勇敢なる有閑なる優な感じの自由刊行。続

三重県松阪市の端っこにある飯高町で農的生活を営む六人家族のお母ちゃんです。縁もゆかりもない移住をご機嫌に続けていけるのは、尽きないチャレンジ精神と、おおらかな地域のおかげです。地域に支えられる子供たちとの暮らしや、ここで発見した限りない素敵なことを、ちょっとずつ発信していきたいです。

里山は浮世暮らしではないことを知った年月

お題「#この1年の変化」

 

元々人混みが苦手で都会への憧れもとっくに消化済みで、病院にかかることも滅多になく、ストレスを溜めずに暮らすことを選んで生きている立場です。旅が生き甲斐の時代も長かったですが、子育て環境を求めてど田舎で暮らすようになり、亀成園として養鶏を始めてからは気軽に旅に行けることもなくなりました。県内移動どころかほぼ町内移動で事足りる暮らしです。自給率も高く、畑や果樹管理など敷地内でやるべきことも多いので、出かけずとも伸び伸びと暮らすことのできる生活にシフトしていました。この一年の感染症とその後の事態を予想していたわけではないのですが、我ながらなんという先見性かと驚くことの多かった一年でした。

 

とはいえ地域の行事にはマメに足を運んでいたので、この一年は地域のいろいろな方と会う機会は激減しました。文化祭など当たり前に参加していたことの練習もなくなり、子供たちは気を引き締める機会が抜け落ちて、メリハリをつけることになかなかの気苦労がありました。親ってこういうところで地味に苦労背負いますね。

 

そして家業として旅人を迎える場所を作るべくゲストハウスを立ち上げたのが2020年の4月です。

 

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前年比がないので打撃のほども分からず、なのですが、悲しくも予想通りたいして賑わうことはありませんでした。こんなに伸び伸びとした所に一棟貸切なので、もっと需要はあると思っていたのですが、そんな濡れ手で粟のようなことにはなりませんでした。まず知られていないことにはゲストの需要に届くはずもなく、開業から静かに10ヶ月が過ぎていきましたよ。常時閑古鳥とは笑えない事態。

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連休や大きな休みは家族連れ、平日は登山客や釣り客、そして時々インバウンド旅行者がそれなりに来てくれれば十分やっていけるなとの狸の皮算用は空しい期待となり、それでも来てくれた人もいて、のんびりとした一年目でした。

 

なにせ自分たちだけが暮らしていくならともかく、交流人口を増やしたいと望むなら、ど田舎は都会と深くつながっていなければいけません。町内では宿泊者は望めません。願い通り街から、世界から旅人を迎える場所にするためには何ができるのか。こんなご時世でなくとも戦略は必要で、考えて考えて嫌んなってまた考えて、の日々なのです。

 

田舎でスモールビジネスをして生きていくと決めてからもまだ一年ちょっとです。社会人経験が圧倒的に不足している私にはビジネスマンとしての成功体験がなく、なんの自信も確信もない中で地味に広報活動を進めています。だからまあ今はこれでいいけどこの先どうするのか、街へのアプローチを試行錯誤して力の限り動いていくしかありません。間違ったビジネスではない気はするのですから。

 

同時にこの一年、小学校の児童数を増やすべくの活動である「親子山村留学」でも悩み苦しんでいました。これもまた街からの需要を感じながらもマッチに至らず、親子山村留学生を迎えることは未だできておりません。もう本当に本当にそんな親子に会いたくて仕方がなく、どうしたって小学校を助けてほしいのですが、こちら側が動けることは少なくて、またこれ以上わからなくて、詰まっています。昨年度に比べれば問い合わせは増えてきているし、オープンスクールやZOOMでの説明会も参加率は上がっていて、もう少しもう少しというかんじはあるのですが、なにせ成功例がないのでちっとも報われないなという本音が出そうになります。気弱になりそうになります。田舎で子育てしたい人はものすごく増えて現実化しているはずなのに、ここまでその波が来ないのはなぜなのでしょう。

 

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 この一年、里山に居ながら街とつながりたくてたまらなかったから、暮らしの表面上は気楽にしていましたが、だんだんだんだん気力がはがれていく感じがありました。清流のすぐそばで広々と生き物に囲まれて暮らすことを選んでいますが、根底にある思いは「ぽつんと一軒家♪」でも仙人でもないのです。世の中の流れが都会から里山に逆流してほしいと願っています。そのために自身で実験をしています。子育て環境としてめちゃくちゃいいです。そう実感する人が来てくれることを望んでいます。

 

これからそろそろコロナショックが収まって、人々がもう少し移動できるようになり、子育て環境を見直したときは、私は堂々と先陣を切って助け合っていけるのでしょうか。どうしたってそうありたいと願いますが、人が来ないことには本当にどうにもならないのです。誰か来てー、誰か助けてー。慢心せずに孤独風吹かさずにそう思えるようになったのが、この一年の一番の変化ですね。その誰かはどこにいるのでしょうか。運命の糸が張り巡らされてつながっていくことを描いて描いてもう少し踏ん張っていきたいです。