に安心して育ってほしいです。けれどそれでも遭遇してしまったときには、毅然と払いのけられる強さと、刺激せず回避できる賢さを備えてほしいです。

そんなことも見直す機会になりました。

はた迷惑な愉快犯ですが、結構大きな役割があったのかもしれませんね。